それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ 墨に近づけば黒くなる。

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 私もそろそろアラサーと呼ばれる年代に入る。ご飯が食べられる回数は、人生八十年と仮定し、残り五十年。
 途中、多忙だった、病気だった等々、さまざまな事情により、まともな食事にありつけないこともあるだろう。

 つまり、なにごとも無く一年三百六十五日、一日三食無事食べられたとしても、残りはたった『五万四千七百五十回』だ。

 ここに異動してからというもの、昼食はすっかり、牛丼、コンビニ、ハンバーガーのローテーション。

 いまの仕事はおもしろいが、帰宅が遅くさらに尊も一緒では、弁当の仕込みをする時間も思うに任せず。無駄食いをしたくなくとも腹は減り、否応なしに差し出されたものを口に運ぶ日々。
 食べるのが唯一の生き甲斐だったのに。すっかり様変わりしてしまった食生活にストレスがたまる。

 この件については、話し合いが必要か。

「さっさと食え。食ったらミーティングするぞ」

 モニタを凝視したまま右手で箸を持ち、左手だけで器用にキーボードを操る宗田が、米粒を飛ばしながら言う。ほかふたりの箸の動きも速くなった。

「なんだ? おまえ食わないのか?」

 キーを叩く手を止め見上げると、尊が覗き込んでいる。

「キリの良いところまでもうちょっとだから」
「俺まだ食ってないんだ。半分よこせ」
「なっ……」

 ガラガラと椅子を引きずって隣に座り込んだ尊を一瞥し、ニヤニヤと笑う三人の顔が目に入った。こいつら。

 尊はさも当たり前の顔で、何の断りもなく箸を割り蓋を開け、蓋に三分の一ほどの牛丼を取り分けた。
 食欲はあまりないし、牛丼を食べたいわけでもない。だが、勝手に取られるのは、癪に障る。

 横取りするのだから多少は遠慮して少ない蓋のほうを食べるのが普通だと思うが、こいつは違うらしく、しっかりと丼を手に持っている。図々しい。

「ちょっと!」
「あ、悪い。箸な」

 隅のカウンターにある置き割り箸を取り、差し出す尊の態度にムッとして箸をひったくり、仕方なく蓋に盛られた牛丼に箸をつけようとして気がついた。

 肉ばかり。私が好んで食べる紅ショウガまでも大半はこちらに乗せられている。これでは、丼に残っているのはせいぜい、タマネギ数切れと米だけだろう。

 横を見ると、丼を口元に寄せ掻き込む尊の目が笑っている。
 たかが牛丼、されど牛丼。
 正面に向き直り、牛肉と紅ショウガを口に運び、噛みしめた。

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