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そんな会話をした翌日、依里は消化しなければならない有給を消化するために、休みをとっていた。昨日仕事を進めたのは、この有給の翌日の仕事がはかどるように、である。
いつもより少しどころではなく惰眠をむさぼり、昼前に起きだし、欠伸をしていたその時の事である。
来客を告げるインターホンの音が自室まで聞こえてきたため、依里は宅配でも頼んでいただろうか、と記憶を探った。
だがそんな記憶はかけらもなかったので、おそらく同居人の何かなのだろう、と判断し、急ぎ部屋着に着替えて、なんとかぎりぎり見られる見た目になった後、ドアホンを覗いた。
するとそこには、宅配業者のお仕着せの制服ではなく、見慣れない慌てふためいた顔の青年が立っていたため、誰かの家と間違えたのか、と応答した。
「どなたですか?」
依里の声が聞こえたのだろう。その青年はぱっと顔を明るくして、こう言った。
「ここは大鷺晴美の自宅で間違いはないでしょうか? 林孝則と申します」
「ルームシェアしている家を、自宅と呼ぶなら自宅ですが……ご用件は?」
「彼は今、ご在宅ですか? 今日は打ち合わせがあったのですが、こちらに今朝がた、体調を崩したから休む、とだけ連絡が入り……それ以降の連絡がなかったので……」
幼馴染は成長したらしい、と依里は内心で感心した。というのも、晴美という男はネジがどこかずれてしまった結果なのか、休むという連絡をする事が頭からすっぽ抜け、無断欠勤なんて事を一週間もして、アルバイトを首になる事が学生時代にありがちな事だったのだ。
それの多くは、たとえて言うなら電池切れ、という状態に陥った時であり、あの男は電池が切れたようにすべてに無気力になり、ひたすらに寝るという行動を起こすのだ。
それが起きるようになったのは、積極的に活動できるようになった高校時代からで、依里はその電池切れ状態になった晴美の様子を、隣の家に聞きに行く事も有ったくらいだった。
そんな奴なので、電池が切れても電話一本でも、連絡が出来るようになったという事は、体力配分に成長が見られたんだな、と思って感心したわけだ。
そんな彼女とは違い、林は困った声で続ける。
「彼は起きていますか? あの人、連絡もまともにできない状態になったら、一週間飲まず食わずで寝込んで、栄養失調で病院に行く羽目になるんですよ。それ、ご存知ですか?」
「……すみません、恥ずかしながら私も今起きたところでして。……同居人の仕事の関係者だというのなら、社員証など、身元がわかるものを、インターホンにかざしてもらえますか?」
「はい!」
林はそう言い、すぐさま、身元が確かな事を示す社員証を見せてきた。
確かに晴美と同じ系列のホテルのレストランの、料理長である事が記載されている。
そして、晴美の知り合いに林という男がいる事は、昨日聞いていたため、依里は玄関の扉を開けて、彼を中に入れたのだった。
「お邪魔します。……綺麗にされてますね……」
「普通の家でしょう」
「いえ、大鷺さんの電池が切れると、家は魔窟になり果てるんですよ」
「ああ、なるほど」
片付ける人間がいなくなる事によって、荒れる家というわけだろう。納得だ。
「大鷺さんはどちらに?」
林がそう言って、依里に先導するように促したため、依里は晴美の自室の方に案内した。
そして、客もいるわけなので、ドアをノックした。
「ハル? 起きてるか? 晴美!」
「……」
依里の声に対しての返答は、言葉としてはまったく機能していない、くぐもった、いかにも布団の中に潜って唸っているような声だった。
「布団の中にいるみたいですね」
「ですね……扉を開けても?」
「構わないですよ」
言いつつ、依里も引っ越してから一度も入った事のない、幼馴染の自室に入ったのだった。
自室は、荷物が極端に少なく、視界を圧迫するのはそれなりの枚数、洗濯ロープにハンガーで引っ掛けられているコックコートなどの、仕事着である。
個人的な物はかなり少なく、そう言えば晴美は大きなスーツケース一つで前の家にやってきて以来、何かを買い足した気配はなかった事を思い出した。
