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§ Blue moon —Side Ryo
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人は皆、愛を首唱して対象を支配し、意に染まない者を罰し排除する。
「人なんて、みんな同じよ」
瑞稀はそう言い捨て、挑発的に俺を嗤った。
すべては予定調和。
関根の誘いに乗りカフェバーへ足を向けた時点で、こうなることはすでに決められていたのだ。
脱ぎ捨てられた衣類は、床に散らばっている。俺の腕の中にいるのは、たったひとり。俺が見初めた、俺の女。
「あぁあ、やめ……もうだめ……舐めないで……はや、く、あうっんん」
散らされた紅い痕。陶器のような素肌は淡く染まり、手のひらでそっと撫でるだけでも、全身を震わせ、浮き立つ熱を感じる。
俺は震える下肢を押さえつけ、蜜で溢れる壺に己を沈めた。
::
土曜の夜、夕食も入浴も済ませ後は寝るだけ。寝転がってドラマの続きでも観ようとしていた矢先、親友の関根学が、飲みに行こうと俺を誘った。
時間も遅いからまた今度と断っても、関根はしつこく食い下がる。関根の目的地は、最近話題になっているらしい近所のカフェバー。飲んだ後は宿代わりに俺の家に転がり込む算段らしい。
関根と俺は、やつが体調を崩し退職するまで同じ会社で同じ釜の飯を食う同僚だった。
退職後、関根はそれまで積み上げてきたスキルを捨て百八十度方向転換、居酒屋を始めた。値段もそこそこ酒も飯もうまいとあって、経営は順調、俺ももちろん常連だ。
その後もいろいろあって、結局、店とウチの会社でのアルバイトの二足草鞋を履いた関根は、経営から調理場まで熟す忙しい身でありながら、他の人気店のウリや新規店舗の情報などにも常にアンテナを張り、敵情視察という名の遊びも怠らない精力的なやつである。
その関根が、俺を誘ってまで行きたいと熱く語るカフェバーとはどんな店なのか。興味が無いわけではないが、ごろ寝を決め込む気満々だったのに、と、面倒くささが先に立つ。ひとりで行けよと拒絶しているにも拘わらず懇願するその熱量に、俺は根負けし、重い腰を上げた。
そのカフェバーは、俺の住むマンションからほど近い、商店街の一角にあった。昼間は遠方からの観光客までやってくるほどの賑わいを見せる商店街だが、店じまいは早い。シャッター街となるこの時間は、帰宅を急ぐ地元民が足早に歩いているだけだ。特に強い雨が降っている今夜は、人通りもほぼない。
通りの向こう側に見えるカフェバーの入り口前の歩道に、降りしきる雨の中、ビニール傘を片手に佇む人影があった。ぼんやりと街灯に照らされた黒尽くめの姿は、まるで人形のようで精気は無い。近づくに連れ、その様子は鮮明になる。雨音にかき消されて声は聞こえないが、電話をしているらしい。
年の頃は二十代半ば、といったところだろうか。大きな目、すっきりと通った鼻筋、薄い唇、細い顎のライン。透き通るように白い肌と整った顔立ちは、生身の人間とは思えないほど。背丈は俺の肩を優に超え、恐らく百七十センチはあるだろう。
横を通り過ぎる俺に意識を向けるでもなく電話を続けるその女は、酷薄そうな、それでいて思わず身震いするほど美しい笑みを浮かべたのだ。それは電話の相手に向けての笑みだったのだろう。だが、その一瞬、俺は、女の心の中にある憎悪を見たような気がした。
レトロモダンな店内は、モダンジャズが静かに流れ、洗練された大人の雰囲気を漂わせる落ち着いた空間だった。バーカウンターの中でバーテンダーが酒を作っていた手を止め、俺を一瞥し、小さく会釈をした。俺も会釈を返し、なるほどこれは関根が来たがるはずだ、と納得しながら、カウンターの一番奥へ腰を下ろす。
思いのほか広い店内に客はまばら。いくつかあるテーブル席の一方には、中年男女のカップルらしいふたり連れ。もう一方には若い女がひとり暇そうにカクテルグラスと戯れている。
