それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ それは、ホントに不可抗力で。

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 モバイルアプリの開発は、趣味と実益を兼ねた、私の楽しみである。
 皆が出目金出目金と騒いでいる、あの出目金とお付き合いするゲームも、じつは私が作ったもの。ゲーム以外にも、メモ帳アプリやお小遣い帳などの便利アプリも、いくつか公開している。

 皆がおもしろい便利だと使ってくれるのをこっそりと眺めているのが楽しいから、作者が私だとは、誰にも話していない。

 じつのところ、会社勤めに戻る以前、家に引きこもったままの生活を二年も維持できたのは、このアプリたちの売り上げのおかげ。
 開発に夢中になるあまり、それまでの貯金をほぼ食い潰しはしたが、いまではそれをも回収し、安定した収入が得られるまでになった。

「うおーっ! チャリンチャリンビジネス、さいこーっ!」

 とはいえ、一度作ってしまえばあとは放置、勝手に収入が得られるものでもない。
 気まぐれな趣味でしかなかったそれが、収入を得るまでになるための試練は、並大抵のものではなかった。

 幸い、時間だけは無限にあったが、それだけでは済まない。日々、試行錯誤を繰り返し、体力もお金もすべて、開発に注ぎ込む。それを、新しいものを作るたびに繰り返すのだ。そして、完成したのちも、日々のメンテナンスにバージョンアップと、気を抜く暇は無い。
 正直こんなこと『好きじゃなきゃ、やってらんないよ』な、仕事である。

 そして、この収入の一部は、唯一の生き甲斐『食』の軍資金となる。
 ちなみに、先月は、北海道直送毛蟹を堪能。先々月は時鮭。これは、お弁当のおかずにして、ちびちびと楽しんだ。

「さて、今月は、何にしようかな……」

 早々に夏バテが気になりだすこの季節、やはり、最適なのは『肉』だろう。

「うーん、いっそ、超贅沢に松阪牛A5ヒレ肉セットいっちゃいますかね?」

 おろし生わさびと生醤油か、それとも岩塩か、と、舌舐りをしながら、購入ボタンをポチッとクリック。

 岩塩は、ある。鮫皮のおろしは確か、玲子が以前に持ってきたのが、どこかにあるはずだ。
 その後もポチポチとクリックを繰り返し、ショップサイトを徘徊。モニタに表示されるおいしそうな画面に釘付けになる。

「ウニも食べたいな……」

 キタムラサキウニか、はたまたエゾバフンウニか。これは、悩みどころだ。味の濃厚さならバフンウニだが、スッキリとした甘みのキタムラサキウニも捨て難い。さて、どっちにしよう。

 あ、でも、どちらにしろ、活《カツ》はもう懲り懲り。
 割るのは手間だし、まな板に棘は刺さるし、ハッポー箱の中で捌かれるのを待っているウニがウニウニと歩く姿には、感慨深いものがあるし。

 今回は、お手軽に塩水ウニでウニ丼と決め、いざ購入ボタンをクリックするタイミングで、シャラララとメールの受信音が鳴る。
 なんてことのないありふれた音。どうせ営業メールだからと普段ならまったく気にも留めずにいるのに、なぜかふと、この音が気になった。

「……まただよ」

 それは、私が開発したアプリの購入を希望するメール。
 そこそこ人気のアプリを公開していれば、こんなメールはしょっちゅう来る。だが、見るたびに、やはり不愉快な気分にはさせられる。

「いち、に、さん……、今日は何通来てるんだ?」

 せっかくの盛り上がりに水を差され、気分は急降下。
 アプリの購入をって……。ひとが心血を注ぎやっと完成させたアプリを、簡単に言ってくれる。
 返事をするのもバカバカしいが、黙っていれば返事をするまで送りつけられるから、腹立たしい。さて、どうしたものか。

「放置だな」

 やはり、この手の輩は、相手にしないに限る。

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