元々、執着するものに対しては異様なまでに執着する癖に、物欲は低いという男なので、こんな、雑然としていながらも、殺風景であるという部屋になるだろう。
依里の方がまだ雑貨もあるし、飾られている気に入りのポスターなどがあって、温かみがあると言えるだろう。
そして、その中で、依里の家にあった客用布団をすっかり自身の物にしてしまった晴美が、頭から布団をかぶってもぐりこんでいたわけだ。
「ハル? 起きれるか?」
「うううううう」
依里が布団の脇にしゃがみ込み、声をかけると、先ほどよりはまだ人語であろう音が布団から響いた。
それを聞き、林が言う。
「すごいですね、同居人さんは……僕らだったら完全に無視されますよ」
「慣れてますし。……ハル、何か食べる? お茶淹れようか? 腹になんにも入ってないと、また具合が悪くなるだろ?」
「ううううう」
布団の中のうめき声は続く。それの調子から、依里はある程度晴美がどれくらい不調なのかを判断した。
「これは活発に動きすぎましたね」
「わ、わかるんですか!?」
「自慢にもなりませんが、よちよち歩きの頃からの幼馴染でして。結構大きくなってからの彼が、こんな感じになるのを、何回も見て来ているので」
「そ、そうだったんですね……僕たちは反応もしてもらえなくて、はらはらして、結局救急車を呼ぶ事になってばかりで」
「確かに、返事もしないでうめいていたら、救急車を呼ばなければならないと思うかもしれませんが……一緒に台所に来てくれますか?」
「はい?」
依里の言葉に、林は変な顔をしたものの、依里がさっさと晴美の部屋から出ていき、台所でお湯を沸かし始めたので、問いかけてきた。
「何をするつもりです? あの状態の大鷺さんは、まともに誰かと会話をしませんよ」
「会話はしませんけど、反応する事は幾つか知ってるんですよね」
言いつつ依里は、すっかり巨大になってしまった冷蔵庫の中を開けて、物色を始めた。
そして目的の物を見つけたため、林に聞いた。
「すみません、目玉焼き焼いてもらえますか?」
「は?」
「林さんは、彼と会話がしたいんですよね。これが一番速いんです」
「目玉焼きで?」
「目玉焼きも、です。洗面所はあちら」
言われた林は怪訝そうな顔になったものの、洗面所で手を洗ってうがいをして来た後、依里が冷蔵庫から出した卵を使って、晴美の気に入りの、壁にひっかけられていたフライパンを使い、目玉焼きを作り始めた。
それと同時に、依里はバターハーフと小麦粉を耐熱ボウルに放り込み、レンジにかけて溶かして混ぜて、そこに牛乳を入れてかき混ぜた。
次に晴美が使っているシリコンラップ風のふたを乗せて、レンジでチンをする。
そして加熱が終わったらかき混ぜて、またレンジでチンをする。
そんな事を繰り返した結果、簡単なホワイトソースが出来上がり、依里はそれに塩を振って、やはり晴美が職場からもらって来た廃棄の未来から救い出された食パンを、冷凍庫から取り出して、たっぷりと固めのホワイトソースをぬって、パンを乗せて、また上からホワイトソースを乗せて、そろそろ寿命だと主張しそうなオーブントースターに入れて、焼き始めた。
そして、ホワイトソースたっぷりの、ハイカロリーなトーストの上に、林が焼いた目玉焼きを乗せて、容赦なく包丁で四等分にして、適当な皿の上に乗せた。
「これで大鷺さんが会話するんですか?」
「します」
依里は断言し、それがまだあたたかくていい匂いがするうちに、晴美の部屋に戻った。
そして布団の脇に適当な布巾をしいて、その皿を置いた。
数秒の沈黙が流れた後、どんな声をかけてもうめき声しか出さなかった布団の住人が、小さな声で言った。
「いいにおいがする」
「そりゃ目の前にあるんだから」
「……ごはん」
「そう、ごはん。どうせお前の事だから、腹減りすぎて余計に、頭の中辛くなってんだろ」
「……」
もぞもぞと布団がうごめき、のろりとしたカタツムリのようなのろさの動きで、晴美が布団からはい出した。
そして当たり前に差し出された箸を手に取り、四分割されたホワイトソースたっぷりの目玉焼きトーストに食らいついた。
がつがつと口に入れて、口いっぱいに行儀悪く詰め込んで、飲み込むさまは、普段のそれなりに丁寧な食べ方とは大違いである。
物凄い勢いでそれを平らげている間に、依里は大きなマグカップ一杯の紅茶を用意して、脇に置いた。
トーストを飲み込んだ晴美が、そのマグカップをひっつかみ、一気に喉に流し込む。
そうやって、依里の作ったものを全部平らげた後、晴美はのろりのろりと顔をあげて、依里を見て、次に、呆気にとられていた林を見て、口を開いた。
「あれ、林君いつ来たの」
「いや、さっきからずっといましたけど」
「あー、林君が目玉焼き焼いた?」
「はい」
「なんかヨリちゃんの焼き方と違うと思ったら。あれ、おれ休みの連絡忘れてた?」
「ちゃんと連絡は入っていましたよ。ただその後何の連絡もないし、ラインも反応がないし、また前みたいに倒れていたらと思って心配になって、後の事をいろんな人に任せて、駆け付けたんですよ」
林が心底心配したという調子で言うので、晴美はそっか、といった後頭を下げた。
「ごめんね、心配かけちゃって。来てくれてありがとう」
「本当に、同居人さんがいてくれてよかったですよ。僕だけだったらどうしたらいいか、わからないまま時間だけ過ぎてましたから」
「五回くらいこの類の栄養失調で、病院に担ぎ込まれてるもんね……」
「お前何やってんの?」
「急にご飯を何にも食べたくなくなるんだもん。そうなると作る力もわかないし、水を飲みに行くのも出来なくなっちゃうし」
「だから電池切れの前に、休んで調整するようにおじさんもじいちゃんもばあちゃんも言ってただろ……」
依里があきれ果てたという声で言うと、晴美はうん、と素直に頷いた。
「だから、連絡を入れられる状態の時に、休むって連絡入れたんだよ」
「なんか違う……」
「お腹空いたね」
依里が呆れる間に、晴美は、今しがた高カロリー食を食べたとは思えない言葉を言い放った。
「先輩、今食べたでしょう」
「あんなのおやつだよ」
「おやつ……? 先輩のおやつの概念が分からない……」
「八枚切り食パン二枚なんて、おやつみたいな軽いもんでしょ」
言いつつ晴美は立ち上がり、欠伸を一つして、林と依里を見た。
「お昼だね、お昼ご飯作るから、林君もいていいよ」
いつもより少しどころではなく惰眠をむさぼり、昼前に起きだし、欠伸をしていたその時の事である。
来客を告げるインターホンの音が自室まで聞こえてきたため、依里は宅配でも頼んでいただろうか、と記憶を探った。
だがそんな記憶はかけらもなかったので、おそらく同居人の何かなのだろう、と判断し、急ぎ部屋着に着替えて、なんとかぎりぎり見られる見た目になった後、ドアホンを覗いた。
するとそこには、宅配業者のお仕着せの制服ではなく、見慣れない慌てふためいた顔の青年が立っていたため、誰かの家と間違えたのか、と応答した。
「どなたですか?」
依里の声が聞こえたのだろう。その青年はぱっと顔を明るくして、こう言った。
「ここは大鷺晴美の自宅で間違いはないでしょうか? 林孝則と申します」
「ルームシェアしている家を、自宅と呼ぶなら自宅ですが……ご用件は?」
「彼は今、ご在宅ですか? 今日は打ち合わせがあったのですが、こちらに今朝がた、体調を崩したから休む、とだけ連絡が入り……それ以降の連絡がなかったので……」
幼馴染は成長したらしい、と依里は内心で感心した。というのも、晴美という男はネジがどこかずれてしまった結果なのか、休むという連絡をする事が頭からすっぽ抜け、無断欠勤なんて事を一週間もして、アルバイトを首になる事が学生時代にありがちな事だったのだ。
それの多くは、たとえて言うなら電池切れ、という状態に陥った時であり、あの男は電池が切れたようにすべてに無気力になり、ひたすらに寝るという行動を起こすのだ。
それが起きるようになったのは、積極的に活動できるようになった高校時代からで、依里はその電池切れ状態になった晴美の様子を、隣の家に聞きに行く事も有ったくらいだった。
そんな奴なので、電池が切れても電話一本でも、連絡が出来るようになったという事は、体力配分に成長が見られたんだな、と思って感心したわけだ。
そんな彼女とは違い、林は困った声で続ける。
「彼は起きていますか? あの人、連絡もまともにできない状態になったら、一週間飲まず食わずで寝込んで、栄養失調で病院に行く羽目になるんですよ。それ、ご存知ですか?」
「……すみません、恥ずかしながら私も今起きたところでして。……同居人の仕事の関係者だというのなら、社員証など、身元がわかるものを、インターホンにかざしてもらえますか?」
「はい!」
林はそう言い、すぐさま、身元が確かな事を示す社員証を見せてきた。
確かに晴美と同じ系列のホテルのレストランの、料理長である事が記載されている。
そして、晴美の知り合いに林という男がいる事は、昨日聞いていたため、依里は玄関の扉を開けて、彼を中に入れたのだった。
「お邪魔します。……綺麗にされてますね……」
「普通の家でしょう」
「いえ、大鷺さんの電池が切れると、家は魔窟になり果てるんですよ」
「ああ、なるほど」
片付ける人間がいなくなる事によって、荒れる家というわけだろう。納得だ。
「大鷺さんはどちらに?」
林がそう言って、依里に先導するように促したため、依里は晴美の自室の方に案内した。
そして、客もいるわけなので、ドアをノックした。
「ハル? 起きてるか? 晴美!」
「……」
依里の声に対しての返答は、言葉としてはまったく機能していない、くぐもった、いかにも布団の中に潜って唸っているような声だった。
「布団の中にいるみたいですね」
「ですね……扉を開けても?」
「構わないですよ」
言いつつ、依里も引っ越してから一度も入った事のない、幼馴染の自室に入ったのだった。
自室は、荷物が極端に少なく、視界を圧迫するのはそれなりの枚数、洗濯ロープにハンガーで引っ掛けられているコックコートなどの、仕事着である。
個人的な物はかなり少なく、そう言えば晴美は大きなスーツケース一つで前の家にやってきて以来、何かを買い足した気配はなかった事を思い出した。
元々、執着するものに対しては異様なまでに執着する癖に、物欲は低いという男なので、こんな、雑然としていながらも、殺風景であるという部屋になるだろう。
依里の方がまだ雑貨もあるし、飾られている気に入りのポスターなどがあって、温かみがあると言えるだろう。
そして、その中で、依里の家にあった客用布団をすっかり自身の物にしてしまった晴美が、頭から布団をかぶってもぐりこんでいたわけだ。
「ハル? 起きれるか?」
「うううううう」
依里が布団の脇にしゃがみ込み、声をかけると、先ほどよりはまだ人語であろう音が布団から響いた。
それを聞き、林が言う。
「すごいですね、同居人さんは……僕らだったら完全に無視されますよ」
「慣れてますし。……ハル、何か食べる? お茶淹れようか? 腹になんにも入ってないと、また具合が悪くなるだろ?」
「ううううう」
布団の中のうめき声は続く。それの調子から、依里はある程度晴美がどれくらい不調なのかを判断した。
「これは活発に動きすぎましたね」
「わ、わかるんですか!?」
「自慢にもなりませんが、よちよち歩きの頃からの幼馴染でして。結構大きくなってからの彼が、こんな感じになるのを、何回も見て来ているので」
「そ、そうだったんですね……僕たちは反応もしてもらえなくて、はらはらして、結局救急車を呼ぶ事になってばかりで」
「確かに、返事もしないでうめいていたら、救急車を呼ばなければならないと思うかもしれませんが……一緒に台所に来てくれますか?」
「はい?」
依里の言葉に、林は変な顔をしたものの、依里がさっさと晴美の部屋から出ていき、台所でお湯を沸かし始めたので、問いかけてきた。
「何をするつもりです? あの状態の大鷺さんは、まともに誰かと会話をしませんよ」
「会話はしませんけど、反応する事は幾つか知ってるんですよね」
言いつつ依里は、すっかり巨大になってしまった冷蔵庫の中を開けて、物色を始めた。
そして目的の物を見つけたため、林に聞いた。
「すみません、目玉焼き焼いてもらえますか?」
「は?」
「林さんは、彼と会話がしたいんですよね。これが一番速いんです」
「目玉焼きで?」
「目玉焼きも、です。洗面所はあちら」
