白馬のプリンスくんには、どうやら好きな人がいるらしい

兎束作哉

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第4章 勇気を出してけ文化祭

10 おそくなってごめん

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「忘れてない。忘れるわけないだろ。約束」
「約束って……」
「お前に告白する約束」


 俺がそういうと、燈司は小さな胸に酸素をいっぱいに吸い込んで膨らませ、それから小さく息を吐いた。


「凛、俺……四月のあの日、嘘ついちゃった」
「うん、俺バカだから気づくの遅れたけど、今ならあれが嘘だってわかる。あと、お前が教えてくれた」
「凛がさ。俺が嘘つく前の日、告白されてて、オッケーしそうな雰囲気だったの見ちゃったから……俺は、片思いでもよかったんだよ。凛の隣にいられるなら、それだけですごく心地よかった。幼馴染。それも、特別。でもさ、ダメだった。俺、結構欲張りなんだなって気づいた」


 燈司は、俺の照り頬を摺り寄せながら目を細めた。


「凛が誰かと付き合っちゃうかもって思ったら、急に目の前が真っ暗になったんだ。心臓がきゅってなって。あ、ダメかもって思って。本当は、凛が告白にオッケーしたか、聞けずにその場から逃げたんだよ。俺」


 燈司が話したのは俺が知らないことだった。俺の知らない燈司の心。
 あの日、階段の踊り場で燈司は俺が告白に返事をしなかったと知っているようなそぶりを見せた。でも、実際は知らない。俺のあの日の態度から察してそういったのだろう。それにすら、俺は気づけていなかった。
 差し込む光がだんだんと細く薄暗いものになっていく。美術室なんて、選択科目でとっていないから来ることなんてめったにない。
 床に置いたカゴとりんごの下に長い黒い影が伸びていっている。


「だから、あんな嘘ついちゃった。凛って、鈍感だから。ああでもしないと、意識してもらえないって。結局、二か月経ってようやくだったけど」


 ぷくぅ、と少し頬を膨らませながら燈司は俺の手に猫の用にすり寄ってきた。


「でも、今は凛と同じ気持ち」
「ああ。同じ……俺も、お前のおかげでいっぱい嫉妬した。嫉妬っていうの、多分、好きとか恋愛感情よりも先にお前に教えられた。すっげえ、モヤモヤして、あたまんなか燈司だけになってて。俺、まだ燈司で埋め尽くす余裕あるんだなって思ったよ」


 幼馴染、特別、ニコイチ。
 ずっと一緒にいて、それが当たり前で。でも、まだ俺の頭の中には燈司を考えていても、燈司のことを考える隙間があった。今は、ただただ燈司でいっぱいだ。他のやつのこと、今日の夕飯のことすら頭に入らないくらい燈司で埋め尽くされている。


「凛が嫉妬って。確かに、理人に嫉妬してたみたいだしね」
「クソ、あいつにはさんざんコケにされて……ああ! 思い出すだけで腹立つ。あいつの笑顔憎たらしいんだよな」


 昨日はセットしたが、今日は劇の公演はないためセットしてこなかった寝癖だらけの頭を掻く。
 頭の中を燈司で埋め尽くしておきたいのに、あのウザったい恋敵……の顔が浮かんでくる。そんな俺を見て、燈司は笑っていたが、スッと彼の表情から感情が抜けていく。


「……凛、キス、したよね」
「……っ、あ、わりぃ。あの時は感情昂って」
「お、俺たち。恋人同士……えっと、両思い!」
「そう! 両思いだ。つ、付き合ってください。燈司!」
「ちょっと、凛、ムード!!」


 好きだとは伝えたが、付き合ってくださいとは言っていなかった。これはまずいと、慌てて腰を折って左手を差し出す。燈司よりも頭が低くなったため、燈司の声が上から聞こえてくる。


「俺には、多分、ムードとかキザっぽいこととかにあわねえ。お前のロマンチストに答えられるか分かんねえけど、それでいいなら付き合って欲しい。燈司が理想とする俺ってのには、多分なれないけど。お前のこと、好きなのは変わりねえし、努力する!!」
「うぅ……凛らしい。お、お付き合いお願いします?」