俺は彼女に背を向けるようにカウンターの一番奥に腰掛け、シングルモルトのロックをオーダーした。
「人なんて、みんな同じよ」
瑞稀はそう言い捨て、挑発的に俺を嗤った。
すべては予定調和。
関根の誘いに乗りカフェバーへ足を向けた時点で、こうなることはすでに決められていたのだ。
脱ぎ捨てられた衣類は、床に散らばっている。俺の腕の中にいるのは、たったひとり。俺が見初めた、俺の女。
「あぁあ、やめ……もうだめ……舐めないで……はや、く、あうっんん」
散らされた紅い痕。陶器のような素肌は淡く染まり、手のひらでそっと撫でるだけでも、全身を震わせ、浮き立つ熱を感じる。
俺は震える下肢を押さえつけ、蜜で溢れる壺に己を沈めた。
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土曜の夜、夕食も入浴も済ませ後は寝るだけ。寝転がってドラマの続きでも観ようとしていた矢先、親友の関根学が、飲みに行こうと俺を誘った。
時間も遅いからまた今度と断っても、関根はしつこく食い下がる。関根の目的地は、最近話題になっているらしい近所のカフェバー。飲んだ後は宿代わりに俺の家に転がり込む算段らしい。
関根と俺は、やつが体調を崩し退職するまで同じ会社で同じ釜の飯を食う同僚だった。
退職後、関根はそれまで積み上げてきたスキルを捨て百八十度方向転換、居酒屋を始めた。値段もそこそこ酒も飯もうまいとあって、経営は順調、俺ももちろん常連だ。
その後もいろいろあって、結局、店とウチの会社でのアルバイトの二足草鞋を履いた関根は、経営から調理場まで熟す忙しい身でありながら、他の人気店のウリや新規店舗の情報などにも常にアンテナを張り、敵情視察という名の遊びも怠らない精力的なやつである。
その関根が、俺を誘ってまで行きたいと熱く語るカフェバーとはどんな店なのか。興味が無いわけではないが、ごろ寝を決め込む気満々だったのに、と、面倒くささが先に立つ。ひとりで行けよと拒絶しているにも拘わらず懇願するその熱量に、俺は根負けし、重い腰を上げた。
そのカフェバーは、俺の住むマンションからほど近い、商店街の一角にあった。昼間は遠方からの観光客までやってくるほどの賑わいを見せる商店街だが、店じまいは早い。シャッター街となるこの時間は、帰宅を急ぐ地元民が足早に歩いているだけだ。特に強い雨が降っている今夜は、人通りもほぼない。
通りの向こう側に見えるカフェバーの入り口前の歩道に、降りしきる雨の中、ビニール傘を片手に佇む人影があった。ぼんやりと街灯に照らされた黒尽くめの姿は、まるで人形のようで精気は無い。近づくに連れ、その様子は鮮明になる。雨音にかき消されて声は聞こえないが、電話をしているらしい。
年の頃は二十代半ば、といったところだろうか。大きな目、すっきりと通った鼻筋、薄い唇、細い顎のライン。透き通るように白い肌と整った顔立ちは、生身の人間とは思えないほど。背丈は俺の肩を優に超え、恐らく百七十センチはあるだろう。
横を通り過ぎる俺に意識を向けるでもなく電話を続けるその女は、酷薄そうな、それでいて思わず身震いするほど美しい笑みを浮かべたのだ。それは電話の相手に向けての笑みだったのだろう。だが、その一瞬、俺は、女の心の中にある憎悪を見たような気がした。
レトロモダンな店内は、モダンジャズが静かに流れ、洗練された大人の雰囲気を漂わせる落ち着いた空間だった。バーカウンターの中でバーテンダーが酒を作っていた手を止め、俺を一瞥し、小さく会釈をした。俺も会釈を返し、なるほどこれは関根が来たがるはずだ、と納得しながら、カウンターの一番奥へ腰を下ろす。
思いのほか広い店内に客はまばら。いくつかあるテーブル席の一方には、中年男女のカップルらしいふたり連れ。もう一方には若い女がひとり暇そうにカクテルグラスと戯れている。
俺は彼女に背を向けるようにカウンターの一番奥に腰掛け、シングルモルトのロックをオーダーした。
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