それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ それは、ホントに不可抗力で。

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 地下らしく少し低い天井付近まで届く高さのファイルラックが、整然と並んでいるだけの静かな空間。それが、普段ほとんど人が入ることの無い、書類倉庫だ。

 資料集めそのものは、造作もない。
 目録と照らし合わせ、高い所のものは脚立を使って取り出し、入り口近くにひとつだけポツンと置かれたデスクの上に積んでいく。たいした時間も要さず作業は終わり、あとは上まで運ぶだけだ。

「あれ? 関口さん、こんなとこでなにしてんの?」

 ドアの軋み音とともに聞こえてきたのは、聞き慣れた声。振り返ると、大沢が嬉しそうに顔を綻ばせている。

「大沢さん、おつかれさまです」
「もしかして、それ全部ひとりで運ぶの? 俺、手伝いますよ。ちょっと待っててもらっていいっすか?」

 資料の山を一瞥してそう言うと、大沢は返事も待たずに、急ぎ足で奥の棚へ向かった。
 どうしよう。これをひとりで運ぶのは、ちょっと厄介ではあるが、大沢に手伝ってもらうのもどうかと思う。
 だが、だからといって、黙って消えるわけにもいかず。
 迷っているうちにファイルを一冊手にした大沢が戻ってきた。

「じゃあ行きましょうか?」

 私のすぐ脇で、ファイルの山に手を伸ばす大沢に愛想笑いを向けると、なぜかその表情が変わった。

「あ、はい。すみません。お願いします……?」
「関口さん? それ、昨日と同じ服ですよね?」
「えっ?」
「それに……なんか、いつもと匂いが違う」

 鼻を近づけ首筋の匂いをクンクン嗅がれ、思わず仰け反った。

「ちょっ……やめ……」

 大沢にまで服のことを指摘されるとは。

 いつ見たのだろうか。昨日は会っていないはず。それに、匂いがって、なんなんだこいつ。総務の子たちといい、大沢といい、そこまで細かく他人を観察しているとは、意外だった。

 とにかく、今後は要注意。いや、こんなこと、二度とあってたまるか。

 何を言い出すかと身構えていたが、大沢はふっと息を吐くと、無言でファイルの山へ手に持っていた薄いファイルを重ね、その山を持ち上げた。

「ドア、開けてもらっていいっすか?」

 変わり者だな、大沢は。何を考えているのか知らないが、私なんかにまとわりつかなくとも良い相手はたくさんいるだろうに。

「これ、ひとりで運ぶの大変っすよねー。俺、これから七階で会議なんでちょうどいいや。資料取ってこいって先輩に押しつけられたんっすけど、来て良かったっす」
「とり二郎、やっぱうまいっすね。またみんな誘って行きましょうよ! あ、ふたりっきりでもいいっすか? 関口さん、ホントにお酒飲めないの? 飲めんだったら、うまい店知ってるんっすけど」
「こんなにたくさん女の子に運ばせるなんて、篠塚課長、何考えてんっすかね? 男いんだから、やらせりゃいいんっすよ、こんな仕事」

 並んで廊下を歩いていても、エレベーターに乗っても、まあ、ひとりでしゃべることしゃべること。心なしか引きつって見える笑顔を張り付けた大沢の、やけに明るく高い声がキンキンと頭に響く。
 もう少し静かだといいのに。おかげで、せっかくのかわいい顔までが残念に見えてしまう。

 まずいな。頭痛がしてきた。

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