白馬のプリンスくんには、どうやら好きな人がいるらしい

兎束作哉

文字の大きさ
10 / 41
第1章 幼なじみに恋人ができた

10 恋人にはなれないみたいだ

しおりを挟む
 
 お腹は、昼間のワッフルで満たされていた。


「もう、一年ぐらいワッフル見たくねえ」
「ドラゴンフルーツ試食会はいつにする?」
「うわああ! わざといっただろ! 今、食べ物の話禁止な!」
「え~凛のことからかうの楽しいのに」


 燈司は、俺のわき腹をつつきながら笑う。そこをつつかれると口からワッフルが出てしまいそうだ。
 ワッフルは残すことなく平らげた。いくらでもいけると甘党を自称していたが、最後のほうになってくるとさっぱりとした生クリームですらカロリーの鬼になって甘ったるく感じてしまった。フルーツも、名に恥じぬほど盛られていたし、食べても食べても湧き出てくるようだった。
 燈司もお腹いっぱいと言って腹をさすっているが、ポッコリと出ている感じもしない。むしろ、燈司のほうがぺろりと完食したみたいだ。
 その小さな身体のどこに入るんだと、俺は腹をつつき返してやった。


「それで、燈司。デート練習はどうだった?」
「ああ、そうだった。デート練習」
「ああ、そうだったって。それがメインだろ」
「まあ、そうなんだけどね。凛と久々に遊びに行けたのが楽しくって、ついつい目的忘れちゃってた。ほら、俺たち高校に入ってからちょっと部活動忙しくて。今からでも帰宅部にしようかなーって思っちゃってるもん」
「お前、バスケちゃんと頑張ってんじゃん。やめるのはもったいないだろ」


 バスケ部の顧問は燈司のことを褒めていた。まあ、燈司の性格の良さもあるのだが、先輩や後輩に慕われているという噂は聞く。おまけに、顧問にも副顧問にも好かれていて、差し入れをもらったりするらしい。部活動の先輩が旅行に行った際、燈司にだけお見上げを二倍渡したのだそうだ。


(そいつ、もしかして燈司に気があるんじゃね?)


 あったとしても、燈司が付き合っているのは俺のクラスのクラスメイト。その先輩に勝ち目はない。
 きっと燈司は一途だろうし、燈司の恋人はこんないい男を離したりしないだろう。


「そうだね。だから、引退まで続けるつもりだよ。今さら辞めるのも何で? って言われそうだし。居心地もいいし。凛のほうは?」
「まあ、俺も続けると思う。お前と一緒で、辞めるって言ったら秀人と光晴になんか言われそうだし」
「確かに。あの二人、凛を離しそうにないもん」
「いやいや、からかう材料が欲しいだけだろ。俺、身長だけだし、あんま上手くないし。この間手から抜けたラケットがさ、頭に落ちてきて」


 燈司の言う通り、俺たちは普段通りの会話をしていた。ママチャリを引いて帰る通学路と変わらない時間。
 違うのは見える景色ぐらいで、俺は燈司との会話に夢中になっていた。結局、燈司の好きな人は分かんないし、もう誰だっていいと思い始めている。
 ただ、燈司の知らない顔があること、今日したデートを本命ともするのかと思うとちょっと寂しい気持ちもある。
 兄弟のように育ってきた燈司の初めての恋人だ。応援しない理由はない。
 待ち合わせ場所だった駅までつくと、ふいに燈司が足を止めた。


「デートは、見送るまでがデートだよ」
「じゃあ、燈司とはここでお別れってことか? 行き先一緒だろ? 一本おそい電車って、ちょっとかかるんじゃね?」
「デート練習だから。見送って、寂しい思いも経験しなきゃ」
「何だそりゃ」


 顔も寂しそうにして、燈司はぎゅっと小さく拳を握っていた。
 そこまで徹底する理由は何だろうか。
 燈司は几帳面だし、一度決めたことは曲げないタイプだ。さっきまで普段の俺たちの会話だったのに、急に引き離された感じがする。


「……じゃあ、俺帰るよ。名残惜しいけど」
「うん。じゃあまた明日ね」
「ああ、学校で」


 俺は、デート練習の相手だ。俺もその役を全うしなければ。
 変な使命感に駆られ、俺は手を振って燈司のもとを去ることにした。まだ話したいことがあって、一緒に電車に乗って帰れると思っていたのに。
 俺こそ名残惜しくなって、何度も振り返った。燈司は俺が見えなくなるまで手を振るつもりなのか、振り返っても笑顔で手を振っている。


(ああ、これが恋人と離れたくないってやつ? デート終わりが寂しいって気持ちか?)


 俺には恋人がいないのに。先にデート終わりの寂しさを感じることになるなんて。
 俺は、ICカードを取り出しピッと改札にかざしてホームへと歩く。日曜日の夕方ホームには人が多かった。明日からまた一週間が始まる、月曜日が嫌だ、なんて声が聴こえてきて、思わずフッと笑ってしまう。


『まもなくホームに電車が参ります。黄色い点字ブロックの後ろに――』


 ホームに電車が入ってくる。
 ファンファンと音が近づくたび、風圧で髪が揺れる。俺はポケットに手を突っ込んだまま目の前で開かれた扉人向かって歩いた。


「待って!」
「……燈司?」


 一歩踏み出した時、グッと後ろに鞄が引っ張られた。俺は倒れそうになりながらもなんとか踏ん張り振り返る。
 するとそこには、先ほど俺を見送ったはずの燈司がいた。


「何? 忘れもん? 明日でいいのに……」
「ち、違う。デート練習……」
「デート練習?」


 俺たちを避けるように人が通っていく。
 燈司は、俯きぎみに俺の鞄のひもを握ったまま「終わったから」と口にする。人の足音、布が擦れる音。あわただしいホームにいては、燈司の声が聴こえない。


「燈司?」
「……デート練習終わった! から……今からは、ただの幼馴染。一緒に帰る」
「……っ、そっか。終わったもんな。よーし帰ろうぜ!」


 俺の鞄のひもを握っていないほうの手を引いて、俺は電車に駆け込んだ。
 それと同時に、駆け込み乗車はおやめくださいとお決まりの声がかかる。同時だからセーフだと、俺は燈司と電車に乗り込む。
 車内は満員で扉付近にとどまってしまった。だが、俺と燈司のスペースぐらいはある。
 扉は間もなく閉まり、ガタンと大きく揺れて電車が動き出す。


「間に合ったな、燈司」
「う、うん。ごめん、急に引っ張ったりして」
「気にすんな、一緒に帰れるだけでチャラ」
「チャラか……うん、チャラにして。今日は一日ありがとう」


 そういった燈司は走ったためか顔が紅潮していた。
 そして、次のカーブで大きく車内が揺れ、俺は燈司にいわゆる壁ドンをしてしまう。すると、燈司の顔はよりいっそリンゴのように真っ赤になり「近いかな?」と消え入るような声で言うと、燈司はきゅっと口を結んで喋らなくなってしまった。
 話しながら帰ろうと思っていたが、これはこれでいいか、と俺は燈司を守るように立ちながら電車に揺られて帰るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。 ◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。 ◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

初恋ミントラヴァーズ

卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。 飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。 ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。 眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。 知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。 藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。 でも想いは勝手に加速して……。 彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。 果たしてふたりは、恋人になれるのか――? /金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/ じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。 集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。 ◆毎日2回更新。11時と20時◆

処理中です...