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§ 目に見えるものがすべて、ではない。
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母は機嫌が良かろうと悪かろうと、私の先行きを心配するばかり。それが愛情なのはわかる。だが、私は居た堪れなくなって、翌日の夜には仕事を口実に実家へ帰るのをやめてしまった。
ガチャっと鍵を開ける音がして、ただいまと声を張り上げ、廊下から現れたのは俊輔だ。
「ただいまじゃないでしょ? ここはあんたん家じゃないんだからね」
「いいだろ? 俺とお前の仲なんだから」
「どんな仲よ……」
あれから俊輔は、頻繁にここへ出入りしている。
幾度も来るな帰れ勝手に触るなと文句を言ったが、暖簾に腕押し。我が物顔で寛ぎ、勝手に家事をし、勝手に人のベッドで寝る。キッチンの壁にぶら下げてあったスペアキーは、いつの間にかこいつのキーホルダーに収まってしまった。
玄関のシューズボックスにはこいつの替え靴がしっかり収まり、スリッパラックにもいつの間に買ってきたのか新品の専用スリッパが。寝室のクローゼットやチェストを開ければ、私の服を脇に寄せて空いたスペースに、こいつの着替えが収まっている。知らぬ間に侵蝕され、抵抗する術が無いのが恐ろしい。
あろうことか弥生さんや晶ちゃんともすっかり打ち解けている。
弥生さんは私たちが丁丁発止とやり合う様を見ていつもニヤニヤしているし、晶ちゃんに至っては、こいつの戯言にすっかり騙され、私たちはいずれ結婚するのだと信じ、頬を赤らめ目を輝かせている。
仕事が少し落ち着いている今、夕飯は、彼女たちが帰った後、俊輔とふたりで取ることになる。平日は、ほぼ毎晩コンビニの弁当または惣菜。週末には、重箱に美しく詰められた美咲ちゃん手作りのおかずが並ぶ。
こいつはいったいどう美咲ちゃんを言いくるめておかずを作らせているのだろう。帰宅しない理由も何と説明しているのか。知りたいような、知るのが恐ろしいような。
「俊輔!」
ベッドに寝転がっている俊輔を容赦なく足蹴にする。
「いってーなぁ! 蹴るなよー」
「寝るならソファでって言ってるでしょ? 何度言わせるのよ!」
「ソファやだ。腰痛くなるもん!」
「なにが腰痛くなるもん! よ! じゃあ私にソファで寝ろって言うの?」
「そんなこと誰も言ってないだろ? ほら……」
布団をヒラッと持ち上げ、器用に腰をくねらせ、ベッドの奥側へ移動していくこいつはまるで芋虫だ。
「なんであんたと一緒に寝なきゃなんないのよ」
「仕方ないだろ? ベッドひとつしか無いんだから」
そういう問題ではないだろうと呆れて天井を仰ぎ、諦めてベッドの手前側に横になる。身体が触れないよう中央にできる限り隙間を作ろうとするから、今にも落ちそうだ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、スペースができたのをいいことに、こいつは中央にゆったりと仰向けに寝る。
「襲うなよ」
「それはこっちのセリフでしょ?」
「俺はおまえほど飢えてねえからな」
そして、なぜ私がこんな目に合わなければならないのかと、口惜しさに歯軋りしながら眠りに落ちるのが、最近の恒例行事となっている。
もうやだ、こんな生活。
ガチャっと鍵を開ける音がして、ただいまと声を張り上げ、廊下から現れたのは俊輔だ。
「ただいまじゃないでしょ? ここはあんたん家じゃないんだからね」
「いいだろ? 俺とお前の仲なんだから」
「どんな仲よ……」
あれから俊輔は、頻繁にここへ出入りしている。
幾度も来るな帰れ勝手に触るなと文句を言ったが、暖簾に腕押し。我が物顔で寛ぎ、勝手に家事をし、勝手に人のベッドで寝る。キッチンの壁にぶら下げてあったスペアキーは、いつの間にかこいつのキーホルダーに収まってしまった。
玄関のシューズボックスにはこいつの替え靴がしっかり収まり、スリッパラックにもいつの間に買ってきたのか新品の専用スリッパが。寝室のクローゼットやチェストを開ければ、私の服を脇に寄せて空いたスペースに、こいつの着替えが収まっている。知らぬ間に侵蝕され、抵抗する術が無いのが恐ろしい。
あろうことか弥生さんや晶ちゃんともすっかり打ち解けている。
弥生さんは私たちが丁丁発止とやり合う様を見ていつもニヤニヤしているし、晶ちゃんに至っては、こいつの戯言にすっかり騙され、私たちはいずれ結婚するのだと信じ、頬を赤らめ目を輝かせている。
仕事が少し落ち着いている今、夕飯は、彼女たちが帰った後、俊輔とふたりで取ることになる。平日は、ほぼ毎晩コンビニの弁当または惣菜。週末には、重箱に美しく詰められた美咲ちゃん手作りのおかずが並ぶ。
こいつはいったいどう美咲ちゃんを言いくるめておかずを作らせているのだろう。帰宅しない理由も何と説明しているのか。知りたいような、知るのが恐ろしいような。
「俊輔!」
ベッドに寝転がっている俊輔を容赦なく足蹴にする。
「いってーなぁ! 蹴るなよー」
「寝るならソファでって言ってるでしょ? 何度言わせるのよ!」
「ソファやだ。腰痛くなるもん!」
「なにが腰痛くなるもん! よ! じゃあ私にソファで寝ろって言うの?」
「そんなこと誰も言ってないだろ? ほら……」
布団をヒラッと持ち上げ、器用に腰をくねらせ、ベッドの奥側へ移動していくこいつはまるで芋虫だ。
「なんであんたと一緒に寝なきゃなんないのよ」
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そういう問題ではないだろうと呆れて天井を仰ぎ、諦めてベッドの手前側に横になる。身体が触れないよう中央にできる限り隙間を作ろうとするから、今にも落ちそうだ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、スペースができたのをいいことに、こいつは中央にゆったりと仰向けに寝る。
「襲うなよ」
「それはこっちのセリフでしょ?」
「俺はおまえほど飢えてねえからな」
そして、なぜ私がこんな目に合わなければならないのかと、口惜しさに歯軋りしながら眠りに落ちるのが、最近の恒例行事となっている。
もうやだ、こんな生活。
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