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第1章 幼なじみに恋人ができた
10 恋人にはなれないみたいだ
しおりを挟むお腹は、昼間のワッフルで満たされていた。
「もう、一年ぐらいワッフル見たくねえ」
「ドラゴンフルーツ試食会はいつにする?」
「うわああ! わざといっただろ! 今、食べ物の話禁止な!」
「え~凛のことからかうの楽しいのに」
燈司は、俺のわき腹をつつきながら笑う。そこをつつかれると口からワッフルが出てしまいそうだ。
ワッフルは残すことなく平らげた。いくらでもいけると甘党を自称していたが、最後のほうになってくるとさっぱりとした生クリームですらカロリーの鬼になって甘ったるく感じてしまった。フルーツも、名に恥じぬほど盛られていたし、食べても食べても湧き出てくるようだった。
燈司もお腹いっぱいと言って腹をさすっているが、ポッコリと出ている感じもしない。むしろ、燈司のほうがぺろりと完食したみたいだ。
その小さな身体のどこに入るんだと、俺は腹をつつき返してやった。
「それで、燈司。デート練習はどうだった?」
「ああ、そうだった。デート練習」
「ああ、そうだったって。それがメインだろ」
「まあ、そうなんだけどね。凛と久々に遊びに行けたのが楽しくって、ついつい目的忘れちゃってた。ほら、俺たち高校に入ってからちょっと部活動忙しくて。今からでも帰宅部にしようかなーって思っちゃってるもん」
「お前、バスケちゃんと頑張ってんじゃん。やめるのはもったいないだろ」
バスケ部の顧問は燈司のことを褒めていた。まあ、燈司の性格の良さもあるのだが、先輩や後輩に慕われているという噂は聞く。おまけに、顧問にも副顧問にも好かれていて、差し入れをもらったりするらしい。部活動の先輩が旅行に行った際、燈司にだけお見上げを二倍渡したのだそうだ。
(そいつ、もしかして燈司に気があるんじゃね?)
あったとしても、燈司が付き合っているのは俺のクラスのクラスメイト。その先輩に勝ち目はない。
きっと燈司は一途だろうし、燈司の恋人はこんないい男を離したりしないだろう。
「そうだね。だから、引退まで続けるつもりだよ。今さら辞めるのも何で? って言われそうだし。居心地もいいし。凛のほうは?」
「まあ、俺も続けると思う。お前と一緒で、辞めるって言ったら秀人と光晴になんか言われそうだし」
「確かに。あの二人、凛を離しそうにないもん」
「いやいや、からかう材料が欲しいだけだろ。俺、身長だけだし、あんま上手くないし。この間手から抜けたラケットがさ、頭に落ちてきて」
燈司の言う通り、俺たちは普段通りの会話をしていた。ママチャリを引いて帰る通学路と変わらない時間。
違うのは見える景色ぐらいで、俺は燈司との会話に夢中になっていた。結局、燈司の好きな人は分かんないし、もう誰だっていいと思い始めている。
ただ、燈司の知らない顔があること、今日したデートを本命ともするのかと思うとちょっと寂しい気持ちもある。
兄弟のように育ってきた燈司の初めての恋人だ。応援しない理由はない。
待ち合わせ場所だった駅までつくと、ふいに燈司が足を止めた。
「デートは、見送るまでがデートだよ」
「じゃあ、燈司とはここでお別れってことか? 行き先一緒だろ? 一本おそい電車って、ちょっとかかるんじゃね?」
「デート練習だから。見送って、寂しい思いも経験しなきゃ」
「何だそりゃ」
顔も寂しそうにして、燈司はぎゅっと小さく拳を握っていた。
そこまで徹底する理由は何だろうか。
燈司は几帳面だし、一度決めたことは曲げないタイプだ。さっきまで普段の俺たちの会話だったのに、急に引き離された感じがする。
「……じゃあ、俺帰るよ。名残惜しいけど」
「うん。じゃあまた明日ね」
「ああ、学校で」
俺は、デート練習の相手だ。俺もその役を全うしなければ。
変な使命感に駆られ、俺は手を振って燈司のもとを去ることにした。まだ話したいことがあって、一緒に電車に乗って帰れると思っていたのに。
俺こそ名残惜しくなって、何度も振り返った。燈司は俺が見えなくなるまで手を振るつもりなのか、振り返っても笑顔で手を振っている。
(ああ、これが恋人と離れたくないってやつ? デート終わりが寂しいって気持ちか?)
俺には恋人がいないのに。先にデート終わりの寂しさを感じることになるなんて。
俺は、ICカードを取り出しピッと改札にかざしてホームへと歩く。日曜日の夕方ホームには人が多かった。明日からまた一週間が始まる、月曜日が嫌だ、なんて声が聴こえてきて、思わずフッと笑ってしまう。
『まもなくホームに電車が参ります。黄色い点字ブロックの後ろに――』
ホームに電車が入ってくる。
ファンファンと音が近づくたび、風圧で髪が揺れる。俺はポケットに手を突っ込んだまま目の前で開かれた扉人向かって歩いた。
「待って!」
「……燈司?」
一歩踏み出した時、グッと後ろに鞄が引っ張られた。俺は倒れそうになりながらもなんとか踏ん張り振り返る。
するとそこには、先ほど俺を見送ったはずの燈司がいた。
「何? 忘れもん? 明日でいいのに……」
「ち、違う。デート練習……」
「デート練習?」
俺たちを避けるように人が通っていく。
燈司は、俯きぎみに俺の鞄のひもを握ったまま「終わったから」と口にする。人の足音、布が擦れる音。あわただしいホームにいては、燈司の声が聴こえない。
「燈司?」
「……デート練習終わった! から……今からは、ただの幼馴染。一緒に帰る」
「……っ、そっか。終わったもんな。よーし帰ろうぜ!」
俺の鞄のひもを握っていないほうの手を引いて、俺は電車に駆け込んだ。
それと同時に、駆け込み乗車はおやめくださいとお決まりの声がかかる。同時だからセーフだと、俺は燈司と電車に乗り込む。
車内は満員で扉付近にとどまってしまった。だが、俺と燈司のスペースぐらいはある。
扉は間もなく閉まり、ガタンと大きく揺れて電車が動き出す。
「間に合ったな、燈司」
「う、うん。ごめん、急に引っ張ったりして」
「気にすんな、一緒に帰れるだけでチャラ」
「チャラか……うん、チャラにして。今日は一日ありがとう」
そういった燈司は走ったためか顔が紅潮していた。
そして、次のカーブで大きく車内が揺れ、俺は燈司にいわゆる壁ドンをしてしまう。すると、燈司の顔はよりいっそリンゴのように真っ赤になり「近いかな?」と消え入るような声で言うと、燈司はきゅっと口を結んで喋らなくなってしまった。
話しながら帰ろうと思っていたが、これはこれでいいか、と俺は燈司を守るように立ちながら電車に揺られて帰るのだった。
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