25 / 34
23:お祓い
しおりを挟む丈介の申し出もあって、金銭的な心配をする必要も無くなった。――もちろん柚梨はそのままにはしないだろうし、返済は俺も協力するつもりだ。
お祓いに必要な道具を揃えるということで、呪離安凪と事務の男性が離席している間、彼らを待つことにする。
「お祓いって、どんなことするんだろうな?」
「やっぱり、心霊番組とかで観るようなやつなんじゃないの? 白いバサバサしたやつ使ってさ」
白いバサバサというのは、大麻のことだろうか?
だが、葵衣の言う通り、確かにそういった道具を使って悪いものを祓うイメージはある。
実際にお祓いをしているところなんて、テレビでくらいしか目にする機会もないだろう。
どのような形であったとしても、怪異が消えてくれるのなら何でもいい。柚梨にとっても、その思いは同じなのだろうと思う。
どうにか緊張を解そうと会話を続けるのだが、彼女の表情から硬さは抜けないままだった。
「お・待・た・せ。それじゃあ、お祓いを始めようかしらね!」
三十分ほどして戻ってきた呪離安凪は、派手なショッキングピンクのドレスに身を包んでいた。
俺はあんぐりと開いてしまった口を慌てて閉じつつ、それとなく葵衣と目を合わせる。
あれが呪離安凪の正装なのかもしれないが、あまりにも予想外の格好に、思考が停止しかけたのはどうやら俺だけではないようで安心した。
「柚梨ちゃん、この魔法陣の中心に立ってくれるかしら?」
「は、はい……!」
しかし、柚梨はそんな衣装を気に掛けている余裕もないようだ。
建物の外に移動させられた俺たちは、地面の上に大きな魔法陣が描かれているのを見つける。学校の校庭に線を引く時の、石灰で描かれたのだろうか?
その中央に立たされた柚梨の姿を、俺たちは邪魔にならないよう遠巻きに見守る。
「呪離安凪さん、私はどうしたらいいでしょうか?」
「アナタはそこに立っているだけでいいわ。だけど、何があっても絶対に声を出さないで頂戴」
「声を出したら、どうなるんですか……?」
呪離安凪の言葉に、気になった俺は思わず質問をぶつける。
鋭い視線をこちらに向けた呪離安凪は、左右に首を振ってそれ以上を語ろうとはしなかった。
どうなるかはわからないが、良い結果にならないことだけは確かなようだ。
トートバッグを手にしていた呪離安凪は、その中から取り出した大きな数珠を首にかける。
次に取り出されたのは、『白いバサバサしたやつ』のついた、大麻だった。
(ほ、ホントにあれ使うのか……!?)
心の中で思わずツッコミを入れてしまった俺だが、葵衣も同じく俺と同じツッコミを入れているのがわかる。
こんな時だというのに、思わず笑ってはいけない番組のような状況になってしまったことに、俺は奥歯を噛み締めた。
「オイ、始まるみてェだぞ」
俺と葵衣の意識が逸れていることに気がついたのだろう。声を掛けてくれた丈介の言葉に、再び柚梨の方を見る。
魔法陣の枠の外から彼女の対面に立った呪離安凪は、頭上から大麻を振り下ろす。
途端に、場の空気が変わったのがわかった。
「これより、祓いの儀式を始めます」
柚梨は、自身の胸元で祈るように両手を重ね合わせている。
本当は傍にいてやりたいが、そうできない歯痒さを抱えたまま、儀式が開始された。
呪離安凪は、規則的に大麻を振りながら魔法陣の周りをゆっくりと歩き始める。
時折何かを払い除けるように、『ハァッ!』『ハイッ!』などと声を上げているのが聞こえるが、今のところ変化は見られない。
心霊番組だと、段々と柚梨の様子がおかしくなって、苦しみ出したりするのが定番だろう。
だが、彼女は表情こそ不安そうにしているものの、特に変わりはない。
「……なあ、まさかとは思うけど、詐欺ってことはないよな?」
「無いと思うけど……でも、アタシたちじゃ何してんのかわかんないよね」
俺はできる限り控えめな声音で、葵衣に話しかける。
否定こそするが彼女もまた、心のどこかでは呪離安凪が偽者である可能性を疑っているのではないだろうか?