 疑問形で答えながら、燈司は俺の手を両手で握り込んだ。大きさが違う手。燈司のほうが温かくて、柔らかかった。バスケをしているはずなのに、優しい手をしている。でも、血管は浮き出ているし、第二関節が少し膨らんでいる。男性の手だと一瞬で分かる。
 何ともしまらない告白に、燈司が呆れていたのは分かった。けど、俺はずっとかっこよくないままだと思う。
 燈司にはさんざんそういう姿を見せてきたし、燈司もそんな俺を知っているはずだ。そして、多分そんな俺でもいいって言ってくれている。無理に変わる必要はない。


「凛のバカあ」
「バカあ、じゃねえよ。好きなんだもん」
「もんって、ぶりっこしないでよ」
「好きなんだからしゃーねーの! かっこつけたら、ダサくなるし。好きすぎてかっこつけるの忘れるし。そんだけ、お前のことが好き。燈司のこと誰にもとられたくないし、おうじなお前も好きだし、俺だけのお姫様に見えるお前も好きなんだよ!!」
「凛は俺にとっての王子さまだよ」


 燈司はそういったかと思うと、俺の体を起こし、スススッと俺の胸板を押しながら後ろへ下がらせた。すると、あるところでトンと足に違和感を覚え、おれはそのまま後ろにあった椅子にドスンと座ってしまう。


「燈司、何を――っ」


 ちゅっ、と柔らかい感覚が、俺の唇に伝わってくる。
 あの劇の最後に感じた蜂蜜の匂いと共に、溶けそうなほど柔らかい唇の感触が広がっていく。目を見開けば、燈司と目が合う。視線がかち合う。見上げるでも、見下ろすでもなく、まっすぐに。
 今まで味わったことのない景色だ。
 柔らかい唇が離れていく。俺の唇は、燈司の唇と離れたくないというように離れるその瞬間まで伸びていた。しかし、ぷつんと何かが切れるように燈司との唇の間で空気が振動する。


「凛、座高高いね」
「お、おい。ぜったい、感想違うだろ!!」
「それとも、凛は深~いキスがご所望だった? 言ってたもんね」


 いたずらっ子のように笑って自分の唇をフニフニと触る燈司。
 ファーストキスを奪われた燈司なりの仕返し……いや、耳は赤くなっているし、燈司からのファーストキス。照れ隠しだ。


「ああ、お前、燈司! 調子乗ってんな!!」
「そりゃ、両思いだもん。調子に乗るよ」
「じゃあ、俺も調子乗る!」


 ガタンと椅子は大きな音を立てて立ち上がり、燈司の腰を掴んで、俺の足の上に乗せた。相変わらず食べているのか心配なくらい軽い。
 燈司は、俺の足の上から退こうとしたが、俺は燈司の腰を片手で支え、彼の顎を掴んだ。燈司は何をされるか理解されたらしく、俺の足の上でちょっと背伸びをして顔を上げた。それでも、少し届かないから俺から近付く。
 また二人の唇が重なる。今度は少し強く押し当てて。蜂蜜の匂いは相変わらずだが、燈司が使っているシャンプーの匂いも同時にした。
 無理して背伸びしている燈司は足がプルプルと小鹿のように震えている。座ってキスのほうがやりやすいんだろうなと思ったが、俺はこっちのキスのほうが好きかもしれない。お互いに、身長差を埋めあうようなキスが好きだ。
 背伸びしていたこともあり、足がしびれたのか、燈司はキスが終わるころには内股になっていた。俺が支えてやらないと立っていられないくらいには息が上がっている。


「燈司、俺たち恋人同士なんだぞ」
「だ、だから何? 嬉しいよ。恋人同士」
「……こ、これからもっと深いキスすんのに、大丈夫か?」
「うっ……そ、それは、もうちょっと順を踏んでから……かも」
「デートはあんなに積極的だったのになあ。燈司も初心だなあ~」
「凛がそれを言う!?」


