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18:スマートフォン
しおりを挟む何度かコールが鳴った後に、繋がった先は葵衣のスマホだ。
走りながらなので音が聞き取りにくいが、賑やかな音が聞こえてくるのがわかる。
『もしもし、樹? 何か忘れ物でもした?』
応答した葵衣は、電話の理由がわからず見当違いの問いを投げてくる。
当然だろう。俺だってほんの少し前までは、もうすべてが終わったと思っていたのだから。
「葵衣、ダメだった……! まだ追われてる!」
『……ハァ!? 冗談でしょ!?』
「こんな冗談言うために電話するか!」
信じられないと言いたげな葵衣だったが、息を切らしながらの俺の必死な声色に、ようやく怪異がまだ続いていることを理解したようだ。
通話口の向こうで何かを話しているようで、恐らく丈介も一緒にいるのだろう。
咄嗟に駆け出したのはいいが、目的もなくただ走り続けるのには限界があると思った。
そうかといって、再びあの怪異と対峙しても追い払う術を俺は持っていない。
このまま怪異と出くわすようなことになれば、今度こそ柚梨が連れて行かれてしまうかもしれないのだ。
「何でもいい、何かないか!? 回避できそうな方法!」
『何かって言われたって……!』
そんな方法があるのなら、最初から試しているだろう。その何かがあの身代わり人形だったのだから。
わかってはいるが、今は葵衣の知恵に頼るしか方法が見つからない。柚梨の走る足がもつれそうになり、俺たちは一度立ち止まる。
全力疾走したというのに、彼女のスマホを確認すると、相手との距離は開くどころか着実に縮まっていた。
『何か……っ、お祓い……! もうアタシらじゃどうにもできないし、悪霊の類ならお祓いしてもらえばもしか……』
「葵衣……っ?」
スマホの向こうで話していた葵衣の声が、不自然に途切れる。呼びかけてみるが応答はない。
代わりにあの呻き声が鼓膜を揺らして、俺は即座に通話を切った。
助けを乞おうとする俺のことを、怪異が妨害してきたのだ。それほどまでに本気で、柚梨を手に入れようとしているのか。
「お祓い……」
そんなもの、当然したことがない。
電話がダメならと文字での連絡を試みるのだが、何度やってもトークルームには『送信できませんでした』と表示されてしまう。
電波は問題なく通っているというのに、これは明らかな妨害だった。
「葵衣ちゃんと、連絡つかないの?」
「ああ、途中で切られちまった……多分、妨害されてるんだ」
「そんな……」
頼みの綱だった葵衣たちとの連絡が取れないことに、柚梨の表情が不安の色を増す。
こうしている間にも、怪異はどんどん俺たちに近づいてきている。それは、GPSを確認するまでもなく明らかだった。
「とにかく、移動するしかない。隠れる場所を見つけられれば、少しは時間を稼げるかもしれないし」
どこかに身を潜めたところで、怪異が見逃してくれるとは思っていない。
けれど、それで少しでも時間を稼ぐことができるなら、その間に解決のための糸口を見つけることができるかもしれないと考えた。
(いや、かもしれないじゃダメだ……! 絶対に助かる方法を見つけないと、柚梨が……!)
