それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ 嵐の前のひと騒ぎ。

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 説教魔佳恵の出鼻は、かくして簡単に挫かれる。玲子の家出騒動は所詮、集まって飲み歓談する口実になるだけだ。毎度毎度振り回されるこちらは、たまったものではないが。

「きっと今日は佳恵が来ると思ってたから、これ全部、朝から準備してたんだよ! メインはいまオーブンの中だから、期待しててねっ!」

 嬉しそうに話す玲子を横目に、チーズをひと口。胡椒の香りが違う。

「このブラックペッパー挽きたてでしょう? どうしたの?」
「ああそれ? ペッパーミルなかったから買ってきちゃった」

 自分の好きなことだけに時間を使える一人暮らしは、非常に快適なのだが、たったひとつ、外食だけには不自由している。

 味覚を満足させてくれる料理を提供するレストランは、たいていの場合ひとりでは入店しづらい。それゆえに、おいしい料理を口にしたいと思えば、必然的に誰かと食事をするか、または、腕を磨くしかないわけだ。

 私の性分としては、よほどのことがない限り、家に閉じこもりたい。だから、調理器具や調味料その他のキッチン用品は、必然的に充実している。

 だが、いかんせんそこはひとり暮らし。こだわりはあるが、そこまではと諦め、疎かにしている部分も多い。
 玲子はさすが経験豊富な主婦だけに、その疎かにしている部分を、家出のたび勝手に補充していく。それはまことにありがたいことである。

 彼女たちふたりで交わされる会話は、右から左。私の世界はいま、食で満たされているのだ。
 サングリアとアペタイザーに集中していると、料理はいつのまにかメインディッシュへ移り、ワインも赤へ。
 グラスに口をつけると鼻腔に広がるフルーティーな香りに続き、舌の奥で感じる仄かな渋みとウッディな残り香。

 この赤、好きだわ。どこで手に入れたかあとで訊いておこう。

 特製グレービーソースをたっぷりつけて味わう、ハーブが薫るローストポークも絶品。添えられたマッシュポテトも、もちろん自家製だ。
 仕事で疲れているだろうからビタミンBたっぷりのポークにしたわと、主婦らしい気遣いも素晴らしい。

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