言われた林は怪訝そうな顔になったものの、洗面所で手を洗ってうがいをして来た後、依里が冷蔵庫から出した卵を使って、晴美の気に入りの、壁にひっかけられていたフライパンを使い、目玉焼きを作り始めた。
それと同時に、依里はバターハーフと小麦粉を耐熱ボウルに放り込み、レンジにかけて溶かして混ぜて、そこに牛乳を入れてかき混ぜた。
次に晴美が使っているシリコンラップ風のふたを乗せて、レンジでチンをする。
そして加熱が終わったらかき混ぜて、またレンジでチンをする。
そんな事を繰り返した結果、簡単なホワイトソースが出来上がり、依里はそれに塩を振って、やはり晴美が職場からもらって来た廃棄の未来から救い出された食パンを、冷凍庫から取り出して、たっぷりと固めのホワイトソースをぬって、パンを乗せて、また上からホワイトソースを乗せて、そろそろ寿命だと主張しそうなオーブントースターに入れて、焼き始めた。
そして、ホワイトソースたっぷりの、ハイカロリーなトーストの上に、林が焼いた目玉焼きを乗せて、容赦なく包丁で四等分にして、適当な皿の上に乗せた。
「これで大鷺さんが会話するんですか?」
「します」
依里は断言し、それがまだあたたかくていい匂いがするうちに、晴美の部屋に戻った。
そして布団の脇に適当な布巾をしいて、その皿を置いた。
数秒の沈黙が流れた後、どんな声をかけてもうめき声しか出さなかった布団の住人が、小さな声で言った。
「いいにおいがする」
「そりゃ目の前にあるんだから」
「……ごはん」
「そう、ごはん。どうせお前の事だから、腹減りすぎて余計に、頭の中辛くなってんだろ」
「……」
もぞもぞと布団がうごめき、のろりとしたカタツムリのようなのろさの動きで、晴美が布団からはい出した。
そして当たり前に差し出された箸を手に取り、四分割されたホワイトソースたっぷりの目玉焼きトーストに食らいついた。
がつがつと口に入れて、口いっぱいに行儀悪く詰め込んで、飲み込むさまは、普段のそれなりに丁寧な食べ方とは大違いである。
物凄い勢いでそれを平らげている間に、依里は大きなマグカップ一杯の紅茶を用意して、脇に置いた。
トーストを飲み込んだ晴美が、そのマグカップをひっつかみ、一気に喉に流し込む。
そうやって、依里の作ったものを全部平らげた後、晴美はのろりのろりと顔をあげて、依里を見て、次に、呆気にとられていた林を見て、口を開いた。
「あれ、林君いつ来たの」
「いや、さっきからずっといましたけど」
「あー、林君が目玉焼き焼いた?」
「はい」
「なんかヨリちゃんの焼き方と違うと思ったら。あれ、おれ休みの連絡忘れてた?」
「ちゃんと連絡は入っていましたよ。ただその後何の連絡もないし、ラインも反応がないし、また前みたいに倒れていたらと思って心配になって、後の事をいろんな人に任せて、駆け付けたんですよ」
林が心底心配したという調子で言うので、晴美はそっか、といった後頭を下げた。
「ごめんね、心配かけちゃって。来てくれてありがとう」
「本当に、同居人さんがいてくれてよかったですよ。僕だけだったらどうしたらいいか、わからないまま時間だけ過ぎてましたから」
「五回くらいこの類の栄養失調で、病院に担ぎ込まれてるもんね……」
「お前何やってんの?」
「急にご飯を何にも食べたくなくなるんだもん。そうなると作る力もわかないし、水を飲みに行くのも出来なくなっちゃうし」
「だから電池切れの前に、休んで調整するようにおじさんもじいちゃんもばあちゃんも言ってただろ……」
依里があきれ果てたという声で言うと、晴美はうん、と素直に頷いた。
「だから、連絡を入れられる状態の時に、休むって連絡入れたんだよ」
「なんか違う……」
「お腹空いたね」
依里が呆れる間に、晴美は、今しがた高カロリー食を食べたとは思えない言葉を言い放った。
「先輩、今食べたでしょう」
「あんなのおやつだよ」
「おやつ……? 先輩のおやつの概念が分からない……」
「八枚切り食パン二枚なんて、おやつみたいな軽いもんでしょ」
言いつつ晴美は立ち上がり、欠伸を一つして、林と依里を見た。
「お昼だね、お昼ご飯作るから、林君もいていいよ」
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