冥恋アプリ

真霜ナオ

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09:幸司の実家

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 幸司の実家は、俺の最寄り駅から電車で一時間ほどの距離の所にある。
 高校時代にはよく遊びにも行ったし、いつ見ても明るく仲の良い家族だった。遊んでいる時だって、幸司の口からは定期的に家族の話が出たものだ。

 着慣れない下ろしたてのスーツに身を包んで、目的の一軒家の前に辿り着く。
 まさか、こんな形で再びこの家を訪れることになるとは、思ってもみなかった。
 訪問するのは気が重いが、気持ちを引き締めるようにネクタイをきっちりと締め直す。
 同じく喪服を着た柚梨と顔を合わせてから、インターフォンを鳴らした。

 カメラがついているので、来訪者が誰だかわかったのだろう。
 少し間を置いて出てきたのは、見覚えのある幸司の父親だった。最後に会った時よりも、少しやつれているように見える。

「樹くん、柚梨ちゃん……来てくれたのか」

「ご無沙汰してます。この度は……」

「いいよ、堅苦しいのは。どうぞ入って、あの子に会ってやってくれるかい」

 ユーモアがあり、優しい父親というイメージのある人だった。
 その疲弊ひへいした笑顔が今はとても痛々しく、俺たちは頭を下げると、父親の後に続いて家の中へと上がり込んだ。
 綺麗に掃除されていた家の中は、記憶よりも少し荒れているように見える。
 通されたのは居間の横にある六畳ほどの和室で、そこに置かれた仏壇には、笑顔の幸司の写真が飾られていた。
 まだ長さのある線香がゆったりと煙を上げていて、少し前にも来客があったのかもしれない。

 仏壇の前に正座をすると、それぞれに線香をあげて手を合わせた。
 自然と目頭が熱くなり、俺はスーツの袖口で軽く目尻を拭う。柚梨もまた、ハンカチで目元を覆っていた。

「せっかく来てくれたのに、妻が出迎えられなくて申し訳ない。幸司のことがあってから、ほとんど寝たきりになってしまってね」

「いえ、こちらこそ突然お邪魔してしまってすみません」

 突然、あんな形で最愛の一人息子を亡くしたのだ。普通の生活などできるはずもないことは、容易に理解できた。
 こうして気丈に対応をしてくれている父親だって、その心中は母親と大差ないだろう。
 幸司の写真を見つめる父親の表情には覇気がなく、まだ息子の死を現実のものとして実感しきれていないのかもしれない。
 俺だって、すぐには現実を受け入れきれなかったことを思い返す。

「樹くんが幸司を見つけてくれたんだってね、警察の人から聞いたよ」

「あれは、たまたまで……約束があったのに連絡が取れなくて、家まで行ってみたんです。アイツ、そういうトコはちゃんとした奴だったから……」

 遺体の状態に関しては、両親が実際に目にしたかはわからない。
 できることなら、親には見せない方が賢明だと思うだろう。あれが最後に目にする息子の姿だなんて、記憶に残すのはあまりに残酷すぎる。
 けれど、不審死ということもあって、警察から状況などについては聞かされていることだろう。

 ただでさえ、息子を亡くした親の心痛は計り知れない。
 まさか、幸司が怪異によって命を奪われたかもしれないなんて話をすることは、できるはずもなかった。

「……あの、ご迷惑でなければ幸司の部屋を見せてもらえないですか? 実は、アイツに貸したままの物があって……」

「ああ、構わないよ。アパートから荷物を引き取ってそのままだから、散らかっているんだけどね。自由に見てみてくれ」

「ありがとうございます」

 そう言って立ち上がると、柚梨に目配せをして二階にある幸司の部屋へと向かう。
 借りているものがあるというのは、単なる方便だ。幸司の遺したものの中に、何か事件に繋がるようなヒントが無いだろうかと考えていた。

 階段を上がってすぐの扉が幸司の部屋だ。中に入ってみると、フローリングの上にいくつもの段ボールが無造作に積み重ねられていた。
 これらを片付ける気力は、まだ無いのであろうことが窺える。
 部屋に入ることができたはいいが、果たして手がかりになるような何かがあるかはわからなかった。

「何か探すんだよね?」

 柚梨もまた、俺がこの部屋に来た意図をんでくれたらしい。
 頷いて手近な段ボールを開けてみると、中には彼が使っていた教材などが詰め込まれていた。

「ああ、何を探すべきかわからないけど……もしかしたら、何か手掛かりがあるかもしれない。柚梨はそっちの方を探してみてくれるか?」

「わかった」

 同じ場所を探すよりも、手分けをした方が断然早い。俺たちはそれぞれに、目に付いた段ボールを開けては中身を物色し始めた。
 持ち物が多く、幸司の部屋はいつもごちゃっとした印象だった。大学関連のもの以外にも、用途がよくわからないものも少なくない。
 あまり長居すれば怪しまれてしまうだろうが、目当てが何かもわからないまま手当たり次第に探し物をするというのは、なかなかに骨が折れる作業だ。

 そうして十五分ほどいくつかの段ボールを開封していたが、めぼしいものは見つからなかった。
 柚梨も同じようで、段ボールから出した中身を元の場所へと戻しているのが見える。
 無駄足だったかと諦めかけた時、漫画の山の中に埋もれるようにして、黒いスマホが置かれているのを見つけた。
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