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§ それは、ホントに不可抗力で。

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 頭を整理しよう。

 まずは、仕事。

 たしかに、ここ資料倉庫は天国だが、定年までここで気ままに過ごせるなんてオイシイ話はあるわけがないのくらい、わかっている。
 いずれは異動することになるが、もちろん尊は絶対に折れないから、元の職場へは戻れない。つまり、異動の先は、開発しかないのだ。

 万が一そうなったら、退職してしまうのもひとつの手。辞めたところで仕事も貯蓄もあり、当座、生活に困ることは無い。

 だがその場合、大きな問題がひとつ。尊だ。

 あいつとの関係は、いとも簡単に三年前に戻った。
 当たり前だ。お互いの気持ちはあの頃と変わっていない。私だってただ、忘れた振りをしていただけ。正直、それは、認めざるを得ない。

 しかし、おひとりさまを謳歌することだけを目標に邁進してきた私が、突然方向転換しようにも、そう簡単に切り替えなんてできるものではない。
 だからといって、ふたりが結婚しているのは歴然とした事実。いまさら、別れる別れないの問題でもなし。

「歩夢……」

 突然、肩を掴まれ、手にしていた資料がバサバサと音を立てて床に落ちる。顔を上げる間もなく、抱きしめられた。

「ちょっ……」
「歩夢……ごめん」
「ちょっとなに? どうしたの?」
「ごめん。俺、知らなくて。悪かった」

 知らなかったとの言葉に、ピンときた。佳恵だ。あの女、絶対によけいなことをしゃべっている。

「佳恵が何か言ったのね?」
「ああ、聞いた。おまえが開発を嫌がる理由……。それと」
「それと?」
「おまえにとってここは、天国らしいな?」

 抱きしめていた腕を緩めて腰に回し、私の顔を覗き込むその瞳が、いかにも怪しげな笑みを浮かべている。

 終わった。すべてが、終わった。
 どうするか……って、ここは、開き直るしかない。

「そうよ? だからなに?」
「だから? そうだな、だから、俺が反省した。今回のことは、一方的にコトを進めようとした俺が悪い」
「……尊?」
「俺たちはお互い、いい大人だ。それぞれの都合も生活もあるから、気持ちだけじゃどうにもならないことがわかっているのに、何も話し合おうとしてなかった。圧倒的にコミュニケーション不足だ。そうだろう?」
「……うん」
「三年前とやっと再会できたいまを合わせても、ふたりで居る時間はまだごくわずかだ。お互いのことなんて何も知らないようなもんだから、俺もおまえも、知る努力をしなきゃな」
「…………」

 この人だって、バカじゃない。わかっているんだ。私が思うのと同じことを、ちゃんと考えている。

 肩に頭を預け首筋に顔を埋めると、尊の匂いに安心する。私の頭を撫でる大きくて暖かいその手のぬくもりが心地良くて、つい甘えたくなる。

「だから……、そうだな。手始めに、鮨食いに行くか?」
「……はぁ?」

 顔を上げたその先にあるのは、黒い笑み。
 コミュニケーション不足を補うのと鮨は、どう繋がるのだ。

 やはり、こいつの考えていることは、さっぱりわかりません。


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