35 / 90
§ それは、ホントに不可抗力で。
13
しおりを挟む
地下らしく少し低い天井付近まで届く高さのファイルラックが、整然と並んでいるだけの静かな空間。それが、普段ほとんど人が入ることの無い、書類倉庫だ。
資料集めそのものは、造作もない。
目録と照らし合わせ、高い所のものは脚立を使って取り出し、入り口近くにひとつだけポツンと置かれたデスクの上に積んでいく。たいした時間も要さず作業は終わり、あとは上まで運ぶだけだ。
「あれ? 関口さん、こんなとこでなにしてんの?」
ドアの軋み音とともに聞こえてきたのは、聞き慣れた声。振り返ると、大沢が嬉しそうに顔を綻ばせている。
「大沢さん、おつかれさまです」
「もしかして、それ全部ひとりで運ぶの? 俺、手伝いますよ。ちょっと待っててもらっていいっすか?」
資料の山を一瞥してそう言うと、大沢は返事も待たずに、急ぎ足で奥の棚へ向かった。
どうしよう。これをひとりで運ぶのは、ちょっと厄介ではあるが、大沢に手伝ってもらうのもどうかと思う。
だが、だからといって、黙って消えるわけにもいかず。
迷っているうちにファイルを一冊手にした大沢が戻ってきた。
「じゃあ行きましょうか?」
私のすぐ脇で、ファイルの山に手を伸ばす大沢に愛想笑いを向けると、なぜかその表情が変わった。
「あ、はい。すみません。お願いします……?」
「関口さん? それ、昨日と同じ服ですよね?」
「えっ?」
「それに……なんか、いつもと匂いが違う」
鼻を近づけ首筋の匂いをクンクン嗅がれ、思わず仰け反った。
「ちょっ……やめ……」
大沢にまで服のことを指摘されるとは。
いつ見たのだろうか。昨日は会っていないはず。それに、匂いがって、なんなんだこいつ。総務の子たちといい、大沢といい、そこまで細かく他人を観察しているとは、意外だった。
とにかく、今後は要注意。いや、こんなこと、二度とあってたまるか。
何を言い出すかと身構えていたが、大沢はふっと息を吐くと、無言でファイルの山へ手に持っていた薄いファイルを重ね、その山を持ち上げた。
「ドア、開けてもらっていいっすか?」
変わり者だな、大沢は。何を考えているのか知らないが、私なんかにまとわりつかなくとも良い相手はたくさんいるだろうに。
「これ、ひとりで運ぶの大変っすよねー。俺、これから七階で会議なんでちょうどいいや。資料取ってこいって先輩に押しつけられたんっすけど、来て良かったっす」
「とり二郎、やっぱうまいっすね。またみんな誘って行きましょうよ! あ、ふたりっきりでもいいっすか? 関口さん、ホントにお酒飲めないの? 飲めんだったら、うまい店知ってるんっすけど」
「こんなにたくさん女の子に運ばせるなんて、篠塚課長、何考えてんっすかね? 男いんだから、やらせりゃいいんっすよ、こんな仕事」
並んで廊下を歩いていても、エレベーターに乗っても、まあ、ひとりでしゃべることしゃべること。心なしか引きつって見える笑顔を張り付けた大沢の、やけに明るく高い声がキンキンと頭に響く。
もう少し静かだといいのに。おかげで、せっかくのかわいい顔までが残念に見えてしまう。
まずいな。頭痛がしてきた。
資料集めそのものは、造作もない。
目録と照らし合わせ、高い所のものは脚立を使って取り出し、入り口近くにひとつだけポツンと置かれたデスクの上に積んでいく。たいした時間も要さず作業は終わり、あとは上まで運ぶだけだ。
「あれ? 関口さん、こんなとこでなにしてんの?」
ドアの軋み音とともに聞こえてきたのは、聞き慣れた声。振り返ると、大沢が嬉しそうに顔を綻ばせている。
「大沢さん、おつかれさまです」
「もしかして、それ全部ひとりで運ぶの? 俺、手伝いますよ。ちょっと待っててもらっていいっすか?」
資料の山を一瞥してそう言うと、大沢は返事も待たずに、急ぎ足で奥の棚へ向かった。
どうしよう。これをひとりで運ぶのは、ちょっと厄介ではあるが、大沢に手伝ってもらうのもどうかと思う。
だが、だからといって、黙って消えるわけにもいかず。
迷っているうちにファイルを一冊手にした大沢が戻ってきた。
「じゃあ行きましょうか?」
私のすぐ脇で、ファイルの山に手を伸ばす大沢に愛想笑いを向けると、なぜかその表情が変わった。
「あ、はい。すみません。お願いします……?」
「関口さん? それ、昨日と同じ服ですよね?」
「えっ?」
「それに……なんか、いつもと匂いが違う」
鼻を近づけ首筋の匂いをクンクン嗅がれ、思わず仰け反った。
「ちょっ……やめ……」
大沢にまで服のことを指摘されるとは。
