わたしたち、いまさら恋ができますか?

樹沙都

文字の大きさ
27 / 83
§ 目に見えるものがすべて、ではない。

01

しおりを挟む
 母は機嫌が良かろうと悪かろうと、私の先行きを心配するばかり。それが愛情なのはわかる。だが、私は居た堪れなくなって、翌日の夜には仕事を口実に実家へ帰るのをやめてしまった。

 ガチャっと鍵を開ける音がして、ただいまと声を張り上げ、廊下から現れたのは俊輔だ。

「ただいまじゃないでしょ? ここはあんたん家じゃないんだからね」
「いいだろ? 俺とお前の仲なんだから」

「どんな仲よ……」

 あれから俊輔は、頻繁にここへ出入りしている。

 幾度も来るな帰れ勝手に触るなと文句を言ったが、暖簾に腕押し。我が物顔で寛ぎ、勝手に家事をし、勝手に人のベッドで寝る。キッチンの壁にぶら下げてあったスペアキーは、いつの間にかこいつのキーホルダーに収まってしまった。

 玄関のシューズボックスにはこいつの替え靴がしっかり収まり、スリッパラックにもいつの間に買ってきたのか新品の専用スリッパが。寝室のクローゼットやチェストを開ければ、私の服を脇に寄せて空いたスペースに、こいつの着替えが収まっている。知らぬ間に侵蝕され、抵抗する術が無いのが恐ろしい。

 あろうことか弥生さんや晶ちゃんともすっかり打ち解けている。

 弥生さんは私たちが丁丁発止とやり合う様を見ていつもニヤニヤしているし、晶ちゃんに至っては、こいつの戯言にすっかり騙され、私たちはいずれ結婚するのだと信じ、頬を赤らめ目を輝かせている。

 仕事が少し落ち着いている今、夕飯は、彼女たちが帰った後、俊輔とふたりで取ることになる。平日は、ほぼ毎晩コンビニの弁当または惣菜。週末には、重箱に美しく詰められた美咲ちゃん手作りのおかずが並ぶ。

 こいつはいったいどう美咲ちゃんを言いくるめておかずを作らせているのだろう。帰宅しない理由も何と説明しているのか。知りたいような、知るのが恐ろしいような。

「俊輔!」

 ベッドに寝転がっている俊輔を容赦なく足蹴にする。

「いってーなぁ! 蹴るなよー」
「寝るならソファでって言ってるでしょ? 何度言わせるのよ!」
「ソファやだ。腰痛くなるもん!」
「なにが腰痛くなるもん! よ! じゃあ私にソファで寝ろって言うの?」
「そんなこと誰も言ってないだろ? ほら……」

 布団をヒラッと持ち上げ、器用に腰をくねらせ、ベッドの奥側へ移動していくこいつはまるで芋虫だ。

「なんであんたと一緒に寝なきゃなんないのよ」
「仕方ないだろ? ベッドひとつしか無いんだから」

 そういう問題ではないだろうと呆れて天井を仰ぎ、諦めてベッドの手前側に横になる。身体が触れないよう中央にできる限り隙間を作ろうとするから、今にも落ちそうだ。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、スペースができたのをいいことに、こいつは中央にゆったりと仰向けに寝る。

「襲うなよ」
「それはこっちのセリフでしょ?」
「俺はおまえほど飢えてねえからな」

 そして、なぜ私がこんな目に合わなければならないのかと、口惜しさに歯軋りしながら眠りに落ちるのが、最近の恒例行事となっている。

もうやだ、こんな生活。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

処理中です...