君と暮らす事になる365日

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さてそんなこんなで食事会の行われる日曜日となった。依里はそれまでの間に、高級ホテルのレストランでもそこそこ見劣りしない衣装を、なんとか手に入れなければならなかった。
流石に普段から着用しているパンツスーツはだめだろう。何せ格式だのなんだのがある。
それに依里は、食事会を行うお婆さんに、悪意や敵意があるわけではない。はっきり言って欠片もない。
そのため彼女が不愉快にならないように、衣装をそろえて髪型を美容室で整えて、と当日やる事は色々あったのだ。
そのため朝から出かける予定だったが、依里はあまり衣装などに頓着しない性格をしていたからだろう、どれがドレスコード的に正しいのか全く分からなかった。
何せ会社に行く時はパンツスーツ、足は履きなれたパンプス、そして化粧はナチュラルメイクを銘打った適当化粧なわけである。
髪の毛もすっぱりと短いため、潔いと言えば聞こえはいいが、残念なわけだ。
早々に、何ならよくて何ならだめなのか、それ以上に自分に似合うタイプは何なのか、と依里はネットで見る写真などから頭を抱えた。
一週間近く調べても答えが出なかったため、店で店員に聞こうと思っていたのだが……それでいいのか。
そんな事を考えていた時である。彼女のスマホに着信が入ったのは。

「……柳川さん? どうしたんだろう」

ラインの着信は柳川であり、彼は丁寧な朝の挨拶から始まり、

「今日の事で何か困った事はありませんか? お力になれる事でしたら協力します」

と書き添えてあったのだ。これはちょうどいい。どんな衣装ならましか聞こう。
助けてもらえるなら、この際イケメンだろうが誰だろうが問題ない。
依里はさっそく、衣装などが全く分からない、お婆さんに失礼にならない衣装を着たいのだが、こう言った事に頓着しない性分であるため、色々分からない事が多い、という事を丁寧に書いた。
すると。

「でしたら、行きつけの店などを紹介しますよ。こちらの我儘に付き合わせてもらっているのです、これ位はさせてください。祖母は今日をとても楽しみにしているんですよ」

と返信が来た。ならば店の場所だけ聞いておけばいいかと思った彼女に、柳川はイケメンのさりげなさでこう言って来た。

「よろしければ、車を出しますので、店まで送りますよ、どこの駅なら集まれますか?」

「……さすがにそれは……」

会社の皆さんに見られたらまずくないか? とさすがの依里も思った。だがしかし。柳川と同乗しているのが自分だとわからなければいいのではないか? とひらめいた。
ならばさっそく、ぱっと見で自分だとわからないものにすれば……と思い、依里は二つ先の駅を指定した。そこなら人が多すぎて、逆に見つけられないだろうし、目立たないだろうと判断したわけだった。
それに、化粧品やメイク道具は一そろいある。普段しないメイクをしてみればいいのである。
依里は服の入った引き出しをあさり、服のかかったハンガーを調べ、とりあえず依里っぽくない物を選んで行った。



そして駅に到着した依里は、今どき女子にしか見えない雰囲気であった。
唇などもつやつやと強調し、色の薄い大きなサングラスをかけ、髪の毛は何かのネタでもらったウィッグをつけてみたのである。
髪の長さで印象がだいぶ変わるため、これで問題ないだろう。
それに衣装も、寒い寒いと思いつつ、そこそこ短いスカートである。普段の彼女なら絶対に着用しないチョイスであるし、依里にはあまり合わない組み合わせである。
お洒落な従姉のおさがりを持っていてよかった、と改めて思った依里は、今度従姉妹にお礼を送らねば、と記憶の中に留めておいた。
そして待っていること数分、現れたそこそこの高級車から、颯爽と現れたのは、その登場が厭味に見えない柳川である。
余りにもさらりと現れたため、車が高級車だとかそんな事とかが、一瞬気にならないほどだった。
これがスマートな金持ちのイケメンの所作か……と感嘆してしまうところだ。

「待たせましたか?」

「いえ、今来た所なので」

「一瞬誰だかわかりませんでしたよ、でも立ち姿がきれいだったので、きっと環さんだろうと思って声をかけました」

「それはそれは……」

まさか立ち姿で気付かれるとは。意外な所で気付かれるものである。
だがそれなら、ぱっと見では自分だとわからないだろう。
依里は周囲から敵意の視線がない事を確認しつつ、彼の進めるがままに車に乗った。
今日の柳川は会社で着ているスーツとは違う、こじゃれた上等なスーツを着ている。