いつ見たのだろうか。昨日は会っていないはず。それに、匂いがって、なんなんだこいつ。総務の子たちといい、大沢といい、そこまで細かく他人を観察しているとは、意外だった。
とにかく、今後は要注意。いや、こんなこと、二度とあってたまるか。
何を言い出すかと身構えていたが、大沢はふっと息を吐くと、無言でファイルの山へ手に持っていた薄いファイルを重ね、その山を持ち上げた。
「ドア、開けてもらっていいっすか?」
変わり者だな、大沢は。何を考えているのか知らないが、私なんかにまとわりつかなくとも良い相手はたくさんいるだろうに。
「これ、ひとりで運ぶの大変っすよねー。俺、これから七階で会議なんでちょうどいいや。資料取ってこいって先輩に押しつけられたんっすけど、来て良かったっす」
「とり二郎、やっぱうまいっすね。またみんな誘って行きましょうよ! あ、ふたりっきりでもいいっすか? 関口さん、ホントにお酒飲めないの? 飲めんだったら、うまい店知ってるんっすけど」
「こんなにたくさん女の子に運ばせるなんて、篠塚課長、何考えてんっすかね? 男いんだから、やらせりゃいいんっすよ、こんな仕事」
並んで廊下を歩いていても、エレベーターに乗っても、まあ、ひとりでしゃべることしゃべること。心なしか引きつって見える笑顔を張り付けた大沢の、やけに明るく高い声がキンキンと頭に響く。
もう少し静かだといいのに。おかげで、せっかくのかわいい顔までが残念に見えてしまう。
まずいな。頭痛がしてきた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
解けない魔法を このキスで
葉月 まい
恋愛
『さめない夢が叶う場所』
そこで出逢った二人は、
お互いを認識しないまま
同じ場所で再会する。
『自分の作ったドレスで女の子達をプリンセスに』
その想いでドレスを作る『ソルシエール』(魔法使い)
そんな彼女に、彼がかける魔法とは?
═•-⊰❉⊱•登場人物 •⊰❉⊱•-═
白石 美蘭 Miran Shiraishi(27歳)…ドレスブランド『ソルシエール』代表
新海 高良 Takara Shinkai(32歳)…リゾートホテル運営会社『新海ホテル&リゾート』 副社長
幸せのありか
神室さち
恋愛
兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。
決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。
哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。
担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。
とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。
視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。
キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。
ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。
本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。
別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。
直接的な表現はないので全年齢で公開します。
Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
ことりの上手ななかせかた
森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
恋愛
堀井小鳥は、気弱で男の人が苦手なちびっ子OL。
しかし、ひょんなことから社内の「女神」と名高い沙羅慧人(しかし男)と顔見知りになってしまう。
それだけでも恐れ多いのに、あろうことか沙羅は小鳥を気に入ってしまったみたいで――!?
「女神様といち庶民の私に、一体何が起こるっていうんですか……!」
「ずっと聴いていたいんです。小鳥さんの歌声を」
小動物系OL×爽やか美青年のじれじれ甘いオフィスラブ。
※小説家になろうに同作掲載しております
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる