それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ それは、ホントに不可抗力で。

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「大沢! なにやってんだ? 早く来い!」

 きっと同じ営業部の仲間だろう。エレベーターに一番近い第一会議室の前に居た、名も知らぬ男性が声を張り上げる。

「すんません。これ、運ぶの手伝ったらすぐ行きます!」

 どうやら皆は、大沢待ちらしい。私は足を止め、前を歩く大沢に声をかけた。

「大沢さん、ありがとうございました。もうここで大丈夫です。あとは自分で運べますから」
「えー、遠慮しなくていいっすよ。もうちょっとだから」
「でも、皆さん待ってるんじゃないですか? 早く行ったほうが……」
「平気ですって!」

 押し問答をしている大沢の背後から、見慣れた顔が歩いてくるのが見えた。その全身からは不機嫌オーラが漂っている。

「大沢! 会議始まってるんじゃないのか? 早く行け!」

 大沢も大概背は高いが、さらにその上から降り注ぐ鋭い視線が背後から私を睨みつけている。
 怖い。この男を取り巻く冷気で、周囲の気温は絶対二度は下がっているはず。いや、それ以上か。背筋にぞわっと悪寒が走った。

「あ、小林統括……。あ、あの、でも俺、これ運んで……」
「俺が運ぶ。おまえは行け」

 有無を言わさぬ威圧感に、大沢が怯えている。
 尊がさらにジロリと大沢を睨むと、大沢はまるで操り人形のごとくファイルの山を渡し、数歩後退ってから踵を返し、会議室へ逃げ込んだ。
 その姿を呆然と見送り、ふと横を見ると、尊の姿はすでに遙か遠く。小走りでなんとか追いつき、オフィスへ一歩入り硬直した。

 総務部に突然現れた雲の上の上司の絶対零度の瞳と、恐怖を増大させるその美しい容姿。皆、固唾を呑み、身動きひとつできずに、尊の一挙手一投足を見つめている。

 温厚な篠塚課長の笑顔まで凍り付かせるその破壊力を目の当たりにし、エアコンの温度は、下げるのではなく、設定を暖房に変えるべきだった、次からはそうしよう、と、思った。

「篠塚さん、隣、空いてますか? 空いてたらちょっと使わせてもらいたいんですが」

 課長のデスクにファイルの山をどさっと下ろしながら、ニッコリ微笑む笑顔が怖い。
 その笑顔に引きつったのも一瞬、すぐにペースを取り戻し、和やかに対応する篠塚課長はさすがベテラン。

「空いていますよ。どうぞ使ってください」

 隣、とは、総務部のオフィスに隣接する極小会議室のことである。

「あ……コホッ、関口、一緒に来い。おまえに話がある」

 振り向きざまに発せられたその言葉を受け、皆の視線が一斉に私へ注がれる。

 好奇、嫉妬、同情、憐み……、視線の色は複雑だ。

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