「そんな格式が高い所なんですか」

「祖母と会う時に、下手な格好をすると、こちらのファッションセンスを心配されてしまうのですよ、祖母はそれなりにクラシックで伝統的な衣装を好むんです」

「そうだったんですか」

じゃあそんなのいっそう自分は持ってない。依里は柳川と合流できてよかった、と心から思った。
元々、かなり残念な格好の時に、助っ人として頼まれているから、あのお婆さんだって、依里が上品な衣装など持っていない事くらい、分かっていそうだが……食事はおいしくいただきたいのだ。そのために必要な衣装がある場合は、そろえる程度はやる依里だった。
そして運転手付きの車で到着したお店は、明らかに今の彼女の格好では場違いで、これならいっそスーツの方がよかったのでは? と考えさせられる物だった。
しかし柳川が、受付で手慣れた調子で

「約束していた柳川です、山中さんはいらっしゃいますよね?」

なんて聞くため、逃げられるわけもなかったし、あてもなかった。
そしてほどなくやってきた山中は、店員として完璧な所作で頭を下げ、言う。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、柳川様」

「いつもありがとう。それに急な事なのに対応してくれて本当にお礼を言います、山中さん」

「いえ、柳川様のためなら」

柔らかく微笑む山中は、壮年の女性であり、色々な服を扱ってきていそうな自信も、感じさせる女性だった。
彼女がちらりと依里を見る。そして、少しだけ目の中に、残念そうな色を宿した。

「今回はこちらの方を、お願いします。祖母との食事会なのですが、ちょうどいい衣装が分からないくて」

「薫子様との食事会ですか。こちらの方は……」

「祖母が大変お世話になった女性なんですよ。私たちの恩人ですね」

それを聞き、雑な対応などできないと判断したのだろう。さすが一大企業の上層部関係者の行きつけのお店である。山中は依里を案内した。
しかし大変お金持ちの対応である。柳川はこんなにもお金持ちだったのか。
確かにうちの会社の社長関係者の名字も柳川だし、彼自身も上流階級の余裕が垣間見えるし、おばあさんも運転手付きの車に乗っていたし、お金持ちにしか見えなかったが……店のこういう対応も相当上客に対する対応だぞ、と依里は観察しながら思った。




これって相当に高いんじゃないだろうか、私の給料吹っ飛ぶんじゃないか、それとも何が吹っ飛ぶのだろう、と依里は与えられた衣装を次々に着替えて行きながら、その手触りの良さと質の良さと品の良さに戦いていた。
こんなの私絶対に日常で着ないし、余所行きにもならない。余所行きはそれなりの店のそれなりの値段の手ごろさを重視したものばかりだ。
日常に着ている物なんてもっとシビアで、手触りがよければそちらが優先され、デザイン性は二の次、という物が多い。
というのも依里は見た目よりも着心地重視の人間であるからだ。
しかし、どんどん出されていく衣装は、依里の知らない世界を見せて来るものである。
そして柳川が、それを見て、首を振ったり頷いたりするのを見て、店員さんが色々試しているという状況。
明らかに財布を握っているのは柳川だと判断されている。
しかしながら、早く決めてほしいのが依里の心境だ。こんなに服を着替えるのは滅多にないから疲れてきたのだ。

「もうそろそろ決めませんか……」

少しくたびれた声で依里が言うと、柳川がはっとした顔で言う。

「そうですね、そろそろ決めなければ。依里さんはすらっとしていて背が高めだから、なんでもモデルのように似合っていますので、つい楽しくなってしまいました」

あなたはどれがいいですか、と問いかけられたものの、着ていたもののほとんどは記憶の外である。
そのためあいまいに笑った所、柳川はそれを察したらしい。

「では二つ前のものと、それに似合う靴を一式で」

「はい、ありがとうございます」

店員が優雅に一礼する。そして素早く目的の物を持ってきて、タグを切った。先に切っていいのかと思った物の……

「ありがとう、着て行こうと思っていたので」

とまで言われたため、ああ、私それを着てそのまま食事会なのね、と依里は納得した。
そしてその、シンプルで装飾性がないながらも、それが質の良さとデザイン性の良さと、色味の良さを最大限に生かした一枚を着て、靴もそれに合わせたものをはいた依里は、まじまじと自分の事を鏡で見てしまった。さすがに別人に見える。なんだろう、どこかのクールビューティ系女子である。
もさもさのさのさ、がさつ女子とは思えない変貌であった。いいやさすがに、余所行きのために髪の毛も化粧も結構整えてきたわけだが、服のマジックであった。

