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§ それは、ホントに不可抗力で。
01
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初めて上がった九階は、偉い人のためのフロア。
下界とは違い、値段の想像もつかない絵画や壺などの装飾品がそこここに飾られ、ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を、身体のラインを引き立てるダークカラーの高級スーツでビシッと格好良くキメた美人秘書が、ピンヒールで闊歩しているに違いないと、かなり期待していたのだが。
その期待はあっさりと裏切られ、装飾品も絨毯も無い廊下は、自分の靴音はおろか、呼吸音さえも聞こえるのではないかと思うほど静まり返っている。
誰も、居ないよ。
そもそも、私を呼び出した張本人、小林統括部長のオフィスはどこなのだろう。
意味もなくコソコソと辺りを憚りながら、忍び足で廊下を進んだ突き当たりに、やっと秘書課のプレートがかかったドアを見つけた。
ドアの内側に人の気配を感じ、ホッと胸を撫でおろす。
小さくノックをし、そっとドアを開いたオフィスの中に居たのは、これまた予想の斜め上。四十代と思わしき黒縁眼鏡をかけた四角い男性と、田中先輩と同年代であろう白いブラウスに黒いタイトスカートとシンプルな出で立ちの、少々ふくよかな女性だけ。
要件を告げると、快く案内を申し出てくれたその女性に先導されて、またまた延々といま来た廊下を戻る。
エレベーターホールを挟んだ反対側の突き当たりが、どうやら小林統括部長のオフィスのよう。
つまり、廊下を中央から端へ、さらに反対側の端へと歩き、無駄に体力を使ったわけ。下で先に場所はどこだと確認をしてから来ればよかったと、自分の頭の回らなさを少しだけ呪う。
執務室のドアの前に立ち、当然のごとく秘書が私の来訪を告げるものと思い後ろへ一歩下がると、彼女が体ごと振り返った。そして、どうせノックしたって聞こえやしないんだから、勝手に入ってね、と、ニッコリ笑ってそのままオフィスへ戻っていった。
おいおい、それはないだろう。
脳内でツッコミを入れ、舌打ちをする。
数回ノックをしてのち、さっきの言葉の意味が理解できた。彼女の言うとおり、中からはまったく反応がない。仕方なくひとつ大きく息をして精神統一。ノブに手をかけて静かにドアを開け、恐る恐る数歩進み、小声で挨拶をし返事を待った。
「失礼します。総務課の関口です。あの、ご用件は……」
広い室内の手前には、壁一面の書棚と布張り灰緑色のスタイリッシュなソファセット。そして、一番奥の大きなデスクにはモニタが四台ずらり並び、その向こうにかろうじて頭のてっぺんだけが見える。
あの頭の主が、小林統括部長だろうか。
私の存在に気づいているのかいないのか、流れるようにキーボードを叩く音だけが室内に響き続け、それが緊張を助長する。
突然音が止み、その人物が立ち上がったと同時に、私はヒュッと息を飲んだ。
エレベーターの中ほど至近距離ではないため、かえってその全貌が見て取れる。
遠目でもはっきりとわかる目鼻立ちの整った容姿、すらりとした体躯は、細めではあるが痩せ過ぎではない。服装はいたってシンプルだが、すっきりと清潔感がある。あれは、ビジネスカジュアルというものだろうか。
小林統括部長はなぜか眉間に皺を寄せ、部屋の入り口付近に立ち竦む私を見つめている。
銀縁眼鏡の奥から注がれるその眼光が絶対零度であると気付いた瞬間、私の背筋にゾワっと寒いものが走り、全身が凍りつく。
目を逸らすこともできず見つめたまま、永遠にも感じるほど長い、実際には一分にも満たないであろう沈黙。
息が止まりそうなその緊張感に、拳を握った。
下界とは違い、値段の想像もつかない絵画や壺などの装飾品がそこここに飾られ、ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を、身体のラインを引き立てるダークカラーの高級スーツでビシッと格好良くキメた美人秘書が、ピンヒールで闊歩しているに違いないと、かなり期待していたのだが。
その期待はあっさりと裏切られ、装飾品も絨毯も無い廊下は、自分の靴音はおろか、呼吸音さえも聞こえるのではないかと思うほど静まり返っている。
誰も、居ないよ。
そもそも、私を呼び出した張本人、小林統括部長のオフィスはどこなのだろう。
意味もなくコソコソと辺りを憚りながら、忍び足で廊下を進んだ突き当たりに、やっと秘書課のプレートがかかったドアを見つけた。
ドアの内側に人の気配を感じ、ホッと胸を撫でおろす。
小さくノックをし、そっとドアを開いたオフィスの中に居たのは、これまた予想の斜め上。四十代と思わしき黒縁眼鏡をかけた四角い男性と、田中先輩と同年代であろう白いブラウスに黒いタイトスカートとシンプルな出で立ちの、少々ふくよかな女性だけ。
要件を告げると、快く案内を申し出てくれたその女性に先導されて、またまた延々といま来た廊下を戻る。
エレベーターホールを挟んだ反対側の突き当たりが、どうやら小林統括部長のオフィスのよう。
つまり、廊下を中央から端へ、さらに反対側の端へと歩き、無駄に体力を使ったわけ。下で先に場所はどこだと確認をしてから来ればよかったと、自分の頭の回らなさを少しだけ呪う。
執務室のドアの前に立ち、当然のごとく秘書が私の来訪を告げるものと思い後ろへ一歩下がると、彼女が体ごと振り返った。そして、どうせノックしたって聞こえやしないんだから、勝手に入ってね、と、ニッコリ笑ってそのままオフィスへ戻っていった。
おいおい、それはないだろう。
脳内でツッコミを入れ、舌打ちをする。
数回ノックをしてのち、さっきの言葉の意味が理解できた。彼女の言うとおり、中からはまったく反応がない。仕方なくひとつ大きく息をして精神統一。ノブに手をかけて静かにドアを開け、恐る恐る数歩進み、小声で挨拶をし返事を待った。
「失礼します。総務課の関口です。あの、ご用件は……」
広い室内の手前には、壁一面の書棚と布張り灰緑色のスタイリッシュなソファセット。そして、一番奥の大きなデスクにはモニタが四台ずらり並び、その向こうにかろうじて頭のてっぺんだけが見える。
あの頭の主が、小林統括部長だろうか。
私の存在に気づいているのかいないのか、流れるようにキーボードを叩く音だけが室内に響き続け、それが緊張を助長する。
突然音が止み、その人物が立ち上がったと同時に、私はヒュッと息を飲んだ。
エレベーターの中ほど至近距離ではないため、かえってその全貌が見て取れる。
遠目でもはっきりとわかる目鼻立ちの整った容姿、すらりとした体躯は、細めではあるが痩せ過ぎではない。服装はいたってシンプルだが、すっきりと清潔感がある。あれは、ビジネスカジュアルというものだろうか。
小林統括部長はなぜか眉間に皺を寄せ、部屋の入り口付近に立ち竦む私を見つめている。
銀縁眼鏡の奥から注がれるその眼光が絶対零度であると気付いた瞬間、私の背筋にゾワっと寒いものが走り、全身が凍りつく。
目を逸らすこともできず見つめたまま、永遠にも感じるほど長い、実際には一分にも満たないであろう沈黙。
息が止まりそうなその緊張感に、拳を握った。
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