白馬のプリンスくんには、どうやら好きな人がいるらしい

兎束作哉

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第4章 勇気を出してけ文化祭

09 告白の準備は

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「あっ、このりんごの食品サンプル、誰か美術室に戻しに行って―」


 教室に響く声に、俺は率先して手を上げた。


「俺、俺戻しに行くよ」


 偽物のリンゴが入ったカゴを手に引っ掛けていた女子は、俺の言葉を聞いて「じゃ、お願い」と押し付けるように俺の胸に押し付けた。もう少し丁寧に渡してほしかったなあと思ったものの口にはしなかった。
 文化祭は二日行われ、滞りなく終了した。
 閉会セレモニーで、各クラスの出し物でどれがよかったか投票を締め切り、その結果発表が行われた。俺たちのクラスは見事『劇部門』で一位を獲得し、賞金五万円を手に入れた。女子たちは早速、焼き肉店の予約を入れ、打ち上げに参加する人数を数え始めた。
 男子たちも焼肉かーと、興味ないですが? という顔をしつつも、行く気満々で「いいところの食べ放題がいいな」などぼやいている。

 教室はすでに打ち上げムードだが、今日中に文化祭の片づけをすませないといけないため少しバタバタしていた。学級委員や、文化祭執行委員はとくに学校の備品を使ったクラスに回って回収を始めている。俺たちも、各々借りてきたところに返さなければならず、皆の集金で買った衣装はすべて生徒会に寄付することとなった。
 もちろん、その前にクラスの集合写真を撮ったし、すでにLINEに流れきている。いつ取ったんだという練習風景や、今日のハイライトまで。LINEはずっとピコン、ピコンとなり続けている。
 俺はあまりにうるさいため通知を切り、教室にいるやつに「美術室行くけど返すもんあるか―」と声をかける。しかし、返答がない。半分以上俺の話を聞いていないようだったが、理人と修二と片づけをしていた燈司だけ俺に気づき「言って来るね」というような言葉をかけてその場を立った。


「白雪くんひとりで行けるでしょー」


 女子の声があちこちから飛んだが、ツッコミを入れるように秀人が「凛ちゃん意外と行内でもないでも迷子になるんだよなー」とあっけらかんとした様子で言ったため、教室中に笑いが起きた。「じゃあ、白馬くん必要じゃん」と納得した様子で、みんな生暖かい目を向けながら「今日のベストカップルで行ってこいよー」と囃し立てる。
 相変わらずの調子のクラスに呆れたが、俺は隣まで来た燈司に「行こうぜ」と言って手を引いて教室を出た。

 美術室は、四階の端にあり俺たちの教室から遠い。
 ちなみに、このりんごとカゴを借りてきたのはクラスの男子だ。別に、片づけを押し付けられたわけでもないし、男子が休んでいたとかでもない。ただなんとなく、片づけに行こっかなと手を上げたのだ。

 階段を上るとき、燈司が手すりを持てるようにと俺は階段の中央を歩いた。タン、タンとゆっくりとしたリズムが後ろから聞こえる。
 一緒に行こうと言ったものの、階段を上っている最中はまったくといって会話がなかった。そりゃ、昨日の今日だ。俺は劇中、キスのフリでいいのにキスをしてしまい、その理由を燈司に話していない。
 これまたやらかした、早まったと後悔している。キスしたこと、できたことは後悔していない。

 美術室につくと、美術部員も片付けが済んだところなのかカギをかけようとしていた。そんな部員を引き留めると「早く教室に帰りたいから、顧問にカギ返しておいて」と押し付けられてしまう。
 その部員は俺たちの学年には見ない顔で態度から、三年生とうかがえる。きっと部長だったのだろう。
 そんな無精でいいのかと思いながら、俺たちは美術室に入る。油絵具や木工の匂いが混ざった教室の床は、他の教室とは違い暖かなクリーム色をしていた。床には無数の傷と絵具をこぼした後があり、水道付近にはホコリが溜まっている。


「てか、これどこに戻すか聞いてなかったなぁ。燈司、どこにもどせばい……」
「凛」


 名前を呼ばれ、俺の身体は魔法にかかったようにとまった。ただ、カゴに入れていたリンゴはいきなり振り返ったため床へと落ちる。本物のりんごではなく中は空洞だからカコンッと、プラスチック独特の音がした。


「どうした? 燈司」
「………………な、なんか忘れてないかな!!」


 燈司はズボンをぎゅっと握りしめ、小刻みに肩を震わしながら俺に言った。その声は、俺が舞台に立ったときのように震えていた。
 俺は、リンゴを拾い上げカゴに戻し、それから床において燈司に近づいた。中庭から美術室の窓に入り込む光は暖かく、よりいっそ油絵の具の匂いを引き立てる。
 一歩、また一歩と近づくたび、燈司の肩が過剰なまでに揺れた。
 目の前まで行けば、燈司との身長差を改めて実感する。


(こんなにちっさかったっけ……燈司)


 無意識に伸ばした手は、耳から落ちた燈司の黒髪を引っかけ、耳をくすぐり、彼の頬へと降りる。
 その動きに呼応するように燈司がゆっくりと顔を上げた。丸い黒真珠の大きな瞳は、まっすぐと俺を見ていた。形のいい小さな口はきゅっと結ばれている。


「――……好きだ。燈司」


 無駄な言葉は挟まずに、俺は息を吐くようにその言葉を喉から絞り出す。

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