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§ それは、ホントに不可抗力で。
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「えっと、いや、ですから……それはですね、あの、空港で別れたところまではよかったんですが……。それから、えっと、と、と、トイレに行ったんですよ。そこで、あの、けっ、携帯がですね、ポチャンと……」
「……は?……」
「そ、それでですね、携帯を新しくすることになりまして……、まあ、これもいい機会かな? と、ついでに番号も変更してですね、手続きを済ませて新しい番号を連絡しようと思ったんですが……そしたら……そしたら、電話番号がわからなくて……それで……」
そう、それはよくあること。典型的なついうっかり、あとの祭り、と、いうやつである。
三年前、この男と別れたのは旅の終わりに一緒に降り立った空港だった。あのとき、この男はそのまま仕事先へ行き、私は、タクシー乗り場でしばしの別れを惜しみつつこの男を見送ったあと、空港でトイレを済ませ、予約していた高速バスに乗り込むはずだった。だが、そのトイレで事件は起きた。
なんと、携帯電話が水没してしまったのだ。
その携帯電話のアドレス帳には、前の会社の同僚がほとんどと、数少ない友人と家族の連絡先のみが入っていた。数ヶ月前に変更したばかりの新機種のご臨終は涙モノではあったが、ここでダメになったのも、もしかしたら、不要な人間関係を淘汰せよとの、天の啓示かも知れない。
どうせ友人、家族とは他の方法で連絡が取れるのだし、と、気を取り直し、それまでの回線事業者を解約してべつのところへ乗り換え、電話番号も一新することに。
新たな携帯電話を手に入れ、ウキウキ気分で「そうだ! 尊に新しい番号教えなきゃ!」と、それを握ったところで気づく。この男のアドレスは、携帯電話と一緒に便器の底へ沈んだことに。
もちろん、元の電話番号はもう無いから、電話を受けることも不可能。まさかこんなことになるとは夢にも思っておらず、住所すら記録していなかった。
あれは、あとにも先にも私の人生の中で起きた最低最悪の悲劇。
二度と、会えない。
あんなに泣いたのは、生まれて初めてだった。その後の一週間は、ショックで食事すら喉を通らなかったのを、いまでも覚えている。
この『ア・キ・レ・タ』と、ハッキリひと文字ずつ書かれているどう見ても別人に見える顔は、本当に尊のものなのだろうか。あの尊とこの小林統括部長は、本当に同一人物なのか。
見上げる先にある顔の眉尻が下がり、口からフーッと大きく息を吐いた。ゆっくりと瞬きをして目を開けると、至近距離から私を捉えたその瞳はなぜか優しい。
「歩夢……俺が、どれだけ心配したかわかるか?」
そうささやく声が震えている。みるみるうちに眉が歪められ、何かを怺えるがごとく強く結んだ口元。
目の端でゆっくりと私に向かって伸びてくる手に気づき、息を止めた瞬間、強く抱き竦められた。
「もう、二度と会えないと、思ってた」
私の髪に顔を埋め耳元でささやくその声は、まるで泣いているよう。
この人は、本当に、本当に、大好きだった、私の尊なのだ。
「……は?……」
「そ、それでですね、携帯を新しくすることになりまして……、まあ、これもいい機会かな? と、ついでに番号も変更してですね、手続きを済ませて新しい番号を連絡しようと思ったんですが……そしたら……そしたら、電話番号がわからなくて……それで……」
そう、それはよくあること。典型的なついうっかり、あとの祭り、と、いうやつである。
三年前、この男と別れたのは旅の終わりに一緒に降り立った空港だった。あのとき、この男はそのまま仕事先へ行き、私は、タクシー乗り場でしばしの別れを惜しみつつこの男を見送ったあと、空港でトイレを済ませ、予約していた高速バスに乗り込むはずだった。だが、そのトイレで事件は起きた。
なんと、携帯電話が水没してしまったのだ。
その携帯電話のアドレス帳には、前の会社の同僚がほとんどと、数少ない友人と家族の連絡先のみが入っていた。数ヶ月前に変更したばかりの新機種のご臨終は涙モノではあったが、ここでダメになったのも、もしかしたら、不要な人間関係を淘汰せよとの、天の啓示かも知れない。
どうせ友人、家族とは他の方法で連絡が取れるのだし、と、気を取り直し、それまでの回線事業者を解約してべつのところへ乗り換え、電話番号も一新することに。
新たな携帯電話を手に入れ、ウキウキ気分で「そうだ! 尊に新しい番号教えなきゃ!」と、それを握ったところで気づく。この男のアドレスは、携帯電話と一緒に便器の底へ沈んだことに。
もちろん、元の電話番号はもう無いから、電話を受けることも不可能。まさかこんなことになるとは夢にも思っておらず、住所すら記録していなかった。
あれは、あとにも先にも私の人生の中で起きた最低最悪の悲劇。
二度と、会えない。
あんなに泣いたのは、生まれて初めてだった。その後の一週間は、ショックで食事すら喉を通らなかったのを、いまでも覚えている。
この『ア・キ・レ・タ』と、ハッキリひと文字ずつ書かれているどう見ても別人に見える顔は、本当に尊のものなのだろうか。あの尊とこの小林統括部長は、本当に同一人物なのか。
見上げる先にある顔の眉尻が下がり、口からフーッと大きく息を吐いた。ゆっくりと瞬きをして目を開けると、至近距離から私を捉えたその瞳はなぜか優しい。
「歩夢……俺が、どれだけ心配したかわかるか?」
そうささやく声が震えている。みるみるうちに眉が歪められ、何かを怺えるがごとく強く結んだ口元。
目の端でゆっくりと私に向かって伸びてくる手に気づき、息を止めた瞬間、強く抱き竦められた。
「もう、二度と会えないと、思ってた」
私の髪に顔を埋め耳元でささやくその声は、まるで泣いているよう。
この人は、本当に、本当に、大好きだった、私の尊なのだ。
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