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§ 蓼食う虫も好き?好き。
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メールの送り主は、やはり、あの『お坊ちゃん』だった。それをすぐに突き止められた理由は簡単。メールアドレスがそのまま彼の名前だったからだ。お坊ちゃんの件は、あの場で片がついたと思っていたが甘かった。悪夢はまだ終わってはいなかったらしい。
お坊ちゃんがいったい誰から私のメールアドレスを入手したのかは、考えるまでもなく、犯人はひとりしかいない。あのオバサン、余計なことをしてくれるじゃないか。
このメールのおかげで、私が母の騙し討ちにあい、見合いをさせられたことも、ふたりにバレた。見合いの状況を聞いたふたりの反応は推して知るべし。お坊ちゃんという呼び名も定着し、彼はいまやふたりのアイドルだ。
お坊ちゃんからのメールは、送信予約でもしているように、朝七時から夜九時までの間、きっちり一時間に一通届く。いや、本当にしているのかも知れないが。
メールの内容は、口にするのも憚るほど薄気味悪いことこの上ない。最初の数通にだけは目を通したが、その後はもう見るに絶えず放置プレイを決めこんだ。
しかし、これに弥生さんと晶ちゃんが喰いついて、私の携帯は、彼女たちの手に落ちた。
——僕たちは運命の出会いを果たしました。波瑠さんは僕に会うために生まれてきたのです。だから、僕たちの未来には薔薇色の結婚生活が待っています。早く君と一緒に暮らしたいと、母も楽しみにしています。
——毎日母の手料理を口にする度に、波瑠さんが作る我が家の味を想像しています。母もあなたに料理を教えるのを楽しみにしていますよ。いつから始めましょうか。できるだけ早く我が家の味を覚えに来てください。
「ちょっとー! ホワイトボードにメール貼りだすのやめてよー」
「いいじゃないの、面白いんだから」
「面白くないよ。まるでヘンタイ……」
「そこがいいんじゃない。こんなマザコン、いまどき、滅多にお目にかかれないよ」
「……そうかも知れないけどさ、こんなくだらないことに紙使わなくてもよくない?」
「大丈夫です! ちゃんとヤレ紙使ってますからぁ。そうだ。ねえ、波瑠さん、写真は無いんですかぁ?」
言うだけ無駄か。
工程表代りのホワイトボードの右半分には赤く縁取りがされ、同じく赤いマジックで『今日のお坊ちゃん』とタイトルがつけられた。
「いい加減携帯返してよー」
「もうひとつあるからいいじゃないですかぁ」
「もうひとつって……それは仕事用でしょ?」
「波瑠には仕事用のだけあれば十分じゃない? どうせこっちの携帯は、ほとんど使ってないんでしょう? もし電話がかかってきたらそのときは返すしさ」
「…………」
弥生さんの言う通り、個人用の携帯は惰性で維持しているようなもので、ごくたまに家族や古い友人との連絡に使う以外、ほとんど放ったらかし。
特に何か考えがあってそうしていたわけでもないのだが、いつ何時何が幸いするかわからないものだ。万が一母に仕事用に使っている携帯の番号とメールアドレスを教えていたらと思うと、背筋が寒くなる。
お坊ちゃんがいったい誰から私のメールアドレスを入手したのかは、考えるまでもなく、犯人はひとりしかいない。あのオバサン、余計なことをしてくれるじゃないか。
このメールのおかげで、私が母の騙し討ちにあい、見合いをさせられたことも、ふたりにバレた。見合いの状況を聞いたふたりの反応は推して知るべし。お坊ちゃんという呼び名も定着し、彼はいまやふたりのアイドルだ。
お坊ちゃんからのメールは、送信予約でもしているように、朝七時から夜九時までの間、きっちり一時間に一通届く。いや、本当にしているのかも知れないが。
メールの内容は、口にするのも憚るほど薄気味悪いことこの上ない。最初の数通にだけは目を通したが、その後はもう見るに絶えず放置プレイを決めこんだ。
しかし、これに弥生さんと晶ちゃんが喰いついて、私の携帯は、彼女たちの手に落ちた。
——僕たちは運命の出会いを果たしました。波瑠さんは僕に会うために生まれてきたのです。だから、僕たちの未来には薔薇色の結婚生活が待っています。早く君と一緒に暮らしたいと、母も楽しみにしています。
——毎日母の手料理を口にする度に、波瑠さんが作る我が家の味を想像しています。母もあなたに料理を教えるのを楽しみにしていますよ。いつから始めましょうか。できるだけ早く我が家の味を覚えに来てください。
「ちょっとー! ホワイトボードにメール貼りだすのやめてよー」
「いいじゃないの、面白いんだから」
「面白くないよ。まるでヘンタイ……」
「そこがいいんじゃない。こんなマザコン、いまどき、滅多にお目にかかれないよ」
「……そうかも知れないけどさ、こんなくだらないことに紙使わなくてもよくない?」
「大丈夫です! ちゃんとヤレ紙使ってますからぁ。そうだ。ねえ、波瑠さん、写真は無いんですかぁ?」
言うだけ無駄か。
工程表代りのホワイトボードの右半分には赤く縁取りがされ、同じく赤いマジックで『今日のお坊ちゃん』とタイトルがつけられた。
「いい加減携帯返してよー」
「もうひとつあるからいいじゃないですかぁ」
「もうひとつって……それは仕事用でしょ?」
「波瑠には仕事用のだけあれば十分じゃない? どうせこっちの携帯は、ほとんど使ってないんでしょう? もし電話がかかってきたらそのときは返すしさ」
「…………」
弥生さんの言う通り、個人用の携帯は惰性で維持しているようなもので、ごくたまに家族や古い友人との連絡に使う以外、ほとんど放ったらかし。
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