同じく会話が聞こえているはずの丈介も否定を挟んでこないところを見ると、気持ちは同じなのかもしれない。
そんなことを話しながら、柚梨の方から気を逸らしていた時だった。
「こ……っ、これは……!?」
驚きの声を上げたのは、呪離安凪だ。
何事かと思ってそちらを見ると、魔法陣の周囲にいくつもの小さな黒いモヤが出現していたのだ。
間違いなくあの怪異だと、俺は直感した。
咄嗟に駆け寄ろうとした俺を制止したのは、丈介の腕だった。
そうだ、今はお祓いをしてもらっている最中なのだ。それによく見ると、あのモヤは魔法陣の中には入ることができずにいるように見える。
これはつまり、呪離安凪には本当に悪霊を祓う力があるということなのだろう。
(疑ってすいません……!)
俺は心の中で呪離安凪に謝罪をしながら、次に彼女がどうするのかを見る。
モヤが出現したことに驚いていた呪離安凪だが、彼女は首にかけていた数珠を大麻の持ち手の部分に巻き付けていく。
再びそれを振り上げてモヤに向かって振り払う仕草を見せると、驚くことにモヤのひとつが姿を消したのだ。
それはつまり、彼女がモヤのひとつを祓うことに成功したということではないだろうか?
「イケる……! 呪離安凪さんならあの怪異を祓えるぞ……!」
「うん、今消えたよね……!?」
「ああ、間違いなく消えてた!」
俺だけではなく、葵衣の目にもその様子を捉えることができていたようだ。
これまであんな風に怪異が消えることはなかったのだ。呪離安凪に任せておけば上手くいくと感じていた。
だが、俺たちの期待に反して、物事はそう上手く運んではくれなかった。
「ッ……! 抵抗するのはおよしなさい……!」
散らばったモヤをひとつずつ順調に祓っていると思われた呪離安凪が、不意に足を止めたのだ。
目の前を見えない何かに阻まれているように、前のめりの姿勢のまま、彼女はそれ以上を進むことができないらしい。
そうするうちに、大麻の白い紙の端が、じわじわと黒く染まり始めたのが見える。
まるで染みが広がっていくように、それはやがて持ち手の部分にまで侵食していく。
「クッ……!」
その染みが手元に迫る前に、呪離安凪は大麻を手放した。
やがて真っ黒になった大麻は、徐々に形が崩れていき、地面の上で黒い液体となってしまったのだ。
液体の中に残った数珠もまた、黒に侵食されていっている。
「あっ、呪離安凪さん……!」
そちらに気を取られているうちに、いつの間にか呪離安凪の周りを、巨大な黒いモヤが取り囲んでいた。
祓うための道具を失った彼女は、そのモヤに手をかざしながら何かを唱えている。
けれど、モヤはゆっくりと一塊になっていき、人の形へと変化していったのだ。
そのまま大きな口を開けたかと思うと、人影はそこから黒い液体を噴射する。
それを正面から浴びせられた呪離安凪は、苦しそうな呻き声を上げながらその場に倒れ込んでしまった。
「っ……!」
その光景を目の前で見ていた柚梨は、彼女に駆け寄ろうとしたのだが、魔法陣を踏み越える直前で立ち止まる。
息も絶え絶えの呪離安凪が、柚梨を見て首を振ったのだ。
魔法陣から出てはいけない。そう言おうとしているのが理解できた。
黒い影は次いで柚梨の方へと、同じ黒い液体を吐き出していく。
だが、見えない壁が盾となるようにそれを受け止め、柚梨まで液体が届くことはなかった。
暫く魔法陣の周りをウロウロとしていた影は、柚梨のところまで行けないとわかったのだろう。そのまま姿を消していった。
「呪離安凪さん……!」
俺はその場を駆け出して、倒れ込んだままの呪離安凪のもとへ行く。
辛うじて呼吸はしているようだが、呼びかけても意識が無い。
柚梨は涙を流しながら、魔法陣の中に座り込んでしまっていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる