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§ 貴方の傍にいるだけで
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早朝、まだ夜が明けきる前に目が覚めた。
上体を起こしてベッドの端へ腰をかけ、ゆっくりと床へ足を下ろした。改めて眺める包帯でぐるぐる巻きにされた両膝の有様に、大げさ過ぎるだろう、と苦笑する。
立ち上がるために体重をかけると、やはりまだ痛みがある。それを堪えよたよたと数歩の距離を歩き、ブラインドを開け窓辺に手をつき、体を支えた。
着替えが終わりカーテンを開けたときには、彼女の姿はもうなかったけれど、あれからすぐに白石さんは帰ったのだろうか。
まさかこの病室に白石さんが付き添ってくれていたとは。如何にも親密です、としか見えない私たちの様子を見せられた白石さんの頭の中は、疑問符だらけになっていたはず。亮は亮で、上司の顔をどこかへ置き忘れたようにいつもどおり甲斐甲斐しく私の世話を焼き、私には取り繕う隙さえもなかった。
「そういえば、松本亮、モデルと婚約! って噂が流れているんだった!」
まずいな——。
あれを見られたんだもの。いまさらごまかしは効きそうにないし、だからってじつは松本亮の相手は私でしたなんてぜったいに言えないし。次に会ったとき、なんて説明すればいいのよ!
ああ、なんでこうも次から次へと——頭痛がしてきた。
ため息をつきながら、開かない窓から、じっと外を眺める。ここから見えるのは立ち並ぶビルのシルエットと、街灯に照らされた道路。まるでモノクロームの世界に閉じ込められているみたいだ。
「早く家に帰りたい」
一緒に帰りたいと駄々をこねてみたけれど、我が侭を言うな、子どもじゃあるまいし一晩くらい我慢できないのか、と亮に冷たく突き放され、面会時間が終わり帰り際には、私が渋るのを見越したように、処方された睡眠薬を飲めと強要された。睡眠薬の効果はてきめん、久々に夢も見ずぐっすりと眠れたけれど。
見知らぬ病室で独りで過ごすのは、見捨てられてしまったようで嫌だった。
亮は優しい。それほど長い時間を一緒に過ごしたわけでもないのに、私を理解し、ときに甘く、ときに厳しく——いや、いつも厳しく、至れり尽くせり世話を焼いてくれる。
子どもの頃からわがままは許さないと言われ、様々なことを我慢し飲み込んできたけれど、亮の言うそれは、同じ言葉でも目的が違う。私を制御するためではなく守るためだとわかるから、彼にわがままを指摘されるのは、嫌ではない。
でも、叱られ世話を焼かれるたび、甘えている自分に気づかされてしまうのは——。
「いやだなぁ……」
心配をかけるばかりでなにもできない自分が嫌になる。
午前中に退院手続きを終えた亮に睨まれながら、口に合わない病院食を嫌々胃に詰め込んだ。着替えを済ませ身の回りの物をバッグへ仕舞い、忘れ物を確認すれば、あとはベッドにでも腰掛けて迎えを待つばかり、もうなにもすることはない。
「準備ができたら行くぞ」
がらがらと開いた引き戸から、亮と一緒に登場したのは大きな車椅子。私をこれに乗せるつもりだろうか。ちょっと膝を打ち付けたくらいで大げさだ、とは、口が裂けても言えないけれど。
「乗りなさい。その足では歩けないだろう」
やっぱりね。
わかっている。乗ればいいんでしょう、と、不満げに唇を尖らせただけで、諦めろと言わんばかりにじろりと睨まれた。
昨日に引き続き、亮は不機嫌だ。いちいち引っかかる言葉の端々が、冷たい視線が、従わなかったのちに起こるであろう恐怖を思い知らせてくれる。
ロビーにはもう昼も過ぎたというのに、診察や会計待ちと思われる大勢の人々がいた。その中を、ただでさえ人目を引く亮の押す車椅子に乗って移動しなければならないのだからたまらない。私は通り過ぎるたびに向けられる好奇の視線が恥ずかしくて、ずっと俯いていた。
タクシーの中でも亮は厳しい表情を崩さない。昨夜も今朝も、亮のお小言は中途半端。帰宅したら即、おとなしく従おうが従うまいが変わらずに、お説教という名のお小言が始めるに決まっている。
もちろん、お仕置き付きだ。次はなにを何処まで制限されるのか。制限されるネタなんてまだあっただろうか——いや、私のことだ。きっとまだまだたくさんある。
私のマンションまでもう少しのところで、亮がタクシーを止めた。荷物を下ろし、私を抱きかかえて下ろしたそこは、亮の住むマンションで。
「今日からおまえの家はここだ」
この瞬間、有無を言わせず同居が確定した。
上体を起こしてベッドの端へ腰をかけ、ゆっくりと床へ足を下ろした。改めて眺める包帯でぐるぐる巻きにされた両膝の有様に、大げさ過ぎるだろう、と苦笑する。
立ち上がるために体重をかけると、やはりまだ痛みがある。それを堪えよたよたと数歩の距離を歩き、ブラインドを開け窓辺に手をつき、体を支えた。
着替えが終わりカーテンを開けたときには、彼女の姿はもうなかったけれど、あれからすぐに白石さんは帰ったのだろうか。
まさかこの病室に白石さんが付き添ってくれていたとは。如何にも親密です、としか見えない私たちの様子を見せられた白石さんの頭の中は、疑問符だらけになっていたはず。亮は亮で、上司の顔をどこかへ置き忘れたようにいつもどおり甲斐甲斐しく私の世話を焼き、私には取り繕う隙さえもなかった。
「そういえば、松本亮、モデルと婚約! って噂が流れているんだった!」
まずいな——。
あれを見られたんだもの。いまさらごまかしは効きそうにないし、だからってじつは松本亮の相手は私でしたなんてぜったいに言えないし。次に会ったとき、なんて説明すればいいのよ!
