冥恋アプリ

真霜ナオ

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13:冥婚と占い

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「……だけど、どうして樹にも変なことが起こるのかな? 樹はあの占い、やってないんだよね?」

「わかんないけど、……何だろうな。警告、とか?」

「警告?」

 柚梨の指摘通り、俺は赤い紙を引き当てるどころか、占い自体をやっていない。ページを開いてすらもいないのだ。
 であるというのに、あの黒いモヤは俺の前に度々現れている。
 その理由は定かではないが、俺には一種の警告のようなものに思えていた。

「今回の事件について調べ始めただろ? たとえば、怪異にとってそれが都合の悪いことで、やめろって警告してるとか」

 あくまで憶測でしかないが、他にそれらしい理由も見つからない。
 これまでにも、不審死事件について調べた人物はきっといたのだろう。
 あのブログの存在が良い例で、もしかすると真相に迫った人間だって、中にはいたのかもしれない。
 それでもネット上に解決法らしきものが見当たらなかったのは、それを見つけることができなかったか、あるいは探った人間が全員いなくなったか。

「警告だっていうなら、樹だって危ないんじゃない?」

 柚梨は、不安と心配を交えたような表情で俺を見る。
 彼女の言う通り、警告なのだとしたら自分にも命の危険はあるかもしれない。
 というより、何度も怪異が見えている以上、その可能性が高いと考えておいた方が良いのだろう。

「……かもな。けど、お前が危ない時は俺が助けるんだろ?」

「……!」

 こんなことになるとは想像もしていなかった、二人で家路を歩んでいた晩に柚梨が言った言葉だ。
 俺は今、その言葉を守りたいと強く思っていた。
 恐怖が無いといえば大きな嘘になる。幸司の死に様を直接目の当たりにしているのだ。
 自分もあんな死に方をするかもしれないと考えると、それだけで膝が震える。
 それでも、親友を失った上にまさに死の危機に直面している彼女を放り出して、平気な顔をしていられるような人間にはなりたくなかった。

「ゴホン!」

 突然の咳払いに、驚いた俺たちは揃ってそちらを向く。
 席を離れていた葵衣が、いつの間にか戻ってきていたのだ。その隣には、丈介の姿もあった。

「イチャついてるトコ悪いんだけど、新しい情報入ったんで聞いてもらっていい?」

「い、イチャついてたわけじゃねーって!」

 慌てて弁明する俺のことはスルーして、二人は向かいの席に座る。
 丈介は初対面の柚梨に軽く挨拶をした後で、店員を呼んで注文をしていた。どうやら今日はショートケーキを食べるようだ。

「それで、新しい情報って?」

 注文を終えたところで、待ちきれず俺は質問を投げる。
 葵衣が一瞥いちべつをくれると、丈介は頷いて取り出したスマホの画面を操作する。
 目的のページを見つけたらしい彼は、こちらに向けてそれを差し出した。

「オメェらがネカフェ行ってる間、コッチじゃ冥婚について調べてた」

「冥婚って……死んだ人間と生きた人間を結婚させるって話してたアレですか?」

 葵衣たちと、初めてカフェで話した時のことを思い出す。
 別名では冥恋アプリと呼ばれているという話もしていた。やはり、実際に何か関係があったのだろうか?
 丈介のスマホに表示されていたのは、冥婚という習俗に関するネット記事のようだった。

「ああ、んで葵衣からそっちの話も聞いて確信した。占いで出た赤い紙っつーのは、台湾の紅包ホンバオってヤツになぞらえてんだと思う」

 聞き慣れない名前に首を傾げながらも、記事に目を通してみると、そこには台湾での冥婚に関する詳細も記載されていた。
 冥婚の習俗があるという国は複数あり、中でも台湾では、冥婚の際に紅包ホンバオと呼ばれる赤い封筒を使用するという。
 本来は祝儀袋などとして使用されるものであるが、冥婚の場合にはこの紅包ホンバオを遺族が道端に置くのだ。
 それを拾う者が現れると、遺族によって死者との結婚を強要されるのだという。

「結婚すんのには、死んだ人間に選ばれる必要があるんだとよ。その方法が占いだっつー話だ」

 記事に書かれた通りであるとするならば、アプリの占いで赤い紙が出た人間は、死者に選ばれた人間だということになる。
 確かに、現実での冥婚のやり方に酷似しているように思えた。

「で、こっからが本題だ。今は廃村になってるが、山形の方に、この冥婚に似た風習があったっつー村があるらしい」

 運ばれてきたケーキを大口で頬張りながら、丈介は太い指で器用に別のページを開く。
 解像度の荒いモノクロの記事でわかりづらいが、そこにはとある村について取材された内容が書かれているようだった。

「そこじゃ紅包ホンバオじゃなく、『ムカサリ絵馬』っつー絵馬の奉納をしてたんだとよ」

「ネットじゃここまでが限界だし、手っ取り早くその村に行ってみない?」

「……!」

 廃村になっているというのだから、住んでいる人間はいないだろう。
 それでも、実際に冥婚の風習があったという村ならば、何かしらの手がかりを掴むこともできるかもしれない。あわよくば、解決するための方法も。
 希望が見えてきたように思えて、俺は柚梨と顔を見合わせる。

「こっからだと五~六時間くらいだな。行くっつーなら車はオレが出してやる」

「行きます!」

 俺は即答した。
 柚梨に残されている猶予があとどのくらいなのか、それがわからない以上は少しでも早く行動できる方がいい。行かないという選択肢など無かった。

「じゃあ決まりだね。つっても、準備は必要だから明日の朝イチ。駅前集合ってことで」

「念のため、連絡はいつでも取れるようにしとけよ」

 そうして俺たちは一度解散し、俺は柚梨と共に帰路につくことになった。
 電車を乗り継いで最寄り駅に到着すると、方角が違うのでその場で別れることになる。

「……送ってこうか?」

 普段は何も考えずに別れているのに、今日はやけに離れがたい。
 それは彼女が不安そうにしていることもあるだろうし、一人にしてしまうのが恐ろしくも感じられたからだ。
 自分を見上げる大きな瞳が、少しだけ揺れているように見えた。

「……ねえ、樹。もし……もしもね、解決する方法が見つけられなくて、私が……」

「バカ! なに弱気なこと言ってんだ、絶対見つけるって言っただろ」

 その先に続く言葉を聞きたくなくて、俺は咄嗟に声を荒げる。
 柚梨は一瞬泣きそうな顔をした後に、くしゃりと歪んだ笑顔を浮かべた。

「……そうだね……うん、樹のこと信じてる」

 俺のコートの袖を掴む細い指先は、小刻みに震えていた。それが寒さからくるものではないことはわかっている。
 今すぐに、彼女を抱き締めたいと思った。
 そうしない代わりに柚梨の手を取ると、俺は自分の両手でその小さな手を包み込む。

「お前との約束、破ったことないだろ?」

「……あるよ。公園で鬼ごっこしようって言ったのに、学校でずっとサッカーしてた」

「それは……小学生の時の話だろ」

 思わぬ反撃に格好がつかないと、俺は視線を泳がせる。
 けれど、そんな俺の様子を見た柚梨の表情には、自然な笑みが戻っていた。
 握った時には冷え切っていた指先は、少しだけ体温を取り戻しているようだ。

「明日、寝坊しないでね」

「しないっての。お前こそ、寝坊したら置いてくからな」

 そんな軽口を叩き合いながら、日が暮れる前に俺は柚梨と別れる。
 家に着くまでの間も、握っていた小さな手の感触はずっと残ったままだった。
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