 ぽこ、と俺の胸板を燈司の小さな拳が叩く。でも、全く痛くないし、むしろ幸せだった。
 俺は、その燈司の細い手首を掴んでチュッと血管が見えている内側にキスをする。すると、唇に、ドクンドクンと燈司の脈が感じられた。燈司の顔を見れば真っ赤だ。
 多分、俺も真っ赤だけど。


「凛調子乗りすぎ!!」
「ははっ、お前もだろ。燈司、好きだ。すっごく好き」
「……調子いいなあ、もう。俺も、好き。凛しか好きじゃない」
「ああ、そうでいてくれ。ずっとそう思ってもらえるよう、ダサいなりに努力する」


 大切にする、と言って抱きしめれば、燈司は抵抗しなくなった。優しく俺の背中に手を回し密着する。


「凛は俺のどこが好き?」
「うーん、全部か? 全部だな」
「ひっどい回答」
「そうか? じゃあ、燈司は俺のどこが好きなんだよ」

 足の指を少し上にあげて聞けば、燈司は足場が不安定そうに下を見る。
 多分、俺はずっと燈司が好きだった。それに気づくのが遅れたバカ鈍感。燈司のこと、幼馴染だから好きなんじゃなくて、燈司だから好きだ。
 燈司はしばらく黙った後「全部?」と首をかしげて言う。


「俺と回答かわらねえじゃん」
「変わるよ。俺のほうが、凛よりずっと前から好きで。小学校……幼稚園から好きなんだよ」
「それ、覚えてんのか?」
「覚えてる! 凛が、俺のことずーっと一緒なのに、女の子いじめるなっていったのも覚えてる」


 俺は面食らってしまった。記憶にあるような、ないような話だったからだ。でも、燈司の目が本当だと言っている。
 しかし、それが決定的に好きな理由であるとは思わない。いや、全部と言ったから全部なのだろう。ダサい俺も含めて、燈司は俺のこと好きでいてくれる。


「言ったじゃん、あの日、ヒント……優しくて、俺のこと必要としてくれる人って。凛は優しくて、俺のこと大事にしてくれて、必要としてくれる。だから、好き。全部好き」
「俺も燈司のこと必要としてる。お前のほうが十分優しいよ。好きだ、燈司。俺だけに優しい燈司が好き」


 何それ、と言いつつも、燈司は「凛も俺だけに優しくしてくれなきゃ嫌だ」と俺の胸に顔を押し当てながら言った。
 いつもははっきりと物を言うのに、案外好きな人には奥手なのかもしれない。俺は逆だと思うけど。


「メッセージだっていつもやり取りしてるでしょ」
「ああ、あれもヒントだったな。確かに」


 俺がそういうと、燈司は少し体重をかけて俺の足を踏みつけた。言われてみれば、燈司は本当に多くのヒントとアピールをしてくれた。それに気づかない俺は鈍感すぎる。鈍器で頭を殴られればいいと自分で思う。
 デート練習と言いながらちゃっかりデートをして。キスもした。俺たちはしっかりと恋人になっている。


「俺、好きだわ。燈司のこと」
「今更みたいに言わないで。俺のこと好きって言って」
「うん、好き。甘えん坊なお前も好き。俺の前しか見せない王子さまじゃない燈司の顔って、なんか特別感ある」
「凛はいつも通りだね」
「そうでもないぞ? 今だって、両思いひゃっほーって、喜んでるし。あと、お前の前だとダサくてもいいやって素でいられる。お前の隣が心地いいよ。好きだよ、燈司」


 俺は、ちょっといじけちゃっているかわいい恋人をひしっと抱きしめ直した。

 夏の終わり。しかし、まだ秋の風は吹かないこの季節。
 暖かな光はすっかりと細くなり、美術室はほの暗く、静寂に包まれていた。
 そんな二人きりの時間。俺たちはもう少しだけこうしていようと抱きしめあったのだった。子供の頃みたいに。でも、恋人という新たな関係に進んで。
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