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§ 嵐の前のひと騒ぎ。
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「よしえぇーっ! 会いたかったあ!」
玄関ドアを開けたとたん、ただいまと声をかけるより早く飛び出てきた玲子が、仏頂面の佳恵にドスンと音がしそうな勢いで抱きついた。
背が低く細身の玲子だが、この力強さで飛びつかれるのはさすがにキツイ。私はピンヒールで必死に踏ん張る佳恵の後ろに立ち、その背を支えた。
スリスリと首筋に頬ずりをする玲子の頭を、良い子良い子と、まるで遠く離れ離れになっていたかわいいペットを愛でるがごとく撫で、目を細め微笑む佳恵には、さっきまでの勢いは無い。
おいおい、初っ端から骨抜きじゃないか。
さて、何を隠そう、これこそが、玲子の武器である。
私ももちろんそうだが、説教魔の佳恵ですら玲子に勝てないのはこれがゆえ。
どんなに腹が立とうとも、クリクリお目目の童顔と、小動物のような愛くるしい動作を武器に懐かれてしまえば、たちどころに怒る気力は失せ、甘く蕩けてしまう。
だから結局こうして、奔放に振る舞う彼女を許してしまうのだ。
「ねえ、いつまでそうしてるの? 早く家に入ろうよ?」
少々呆れ顔で呟く私に、玲子の反応は早い。
「そうだ、ごめんね! 早く上がって! 来るって聞いてたから佳恵の好きなものいっぱい作ったんだよ? 佳恵の好きなお酒も用意してあるんだ。今日はとことん飲もうねっ!」
三和土でハイヒールを脱ぐ足元へ甲斐甲斐しくスリッパを並べる玲子に、佳恵はもう上機嫌。
この様子では、酔った説教魔のターゲットは、間違いなく私になるだろう。
::
軽くシャワーを浴び、細やかに施した化粧を落として着替え戻ってくると、小さなテーブルの上に並べられた色とりどりの酒の友に目を奪われる。
粗挽きのブラックペッパーがたっぷりと振りかけられたチーズやプロシュート、ロミロミサーモンに、オリーブのマリネ、ガガモレ等々。香ばしい香り漂うカリカリバケットも添えられていて、食欲がそそられる。そして、新鮮なフルーツたっぷり白ワインのサングリアは、玲子特製だ。
話の雲行きを心配するより、食べるほうが先。ここまで用意しているならば、メインディッシュはさらに期待できそうだと、口角が上がる。
「とりあえず座って乾杯しよう?」
よく冷えたサングリアをグラスに注いで、小さなミントの葉を飾りサーブする玲子は、ウキウキと楽しそう。
「その前に! 玲子、あんた……」
佳恵にまだ説教をする気があったとは意外。
「佳恵の言いたいことはわかってるよ。隼人ね、反省したって。だから、明日、迎えに来てくれることになったの。歩夢も、迷惑かけてごめんねえ」
隼人が反省ってあなた……。
今回の離婚騒動の原因を思い返してみる。
今後隼人は、会社の同僚と退社後に出かけず、夕飯のメニューを予測してランチをとらなければならなくなるのか。たしかに、気の毒ではある。
しかし、同情はしない。
共働きだった頃、共同作業であった家事を、玲子が専業になったとたん、働いている俺は偉いとばかりに一切合切玲子に押し付け、お気楽夫を気取っている隼人は、正直、説教ものだと思う。
また、専業になってからほんの短期間のうちに、これだけ進化した玲子の料理の腕を浪費しているあいつのお子ちゃま舌にも、腹立たしさがある。
だが、私たちにも語れない夫婦だけの問題もあるのかも知れないと思うと、ここはやはり、外野が口を出すべきではないだろう。
つまり、勝手にやってくれ。
玄関ドアを開けたとたん、ただいまと声をかけるより早く飛び出てきた玲子が、仏頂面の佳恵にドスンと音がしそうな勢いで抱きついた。
背が低く細身の玲子だが、この力強さで飛びつかれるのはさすがにキツイ。私はピンヒールで必死に踏ん張る佳恵の後ろに立ち、その背を支えた。
スリスリと首筋に頬ずりをする玲子の頭を、良い子良い子と、まるで遠く離れ離れになっていたかわいいペットを愛でるがごとく撫で、目を細め微笑む佳恵には、さっきまでの勢いは無い。
おいおい、初っ端から骨抜きじゃないか。
さて、何を隠そう、これこそが、玲子の武器である。
私ももちろんそうだが、説教魔の佳恵ですら玲子に勝てないのはこれがゆえ。
どんなに腹が立とうとも、クリクリお目目の童顔と、小動物のような愛くるしい動作を武器に懐かれてしまえば、たちどころに怒る気力は失せ、甘く蕩けてしまう。
だから結局こうして、奔放に振る舞う彼女を許してしまうのだ。
「ねえ、いつまでそうしてるの? 早く家に入ろうよ?」
少々呆れ顔で呟く私に、玲子の反応は早い。
「そうだ、ごめんね! 早く上がって! 来るって聞いてたから佳恵の好きなものいっぱい作ったんだよ? 佳恵の好きなお酒も用意してあるんだ。今日はとことん飲もうねっ!」
三和土でハイヒールを脱ぐ足元へ甲斐甲斐しくスリッパを並べる玲子に、佳恵はもう上機嫌。
この様子では、酔った説教魔のターゲットは、間違いなく私になるだろう。
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軽くシャワーを浴び、細やかに施した化粧を落として着替え戻ってくると、小さなテーブルの上に並べられた色とりどりの酒の友に目を奪われる。
粗挽きのブラックペッパーがたっぷりと振りかけられたチーズやプロシュート、ロミロミサーモンに、オリーブのマリネ、ガガモレ等々。香ばしい香り漂うカリカリバケットも添えられていて、食欲がそそられる。そして、新鮮なフルーツたっぷり白ワインのサングリアは、玲子特製だ。
話の雲行きを心配するより、食べるほうが先。ここまで用意しているならば、メインディッシュはさらに期待できそうだと、口角が上がる。
「とりあえず座って乾杯しよう?」
よく冷えたサングリアをグラスに注いで、小さなミントの葉を飾りサーブする玲子は、ウキウキと楽しそう。
「その前に! 玲子、あんた……」
佳恵にまだ説教をする気があったとは意外。
「佳恵の言いたいことはわかってるよ。隼人ね、反省したって。だから、明日、迎えに来てくれることになったの。歩夢も、迷惑かけてごめんねえ」
隼人が反省ってあなた……。
今回の離婚騒動の原因を思い返してみる。
今後隼人は、会社の同僚と退社後に出かけず、夕飯のメニューを予測してランチをとらなければならなくなるのか。たしかに、気の毒ではある。
しかし、同情はしない。
共働きだった頃、共同作業であった家事を、玲子が専業になったとたん、働いている俺は偉いとばかりに一切合切玲子に押し付け、お気楽夫を気取っている隼人は、正直、説教ものだと思う。
また、専業になってからほんの短期間のうちに、これだけ進化した玲子の料理の腕を浪費しているあいつのお子ちゃま舌にも、腹立たしさがある。
だが、私たちにも語れない夫婦だけの問題もあるのかも知れないと思うと、ここはやはり、外野が口を出すべきではないだろう。
つまり、勝手にやってくれ。
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