冥恋アプリ

真霜ナオ

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12:赤い紙

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 ネットカフェを出た俺たちは、葵衣と初めて待ち合わせをしたカフェに入ることにした。
 移動する間も柚梨は黙り込んだままで、どう見ても様子が普通ではない。
 彼女が何に怯えているのかはわからなかったが、実際にオカルトじみた話が現実味を帯びてきて、怖くなったのではないかなどと考えていた。

 それぞれに注文した飲み物を受け取り口をつける頃には、隣に座る柚梨の様子も少しだけ落ち着いたように見えた。
 葵衣とアイコンタクトを取ってから、できる限り優しい声音で声をかける。

「柚梨……大丈夫か?」

 ホットココアの注がれたカップで両手を温めていた柚梨は、俺の問いに静かに頷く。
 これまでも、オカルト話に怯える柚梨の姿を目にしたことはあった。
 その様子が可愛いと思うこともあったのだが、今回のそれは今までにないほどの怯え方をしていて、明らかに違っている。
 何かを迷うようにも見えた彼女だったが、やがて顔を上げて言葉を紡ぎ始めた。

「……ごめんね、びっくりさせて。あのブログのコメント読んでたら、頭が真っ白になっちゃって……」

 無理に笑顔を作ろうとする柚梨だが、その表情には見るからに不安の色が滲んでいる。
 自分では、普通に笑えているつもりなのかもしれない。
 こんなにも怖がらせてしまうことになるとは、俺も配慮が足りなかったと反省する。

「幸司くんも、葵衣ちゃんのお兄さんも……あのアプリの占いで、赤い紙を引いたってことなんだよね?」

「聞いた話を照らし合わせた限りだけど、多分そう。兄貴と話してた時、確かに赤い紙がどうのって言ってたし。こんなことなら、もっとちゃんと聞いとくんだった」

 噂話や作り話の域を出ないとも思えた。
 それでも、少なくともオカルトに興味を持っていなかった葵衣の兄すらも、その話題を出していたのだ。
 どういう繋がりなのかはわからないが、無関係とは到底思えない。

「幸司も……赤い紙の話はしてなかったけど、幸運の赤い紙って呼ばれてるんなら多分引いたんだと思う」

 肯定する俺と葵衣の言葉に、柚梨の顔色がさらに悪くなったように見える。

「柚梨……手伝いはありがたいけどさ、もし怖くなったんならお前はもう……」

「違うの」

 真実を知りたいとはいえ、こうも怯える柚梨をこれ以上無理に関わらせる理由もない。
 もしも真相がわかったら、その結果だけを伝えてやればいいだろう。
 俺はそう考えてこの件から外れるよう提案しようとしたのだが、それを遮ったのは柚梨自身だった。
 疑問符を浮かべる俺とは正反対に、葵衣は何かに気がついたように目を見開く。

「……もしかして、引いたの?」

「え……引いたって、なに……」

 葵衣の問いの意味が理解できず、聞き返したのは俺だ。
 しかし、当人にはそれだけで伝わったようで、柚梨は肯定するように俯いてしまった。
 黒髪に隠れた横顔からは表情を窺うことはできないが、彼女は震える手で自身のスマホを取り出した。
 何かを操作した後に手渡された画面には、赤い紙の画像が映し出されている。そこには白い色で、短い一文が書かれていた。

『最良の縁が結ばれたし』

 赤い紙に良縁の文字。
 何が起こったのかわからなかった俺でも、事態を察するには十分すぎる情報量だった。

「な……ッ、何で……何でお前がこんなの引いて……!?」

「知らなくて、っ……登録してから、占いだけして遊んでたの。そしたら何日か前にコレが出て……私……ッ」

 震える声で説明する彼女は、涙ぐんでいるのかもしれない。
 まさか命を奪うような恐ろしいものだとは知らずに、いつの間にか柚梨は赤い紙を引いていた。
 恐ろしい出来事を引き起こす発端がそれだと知って、次は自分の番だと察したのだ。

(柚梨まで死ぬ……幸司みたいに……?)

 思わず、俺は恐ろしい想像をしてしまう。
 身近な人間を二人も、あんな形で失いたくない。
 けれど、止める手立てなど本当にあるのだろうか? 今ですら、有力な情報などほとんど得られていないに等しいというのに。

「怯えてらんない。回避できる方法、さっさと見つけないと」

 絶望的な空気を、一蹴いっしゅうしてくれたのは葵衣だった。
 思考がマイナス方面へと傾いてしまった俺とは正反対に、葵衣は明確な目的を見定めていた。
 年下であるはずの彼女の方が、今やるべきことをずっとよくわかっているようだ。
 このままただ待っていても、柚梨が死んでしまうだけなのだ。
 それならば、すぐにでも回避方法を見つけるために動き出したい。

「……ああ、そうだな。少なくともきっかけについてだって、さっきまで知らなかったんだ。確実に前進してる。回避できる方法だって絶対にある」

 柚梨を励ますために、そして自身を鼓舞するために。前向きな言葉を口にする俺に、柚梨も涙を拭うと気丈に頷いて見せる。
 そうでもしなければ、恐怖に飲み込まれて何もできなくなってしまいそうだったのだ。

「ちょっと待ってて、電話してくる」

 俺たちの返答を待たず、葵衣はスマホだけを手に取ると店の外へと足を向ける。
 生意気でマイペースな少女だが、今はその背中がとても頼もしく見えてしまう。
 俺は柚梨の方へ身体を傾けると、様子を窺いながら声を掛けた。

「赤い紙を引いてから、俺みたいに何か見たりしたのか?」

「うん……なんていうか、黒いモヤみたいな、不気味なやつが時々」

 自分にだけ不可解な現象が起こっているのだと思っていたのだが、どうやら柚梨の前にも同じものが現れているようだ。
 そんな素振り、全然見られなかったのに。
 真相を掴もうと必死になるあまり、こんなにも身近な相手の変化に気づくことができなかったのか。

「紙のことはともかく、何でもっと早く言わなかったんだよ」

 何度か話せるような場面はあったはずだし、必要なら電話でも何でも方法はあったのだ。
 ただでさえ怖がりな柚梨が、それらの現象を黙っている理由がわからなかった。

「……最初は、気のせいかなって思ってたんだ。でも、段々はっきり見えるようになって……樹に話そうって思ったんだけど、心配かけたくなくて」

「お前なあ……」

 自分は力になりたいというのに、力にならせてはくれないのかと彼女を責めたくなる。
 けれど、しゅんと項垂れてしまった柚梨の姿を見ていたら、そうすることもできなくなってしまう。
 それに、彼女を責めたところで状況は変わらない。
 心配をかけないようにと行動していたのは、俺も同じなのだから。

「とりあえず、このタイミングで知っておけて良かった。少なくとも原因はわかったんだ、解決法だって俺が絶対見つけてやる」

「うん。……ありがとう、樹」

 親友の死の真相を知りたくて始めたことだったが、今は柚梨の命もかかっている。
 何としてでも死から逃れる方法を見つけてやると、俺は決意を新たにした。
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