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10:パスワード
しおりを挟む見覚えのあるそれは、間違いなく幸司のスマホだ。
手に取り電源を入れようとしてみるが、充電が無いらしく画面がつく様子はない。
「それ、幸司くんのスマホ?」
その姿に気がついた柚梨が、隣へと歩み寄ってくる。
「ああ……けど、さすがに充電切れてるな」
「私、充電器持ってるよ!」
そう言うと、柚梨はバッグの中から小型のスマホ用充電器を取り出して差し出してくる。
礼を述べてそれをスマホに繋いでみると、暫くして画面には充電中のマークが表示された。
電源を入れてみると、無事に画面が起動する。そこまでは良かったのだが、次いでパスワードの入力を求められた。
「パスワード……」
指紋認証でなかったのは幸いだが、さすがにパスワードに設定していた数字までは知るはずがない。
試しに幸司の誕生日を入力してみるが、当然弾かれてしまう。
好きなアイドルの誕生日や電話番号の下四桁など、思いつく限りの数字を手当たり次第に入力してみるが、それも無駄に終わる。
そうこうしているうちに、あと一回失敗すれば、ロックがかけられる状態になってしまった。
「クソっ……せっかく手がかりになるかもしれないってのに……!」
俺は乱暴に頭を掻き乱しながら、自身に対する苛立ちを募らせる。
親友だなどと言っておきながら、パスワードひとつ解くことができないというのか。
幸司が好きなものや話題に挙げていたことを思い返していくが、そのどれもがパスワードに繋がっている気がしない。
段ボールだらけの部屋の中にも、数字のヒントになるようなものがあるとは思えなかった。
こうなっては一か八か、適当に入力した数字が当たることを祈るしかないのか。
「……5029」
半ば投げやりに、数字を打ち込もうとした時だった。唐突に数字を口にした柚梨に、手を止めて俺は顔を上げる。
「え……?」
「違うかな、語呂合わせなんだけど……5029、『幸福』。幸司くんって、いつも自己紹介で言ってたでしょ? 幸せを司る男だって。だからそうかなって」
柚梨の言葉に、酷く曇っていた視界が一気に開けたような気がした。
確かに、幸司が初対面の相手に必ずやるお決まりの自己紹介がそれだった。
他に思いつく数字があるとも思えず、柚梨の言う通りにその数字を入力してみる。
「……開いた……!」
短い電子音と共に、無事にロックは解除された。
現れた待ち受け画面には、大学の入学式終わりに校門の前で三人で撮った写真が表示されている。
まだ一年も経っていないというのに、それはもう随分と昔の光景のようだった。
視界が歪んでしまいそうになるのを、奥歯を噛み締めてどうにか堪える。
スマホの画面の中には、見覚えのあるアプリのアイコンがあった。それをタップしてみると、幸司の使っていたと思われるページが表示される。
いくつかの新着メッセージが届いており、見てみるとどれも返信が無いことに対する催促のようだ。
どのやり取りも、幸司が死亡したと思われる頃を境に、幸司側からの返信は途切れている。
プライベートなメッセージを見るのは気が引けたが、今は少しでも手がかりが欲しい。心の中で幸司に謝罪をしながら、個別のチャット欄を開いていく。
何人かの女性と話をしていたようだが、どれも大半が趣味の話や、日常であったことを話しているようだった。
その中でも、特に頻繁にやり取りをしていた女性がいるのを見つける。恐らく、一人だけまともにやり取りができていると話していた相手が彼女なのだろう。
その女性との直近の会話は、アプリに搭載されている占いについての話題だったようだ。
俺にも話していた、運勢が最高だと表示されたらしいあの占いのことだろう。けれど、その女性は占いの結果について、疑問を感じたような返信をしている。
『それって、最良の縁とかいう赤い紙の話? あたしそういうの好きじゃないんだよね』
(赤い紙……?)
単に占いの結果を伝えられた人間にしては、返事の仕方が不自然にも思えた。占いが好きではないということなのだろうか?
「樹? 何か見つかった?」
「あ、いや……」
隣で様子を窺っていた柚梨に声を掛けられて、疑問は中途半端なままに現実に引き戻される。
この赤い紙というのが、どうにも引っ掛かるような気がした。
「何か、占いでさ……」
無関係かもしれないが、一応情報の共有をしておいた方が良いだろうと口を開きかける。
あの呻き声が聞こえたのは、その瞬間だった。
「!?」
心配そうに俺を見る柚梨は、そこだけ時間が止まってしまったかのように動かない。
家の傍には大きめの車道があるのだが、車が走る音も聞こえなくなっている。電車で幸司を見た、あの時と同じだと直感した。
呻き声は、手元のスマホから聞こえてきているようだった。
あの時のように、声は徐々にはっきりと聞こえるようになっていくが、その姿形は見られない。
代わりに黒いモヤがスマホから滲み出すように、俺の右腕へと這い寄ってくる。
スーツの下へと潜り込んでくるそのモヤは氷のように冷たく、じっとりと湿って肌に纏わりついてくるような感覚だった。
「っ、うわあぁ…!」
そのまま皮膚から身体の内側へと染み込んでくるのではないかという錯覚に、一気に鳥肌が立った。思わずスマホを放り出す。
すると、繋がれていた充電器のコードが外れてしまう。幸いにもスマホの画面が割れるようなことにはならなかったが、俺はもうそれに触りたいとは思えなかった。
「…!? 樹、どうしたの…?」
黒いモヤが消え去ると、生活音が戻ってくる。
何事もなかったかのように動いている柚梨の目には、樹が突然叫び出したように見えたらしい。
部屋の空気がやけに重たいように感じられて、一刻も早くこの場から離れたかった。
無言で充電器を拾い上げると、そのまま彼女の腕を引いて部屋から出ることにする。
困惑しながらも、柚梨は素直に後をついてきた。
リビングにいた父親に挨拶を済ませると、俺は逃げるように幸司の家を後にする。
その背中を、幸司の部屋の窓から不気味な黒い影が見下ろしていたことには気づかずに。
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