ああ、なんでこうも次から次へと——頭痛がしてきた。
ため息をつきながら、開かない窓から、じっと外を眺める。ここから見えるのは立ち並ぶビルのシルエットと、街灯に照らされた道路。まるでモノクロームの世界に閉じ込められているみたいだ。
「早く家に帰りたい」
一緒に帰りたいと駄々をこねてみたけれど、我が侭を言うな、子どもじゃあるまいし一晩くらい我慢できないのか、と亮に冷たく突き放され、面会時間が終わり帰り際には、私が渋るのを見越したように、処方された睡眠薬を飲めと強要された。睡眠薬の効果はてきめん、久々に夢も見ずぐっすりと眠れたけれど。
見知らぬ病室で独りで過ごすのは、見捨てられてしまったようで嫌だった。
亮は優しい。それほど長い時間を一緒に過ごしたわけでもないのに、私を理解し、ときに甘く、ときに厳しく——いや、いつも厳しく、至れり尽くせり世話を焼いてくれる。
子どもの頃からわがままは許さないと言われ、様々なことを我慢し飲み込んできたけれど、亮の言うそれは、同じ言葉でも目的が違う。私を制御するためではなく守るためだとわかるから、彼にわがままを指摘されるのは、嫌ではない。
でも、叱られ世話を焼かれるたび、甘えている自分に気づかされてしまうのは——。
「いやだなぁ……」
心配をかけるばかりでなにもできない自分が嫌になる。
午前中に退院手続きを終えた亮に睨まれながら、口に合わない病院食を嫌々胃に詰め込んだ。着替えを済ませ身の回りの物をバッグへ仕舞い、忘れ物を確認すれば、あとはベッドにでも腰掛けて迎えを待つばかり、もうなにもすることはない。
「準備ができたら行くぞ」
がらがらと開いた引き戸から、亮と一緒に登場したのは大きな車椅子。私をこれに乗せるつもりだろうか。ちょっと膝を打ち付けたくらいで大げさだ、とは、口が裂けても言えないけれど。
「乗りなさい。その足では歩けないだろう」
やっぱりね。
わかっている。乗ればいいんでしょう、と、不満げに唇を尖らせただけで、諦めろと言わんばかりにじろりと睨まれた。
昨日に引き続き、亮は不機嫌だ。いちいち引っかかる言葉の端々が、冷たい視線が、従わなかったのちに起こるであろう恐怖を思い知らせてくれる。
ロビーにはもう昼も過ぎたというのに、診察や会計待ちと思われる大勢の人々がいた。その中を、ただでさえ人目を引く亮の押す車椅子に乗って移動しなければならないのだからたまらない。私は通り過ぎるたびに向けられる好奇の視線が恥ずかしくて、ずっと俯いていた。
タクシーの中でも亮は厳しい表情を崩さない。昨夜も今朝も、亮のお小言は中途半端。帰宅したら即、おとなしく従おうが従うまいが変わらずに、お説教という名のお小言が始めるに決まっている。
もちろん、お仕置き付きだ。次はなにを何処まで制限されるのか。制限されるネタなんてまだあっただろうか——いや、私のことだ。きっとまだまだたくさんある。
私のマンションまでもう少しのところで、亮がタクシーを止めた。荷物を下ろし、私を抱きかかえて下ろしたそこは、亮の住むマンションで。
「今日からおまえの家はここだ」
この瞬間、有無を言わせず同居が確定した。
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