正しい方法を見つけられなかったからと、何度もやり直すことができるわけじゃない。
柚梨の命が懸かっている以上、俺は絶対に失敗するわけにはいかないのだ。
そのためには、この場に留まり続けることが一番悪手だろう。そう思った俺は、再び彼女の手を取って移動を開始した。
幸いなことに、マップは詳細な位置まで把握できるわけではない。
相手が生きた人間ではないので、俺たちと同じ条件で近づいてきているのかはわからないが。
それでも、見えている範囲が同じだと仮定するなら、ハートが示す範囲内のどの場所にいるかまでは特定できない可能性もある。
GPSを消すことができないのであれば、そうして身を隠しながら、少しずつ場所を移動していくしかないだろう。
「……!」
そこまで考えて、俺はあることに気がつく。
隠れる場所を見つけると言ったその足を止めると、柚梨が不安そうな声を出す。どこかに行くものと思っていただろうから、当然の反応だろう。
だが、俺は根本的な問題を見落としているのではないかと思い至ったのだ。
「……柚梨。もしかしたら、怪異から逃れられるかもしれない」
「えっ……!?」
まさか、助かる方法を思いついたなんて予想もしていなかったのだろう。
柚梨は困惑している様子だが、俺は彼女に向き合うと、顔の横へと自分のスマホを掲げて見せた。
「怪異が俺たちの居場所を突き止めているのは、スマホが原因なんじゃないか?」
「……どういうこと?」
「GPSでマップが表示されただろ? それで思ったんだけど、俺たちは常にスマホを携帯して行動してる。アプリのインストールされたこのスマホを持ってることで、怪異に居場所を知らせることになってるんじゃないか?」
「……!」
そう、俺たちはいつだってスマホを持ち歩いていた。日頃から、それが当たり前のものとなっていたからだ。
だからこそ、当然のことすぎて気がつくのが遅れてしまった。
電車や幸司の実家、車に乗っていた時や廃村を訪れた時だって、スマホはいつでも俺たちの手元にあったのだ。
そしてその中には、アンインストールすることのできないアプリが入っている。
俺たちは意図せずして、怪異に居場所を知らせながら歩いていたのではないだろうか?
「つまり、スマホを手放せば……怪異は私たちのことを追いかけられなくなるってこと?」
「そう……だと思う。アプリを消せないってことは、消されたら困るからだろ? 何もない状態で追いかけてくることができるなら、アプリが消えたって問題ないはずなんだ」
これは俺の推論でしかなかったが、今はその可能性を信じたい。
こうしている間にも、柚梨のスマホに表示されたマップの中では、二つのハートが今にも重なりそうになっているのだ。
考えている時間はない。そう思った俺は、自分の持っていたスマホを、コンクリートの地面に向けて思い切り叩きつけた。
「きゃっ……!」
驚いた柚梨が悲鳴を上げるが、衝撃を受けた俺のスマホは画面が粉々になっている。
拾い上げてその電源ボタンを押しても、真っ暗なままの画面が変わることはなかった。
「柚梨!」
俺は促すように彼女の名前を呼ぶ。
スマホの中には、大事なデータがたくさん詰まっていることだろう。けれど、今はそのデータと自分の命を天秤にかけている場合ではないのだ。
柚梨もそれをわかっているようで、意を決したように頷くと、俺と同じようにスマホを地面に叩きつけた。
しかし、彼女の力では威力が足りなかったのだろう。画面がヒビだらけになったものの、まだ電源は落ち切っていない。
そんな俺たちの背後から、不自然なほどの冷たい風が吹きつけてくるのがわかった。
振り返るまでもない。そこには間違いなく、あの黒いモヤを纏った人影が立っているのだろう。
とうとう、俺たちのところまで追いついてきてしまったのだ。
「やだ、どうしよう樹……!?」
「退いてろ!!」
俺は柚梨を背後に庇うように移動させると、地面に落ちたスマホを、力いっぱい踏みつけた。
何度も何度も、がむしゃらになってスマホを壊そうとする。
足元がどうなっているかだなんて、俺の目にはもう見えていなかった。
「樹……! 樹ってば!!」
「ッ……!」
俺を呼ぶ柚梨の声に、ハッとして動きを止める。
彼女は声を掛けても反応しない俺の腕を掴んで、現実に引き戻してくれたようだ。
スマホを踏みつけていた足をゆっくり持ち上げると、その下にあったスマホだったものは、原形を留めていないほどの状態になっていた。
当然、電源などもう二度と入りそうにない。
同時に、周囲に視線をやると、迫っていたはずの影も見当たらなかった。
どうやら、俺の予想は当たっていたようだ。スマホが使えなくなったことで、あの怪異も俺たちに近づくことができなくなったのだろう。
安心感から思わずその場に崩れ落ちそうになるが、柚梨がいる手前、どうにか堪えることができた。
「……また、助けられちゃったね」
「いや、正直思い付きだったけど……正解だったみたいで良かった」
葵衣に連絡をしなければ。
そう思ってポケットを探ったところで、たった今スマホを壊したばかりだと思い出す。
そんな俺の行動を見た柚梨と、顔を見合わせて笑ってしまった。
今度こそ、本当に怪異を追い払うことができたのだ。
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