それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

文字の大きさ
25 / 90
§ それは、ホントに不可抗力で。

03

しおりを挟む
「えっと、いや、ですから……それはですね、あの、空港で別れたところまではよかったんですが……。それから、えっと、と、と、トイレに行ったんですよ。そこで、あの、けっ、携帯がですね、ポチャンと……」
「……は?……」
「そ、それでですね、携帯を新しくすることになりまして……、まあ、これもいい機会かな? と、ついでに番号も変更してですね、手続きを済ませて新しい番号を連絡しようと思ったんですが……そしたら……そしたら、電話番号がわからなくて……それで……」

 そう、それはよくあること。典型的なついうっかり、あとの祭り、と、いうやつである。

 三年前、この男と別れたのは旅の終わりに一緒に降り立った空港だった。あのとき、この男はそのまま仕事先へ行き、私は、タクシー乗り場でしばしの別れを惜しみつつこの男を見送ったあと、空港でトイレを済ませ、予約していた高速バスに乗り込むはずだった。だが、そのトイレで事件は起きた。

 なんと、携帯電話が水没してしまったのだ。

 その携帯電話のアドレス帳には、前の会社の同僚がほとんどと、数少ない友人と家族の連絡先のみが入っていた。数ヶ月前に変更したばかりの新機種のご臨終は涙モノではあったが、ここでダメになったのも、もしかしたら、不要な人間関係を淘汰せよとの、天の啓示かも知れない。

 どうせ友人、家族とは他の方法で連絡が取れるのだし、と、気を取り直し、それまでの回線事業者を解約してべつのところへ乗り換え、電話番号も一新することに。

 新たな携帯電話を手に入れ、ウキウキ気分で「そうだ! 尊に新しい番号教えなきゃ!」と、それを握ったところで気づく。この男のアドレスは、携帯電話と一緒に便器の底へ沈んだことに。

 もちろん、元の電話番号はもう無いから、電話を受けることも不可能。まさかこんなことになるとは夢にも思っておらず、住所すら記録していなかった。

 あれは、あとにも先にも私の人生の中で起きた最低最悪の悲劇。

 二度と、会えない。

 あんなに泣いたのは、生まれて初めてだった。その後の一週間は、ショックで食事すら喉を通らなかったのを、いまでも覚えている。

 この『ア・キ・レ・タ』と、ハッキリひと文字ずつ書かれているどう見ても別人に見える顔は、本当に尊のものなのだろうか。あの尊とこの小林統括部長は、本当に同一人物なのか。

 見上げる先にある顔の眉尻が下がり、口からフーッと大きく息を吐いた。ゆっくりと瞬きをして目を開けると、至近距離から私を捉えたその瞳はなぜか優しい。

「歩夢……俺が、どれだけ心配したかわかるか?」

 そうささやく声が震えている。みるみるうちに眉が歪められ、何かを怺えるがごとく強く結んだ口元。
 目の端でゆっくりと私に向かって伸びてくる手に気づき、息を止めた瞬間、強く抱き竦められた。

「もう、二度と会えないと、思ってた」

 私の髪に顔を埋め耳元でささやくその声は、まるで泣いているよう。
 この人は、本当に、本当に、大好きだった、私の尊なのだ。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

ことりの上手ななかせかた

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
恋愛
堀井小鳥は、気弱で男の人が苦手なちびっ子OL。 しかし、ひょんなことから社内の「女神」と名高い沙羅慧人(しかし男)と顔見知りになってしまう。 それだけでも恐れ多いのに、あろうことか沙羅は小鳥を気に入ってしまったみたいで――!? 「女神様といち庶民の私に、一体何が起こるっていうんですか……!」 「ずっと聴いていたいんです。小鳥さんの歌声を」 小動物系OL×爽やか美青年のじれじれ甘いオフィスラブ。 ※小説家になろうに同作掲載しております

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

【完結】山猿姫の婚約〜領民にも山猿と呼ばれる私は筆頭公爵様にだけ天使と呼ばれます〜

葉桜鹿乃
恋愛
小さい頃から山猿姫と呼ばれて、領民の子供たちと野山を駆け回り木登りと釣りをしていた、リナ・イーリス子爵令嬢。 成人して社交界にも出たし、今では無闇に外を走り回ったりしないのだが、元来の運動神経のよさを持て余して発揮しまった結果、王都でも山猿姫の名前で通るようになってしまった。 もうこのまま、お父様が苦労してもってくるお見合いで結婚するしか無いと思っていたが、ひょんな事から、木の上から落ちてしまった私を受け止めた公爵様に婚約を申し込まれてしまう。 しかも、公爵様は「私の天使」と私のことを呼んで非常に、それはもう大層に、大袈裟なほどに、大事にしてくれて……、一体なぜ?! 両親は喜んで私を売りわ……婚約させ、領地の屋敷から王都の屋敷に一人移り住み、公爵様との交流を深めていく。 一体、この人はなんで私を「私の天使」などと呼ぶのだろう? 私の中の疑問と不安は、日々大きくなっていく。 ずっと過去を忘れなかった公爵様と、山猿姫と呼ばれた子爵令嬢の幸せ婚約物語。 ※小説家になろう様でも別名義にて連載しています。

処理中です...