「とてもよく似合っていますよ」

お世辞でも店員がそう言い、柳川が着替えている間に支払っていたらしい。隙を見せないエスコートで、依里はそのまま車に戻る事になった。

「あの、後で請求書を回してください」

「いいえ、私たちの我儘でいろいろしてもらうのですから、お礼だと思って受け取ってください」

「いえ、そんなわけには」

その後いくつかの問答があったわけだが、結局依里は押し切られて、ドレスと靴だけはお礼として受け取る事になった。
そして食事会の時刻となり、依里は目的地を見上げたわけだが……いつ見ても格式の高さと高級感にあふれているホテルである。

「祖母は最近ここが特にお気に入りだそうなんです、なんでも最近になってぐっと料理がおいしくなって、ついつい来てしまうのだとか」

ですよね……きっと大鷺がいるからです。依里は言わなくていい事を言わないために、口を閉じた。
そしてそのまま、しとやかに見えるように歩幅を縮めて彼の後に続くと、彼は慣れた調子でホテルの従業員に近寄られて、そのままホテルの別室に案内された。
流石セレブと言ったところで、こう言ったところでランチを取るにしても何にしても、別室扱いなのだな、という感想を抱いてしまった。
そして別室に恭しく案内された先では、あの時のお婆さんとお嬢さんが、あの時よりもずっと綺麗な衣装を身にまとって待っていた。
そしてお婆さんの方は、依里に気付くと椅子から立ち上がり近付いてきたのだ。
それに続くお嬢さん。彼女の顔色は良さそうだったし、元気そうだ。

「まあまあまあ! うれしいわ、来てくださってありがとうございます。私たちの我儘を聞いていただけてうれしいですわ」

お婆さんがあの時とは比べられないほど、丁寧な言葉で嬉しそうに笑顔で話しかけて来る。

「いえ、お二人が元気そうでよかったです」

「あの時は本当にお世話になりました、何とお礼を言えばよかったか、あの時全くお礼が言えなかったので、ここでお礼を言わせてください」

お嬢さんが嬉しそうな顔で依里に言う。彼女の暗い雰囲気がなくなると、途端に彼女の華やかな顔立ちがよくわかる。確かに柳川の妹というだけあって、顔立ちの整い方が似ていた。
まさに美形の一族なのだろう。

「当然の事をしただけですよ、そこまで言われても……」

「あら、謙遜が過ぎるわ、あの時のあなたの的確な判断のおかげで、私たちはよい方向に進む事が出来たのですからね」

「本当にそうです。あなたには何と言って感謝すればいいのか……あの時、何も知らなかったのに、おばあ様を手伝ってくださってありがとうございます」

「出しゃばりでなくてよかったです。あれから落ち着いていらっしゃいますか?」

依里が穏やかに問いかけると、お嬢さんは微笑んだ。

「ええ! あれとすっぱり縁を切りましたし、父にはしばらく父の肝入りの縁談なんて御免だと強く言えるようになりましたから、とても晴れ晴れした気持ちで暮らしています!」

このお嬢さん、相当父親に圧力をかけられた生活だったんだろうな……と依里は想像した。ない話じゃないし、大企業のお嬢様の結婚が、単純にお嬢様の恋愛だけで済む事はない、という位の事はわかるのだ。
とにかく、彼女も今心安らかならいい、と思って笑うと、彼女が目をきらきらさせて、小さな声で言った。

「それに、ここの料理人の方、とっても格好いいんですよ、その人が、無邪気な子犬みたいな顔で、ありがとうございました、またいらしてくださいね、っていうのがとっても素敵で」

依里は口元が引きつりそうになった。そのイケメン料理人には覚えがあるどころじゃない。
晴美ヨ、お前は何お嬢様を虜にしているんだ……もしかして挨拶をする人する人、皆夢中にさせてんじゃねえだろうな……何してんだよ……と思った。
しかし、それを心の中だけの突っ込みにして、依里は勧められるままに席に着いた。


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