それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ それは、ホントに不可抗力で。

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 雲の上の上司の采配に直接文句を言うとは、一介の平社員にはとうてい無理なこと。こういうところ、佳恵はやはり『お嬢』だ。
 公私混同もいいところだが、私がこの会社に入れたのもそのおかげなので、言葉が無い。

 尊は私の普段も過去も知らないし、佳恵も尊と私の関係を知らない。そのふたりがぶつかって、下手なことを暴露し合わなければいいがと、そればかりが気になる。だが、オフィスのドアを開き、引きずり込まれてしまえばもう、あとが無かった。

「小林さん、お話があるんですが、お時間いいですか?」

 都合を訊いているようでいて有無を言わさぬその態度。
 私はできる限り小さくなって、私より背の低い佳恵の後ろに気持ちだけ隠れてみる。

 モニタの向こうで顔を上げた尊が、私をジロリと一瞥したあと、佳恵にキレイな作り笑顔を向け、立ち上がった。

「どうしたの? 何かあった?」
「どうしたのじゃないですよ。この子に倉庫番をさせるだなんて、どういうつもり……」

 ソファに腰掛け足を組みながら「座れば?」と、尊が言う。逃げるのを見越して私を掴んだ腕を離さない佳恵が、腰を下ろすと同時に私を引っ張った。佳恵の隣に転がると、尊が五ミリ程、左側の口角を上げる。

 憎らしい。狼狽えている私が、そんなにおもしろいか。

「それで? 関口さん。少しは反省したのかな?」

 この口の利き方。ニヤリとイヤラシイ笑みを浮かべての皮肉っぽい物言いに、佳恵の顔色が変わるのが、見なくてもわかる。

「反省? するわけないでしょう? この子にとっちゃ、倉庫はてんご……いったぁ!」

 マズい。とっさに佳恵の二の腕を抓った。

「ちょっと歩夢! 痛いじゃない! いきなりなにすんのよ?」

 それを言ってはいけないとの意味を込め、目で合図を送ってみたが、睨み返されただけで役に立たず。

「おまえたち、なにやってるの?」

 挙動不審の私たちふたりを、尊がおもしろそうに眺めている。
 やはり、佳恵にしゃべらせては危険。なんとかしてここから立ち去らなければならない。

「もうしわけありません。反省してます。してますが、きっとまだ足りないので倉庫に戻らせていただきます。お仕事中、お邪魔して申しわけありませんでした。そんなわけで、佳恵! 私、仕事に戻るから。ね? 行こう?」

 一気にまくし立てて強引に立ち上がる。「ちょっと、なんなのよ? 待ちなさいよ!」と抵抗する佳恵を引きずり出した。
 パタンとドアを閉めると同時に佳恵が叫ぶ。

「歩夢! あんたなに? まだなんにも話してないじゃない! ひとがせっかく……」

 顔の前で手を合わせ、佳恵を拝んだ。

「ごめん! でも、やっぱりいいよ」
「でもそれじゃあ、あんたのためにならない……」
「言いたいことは、わかってるよ。でも、私もこれからどうしたらいいのか、自分で少し考えたいんだ。だから、ほんっと、ごめん。佳恵の気持ちは本当にありがたいんだけど、もう少しこのまま、倉庫に居させてくれない?」
「歩夢……」

 考えなければならないと思っているのは、本当。だが、まるっきり八方塞がりなのも、本当。もう、ため息しか出てこない。

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