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§ 追いかけてきた過去
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本田さんに連れ込まれた小会議室で、一枚のプリントを突きつけられた。それは、一目見て話題にしていた例のメールだとわかる。その内容は彼女たちですら言葉を濁すほどに、悍ましいほど露骨で卑猥なもの。
誰がなにを意図しているのかは知らないが、仕事のメーリングリストを使い、私を偽装して捏造メールをプロジェクトメンバー全員の目に入るようにするとは悪質もいいところだ。
「一昨日の夜、チームのメーリングリストに流されたものだ。宛先は松本。送信元は河原くん君で間違いないね?」
「はい。たしかに私のアドレスです」
「君と松本の個人的な関係について口を挟むつもりは無い。しかしだね」
「あの、ちょっと待ってください。私はこんなメール出した覚えはありませんが?」
「覚えが無い? 君じゃなかったら誰なの?」
「わかりません。送信元の確認は、されましたか?」
「いや……これからだが」
「そうですか……」
私が書いたに違いない、と、そう言いたいのか。送信者の名前が私になっているからといって、それが本物とは限らないのに。
「話を戻そう。僕は君と松本との関係は知らないし、個人的なことを追求するつもりもない。ただし、こんなものをメーリングリストに流されて業務に差し触るとなれば話は別だ。君と君を出向させている御社に責任を問わなければならない。最悪、今後の関係も見直すことになるだろう」
替えの効く外注の立場は弱い。しかも、初めての取引で、となれば、軽い噂話レベルで済むような話では無い。信頼関係が築けているとはいえないこの状態で、たとえ私がなにをしたわけではなくとも、トラブルが起きた事実だけで、今後の取引に響いてしまう。
「あの、松本さんは? 彼はこの件についてなにか仰ってますか?」
「松本? 大まかには話してあるが、詳細はまだこれからだ。あーそれから……個人的なことは追求しないとは言ったが、君が松本に対してこれ以上一方的にアクションを起こす場合は、また別の話になる。それは、わかるね?」
やんわりと言葉を選んでいるつもりなのだろうけれど、その目つきは如何にも不快そう。噂の件も耳に入れた上でこれだけ明確な状況証拠を見せられたら、私と亮の関係を知らない本田さんが、疑わないほうがおかしいのかも知れないけれど——それでも私が松本亮へのストーカー行為をする勘違い女だと思われるのは心外だ。
「あーよかった。こっちにいたわ」
突然ノックもせずに開かれたドアから、ノートパソコンを小脇に抱えた関根さんが入室してきた。
「なんだよ関根、いま取り込み中だ。用事があるなら俺の席で待ってろよ」
「俺、松本に行けって言われたから来たんですよ?」
「松本がか?」
「あー瑞稀ちゃん久しぶり! どうしたのぉ? 最近ちっともお店に来てくれないじゃない? たまには顔だしなよ、サービスするからさぁ」
ちっとも、ってなにそれ。何処ぞのお店の御姐さんの如く愛想を振りまく関根さんに言いたい。あなたのお店へ行ったのは、後にも先にもあの日たった一度だけですよ。
「なによ? おまえら、知り合い?」
突然の成り行きに本田さんが目を白黒させている。そりゃそうだ。ストーカーの嫌疑がかかった女と関根さんが親しげにしていたら、私でも驚く。
「ちょっと待ってね、これセッティングしちゃうからさ。あ、その紙、俺に見せてもらえます?」
関根さんは本田さんを無視して机に向かい、ノートパソコンを開いてケーブルを繋ぎ、キーボードをカチャカチャと叩きだす。なにが始まるのかと本田さんがその様子を不思議そうに眺めている。
「あ、そうだ、本田さん、すぐ松本も戻るはずですから、話しはそれからってことでよろしく」
関根さんに乱入されて話しを遮られた本田さんはため息をつき、疲れた様子でパイプ椅子にもたれた。誰も言葉を発しない微妙な緊張感の中で、カチャカチャとキーボードの打鍵音だけが響いていた。
誰がなにを意図しているのかは知らないが、仕事のメーリングリストを使い、私を偽装して捏造メールをプロジェクトメンバー全員の目に入るようにするとは悪質もいいところだ。
「一昨日の夜、チームのメーリングリストに流されたものだ。宛先は松本。送信元は河原くん君で間違いないね?」
「はい。たしかに私のアドレスです」
「君と松本の個人的な関係について口を挟むつもりは無い。しかしだね」
「あの、ちょっと待ってください。私はこんなメール出した覚えはありませんが?」
「覚えが無い? 君じゃなかったら誰なの?」
「わかりません。送信元の確認は、されましたか?」
「いや……これからだが」
「そうですか……」
私が書いたに違いない、と、そう言いたいのか。送信者の名前が私になっているからといって、それが本物とは限らないのに。
「話を戻そう。僕は君と松本との関係は知らないし、個人的なことを追求するつもりもない。ただし、こんなものをメーリングリストに流されて業務に差し触るとなれば話は別だ。君と君を出向させている御社に責任を問わなければならない。最悪、今後の関係も見直すことになるだろう」
替えの効く外注の立場は弱い。しかも、初めての取引で、となれば、軽い噂話レベルで済むような話では無い。信頼関係が築けているとはいえないこの状態で、たとえ私がなにをしたわけではなくとも、トラブルが起きた事実だけで、今後の取引に響いてしまう。
「あの、松本さんは? 彼はこの件についてなにか仰ってますか?」
「松本? 大まかには話してあるが、詳細はまだこれからだ。あーそれから……個人的なことは追求しないとは言ったが、君が松本に対してこれ以上一方的にアクションを起こす場合は、また別の話になる。それは、わかるね?」
やんわりと言葉を選んでいるつもりなのだろうけれど、その目つきは如何にも不快そう。噂の件も耳に入れた上でこれだけ明確な状況証拠を見せられたら、私と亮の関係を知らない本田さんが、疑わないほうがおかしいのかも知れないけれど——それでも私が松本亮へのストーカー行為をする勘違い女だと思われるのは心外だ。
「あーよかった。こっちにいたわ」
突然ノックもせずに開かれたドアから、ノートパソコンを小脇に抱えた関根さんが入室してきた。
「なんだよ関根、いま取り込み中だ。用事があるなら俺の席で待ってろよ」
「俺、松本に行けって言われたから来たんですよ?」
「松本がか?」
「あー瑞稀ちゃん久しぶり! どうしたのぉ? 最近ちっともお店に来てくれないじゃない? たまには顔だしなよ、サービスするからさぁ」
ちっとも、ってなにそれ。何処ぞのお店の御姐さんの如く愛想を振りまく関根さんに言いたい。あなたのお店へ行ったのは、後にも先にもあの日たった一度だけですよ。
「なによ? おまえら、知り合い?」
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「あ、そうだ、本田さん、すぐ松本も戻るはずですから、話しはそれからってことでよろしく」
関根さんに乱入されて話しを遮られた本田さんはため息をつき、疲れた様子でパイプ椅子にもたれた。誰も言葉を発しない微妙な緊張感の中で、カチャカチャとキーボードの打鍵音だけが響いていた。
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