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22:呪離安凪
しおりを挟む丈介の運転で移動した俺たちは、数時間後に目的地へと無事に到着していた。
道中でまた何かが起こるのではないかと密かに身構えていたのだが、特にあの黒いモヤが出てくるようなこともなく、胸を撫で下ろす。
怪しげなホームページを見た後だったので、同じく怪しげな館が建てられているのではないかと考えていたのだが。
「ここが……呪離安凪の館か?」
周囲を木々に囲まれた、広々とした空き地の真ん中にあったのは、二階建てのユニットハウスだった。
真っ白な外壁は清潔さを感じさせ、どこにも胡散臭さは見当たらない。
入り口らしき所まで近づいてみると、確かに「呪離安凪の館」という小さな表札がぶら下げられていた。
「ここ……ホントに儲かってんのかしら」
「コラ、中の人に聞こえたらどうすんだ」
漏れた葵衣の本音に慌てて釘を刺すが、正直に言えば俺も同じ感想を抱いていた。
多くの依頼者がいてそれなりの報酬も得ているのであれば、もっと家賃の高そうな所に住んでいてもおかしくなさそうなのに。
そう思っていた時、突然扉が開いて中から人が出てきた。
「……河瀬さんですか?」
「えっ!? あっ、ハイ!」
「どうぞ、中にお入りください」
対応してくれたのは、どこか覇気のない男性だ。
声に聞き覚えがあると思ったが、どうやら電話口で対応してくれたのは彼のようだった。
このまま帰るわけにもいかないので、俺は恐る恐る建物の中へと足を踏み入れた。
室内に置かれた家具は最低限で、個人経営の事務所といった感じがする。
他に人は見当たらず、ソファーに案内された俺たちはそれぞれに腰を下ろした。
お茶を用意してくれている彼の背中を見ていたのだが、何やら大きな足音が響いてくる。
その正体はすぐに判明した。
「お待たせしたわね! ワタクシに悪霊を祓ってほしいというのは、一体どなたかしら?」
それは紛れもなく、あの写真と同じ人物、呪離安凪だった。
二階から降りてきた彼女は、俺たち四人の顔を見回してから、向かいにあるソファーに豪快に座る。
ソファーが悲鳴を上げたように聞こえて、思わず視線が泳いでしまう。
「もしかして、アナタかしら? ヤダ、とってもイイ男ね。アナタにならサービスしちゃうわ!」
「いや、オレじゃなくてこっちの彼女」
呪離安凪が目を付けたのは丈介だった。
身を乗り出して彼の方を見る呪離安凪だが、丈介は動じることもなく柚梨の方を示す。
あからさまに残念そうな顔をした呪離安凪は、再びソファーにその身を沈めた。
「あらそう、残念ね。……で、ワタクシに依頼をしたいというなら、まずは話を聞かせてもらうわ」
「はい、えっと……始まりは、私と彼の友人でした」
そうして、柚梨はこれまでの経緯を順序立てて説明していく。
時々俺も補足を挟みながら、わかりやすいようアプリを見せたりして、呪離安凪に状況を把握してもらうことに努めた。
祓い師ならば、俺たちの状況なんて把握できているのではないのか?
そう思った俺の疑問を解消するように、呪離安凪は祓い師というものについて説明をする。
「ワタクシができるのは、あくまで悪霊を祓うこと。透視の能力があるわけじゃないのよ。だからまずは依頼者から説明を聞いて、どんな悪霊が憑いているのかを見極める必要があるの」
「なるほど。……あの、呪離安凪さんが祓えない悪霊とかって、いたりするんですか?」
これは、俺が一番危惧していた部分でもある。
いくら彼女が有能な祓い師だったとしても、すべての悪霊に対応できるわけではないのかもしれない。
もしも俺たちに付きまとう怪異が彼女の専門外だったなら、ここに来た意味も無くなってしまうのだ。
「フフ、心配ご無用よ。ワタクシに祓えないものなんて存在しないの。その悪霊に応じた準備をきちんとして挑めば、すぐにでもアナタは恐怖から解放されるわ」
「本当ですか……!?」
その言葉を聞いて、希望を抱いたのは柚梨だ。
呪離安凪がはっきりと断言してくれたことで、彼女のもとにいれば安全なのだと感じたのだろう。
俺もまた、これ以上手段が見つからないと思っていただけに、最後の希望となり得る彼女に期待が高まる。
「……それはそうと、アナタたち。報酬はきちんと支払える能力があるのかしら?」
「報酬って、どのくらいかかるんですか?」
残る懸念材料といえば、そんな現実的な問題だった。
多くの依頼が殺到するような、腕の立つ祓い師なのだ。それなりの金額を覚悟してはいるが、俺たちは所詮まだ学生の身である。
親に説明をしようにも、どう考えても怪しい用途だと判断されてしまうだろう。
「とりあえず、祓うための準備に必要な道具代と、あとは時間制で変わってくるわね」
「時間制ですか?」
「悪霊の強さに応じて、祓うためにかかる時間も変わってくるのよ。数分で終わる場合もあるし、長いと泊まりがけなんてこともあるわ」
「平均的な見積額はこのくらいです」
「!?」
そういって、誓約書と共に事務員らしき男性が出してくれた見積書には、俺が予想していたよりもゼロがひとつ多い数字が記載されていた。
それを見た柚梨も、恐怖とは違った意味で青ざめているのがわかる。
こんな金額、親に借りられるわけがない。かといって、今からバイトをしても間に合わない。
せっかく希望が見えてきたというのに、財力不足で諦めなければならないのか。
「金なら心配いらねェ。オレがどうにかしてやる」
「ッ……丈介さん!?」
そんな時、思いがけない申し出をしてくれたのは、丈介だった。
柚梨だけでなく葵衣もまた、そんな彼の発言は予想外だったのだろう。三人で目を丸くしながら、丈介の方を見る。
「アラ、頼もしいじゃない。やっぱりイイ男ね」
「丈介さん、ダメです……! これは私のことなのに、これまでたくさんお世話になって、そんな風にお金まで出してもらうことはできません!」
柚梨がその申し出を断ろうとするのも無理はない。
丈介とは、共に非現実的な体験をした仲だとはいっても、出会ってからの時間はそれほど長くない。
すぐに返すあてができるような額でもない、そんな金を彼に負担してもらうだけの理由が無いのだから。
しかし、俺たちの様子を気にすることもなく、丈介はあろうことか誓約書にサインをしてしまったのだ。
「丈介さん……!?」
「心配すんな。払えなくたって催促したりしねェよ」
「そういう問題じゃありません!」
丈介がここまでする義理はないというのに、なぜそうまでして力を貸してくれるのか。
顔の傷を指先でなぞった彼の口元には、笑みすら浮かんでいた。
「これはな、オレの問題でもあるんだよ。オメェらのダチと同じ、オレは自分のダチを助けてやることができなかった。金で救える命があるっつーなら、出さない理由がねェんだよ」
「丈介さん……」
彼もまた俺と同じように、怪異で友人を亡くしているのだ。
俺たちが思う以上に、丈介にとって葵衣の兄は、大切な存在だったのかもしれない。
むしろ、そうでなければここまでして、真相を突き止めようとはしていないだろう。
「金は出してやる。代わりに、ぜってー生き延びることが条件だ。いいな?」
「……はい!」
丈介の気持ちを汲んだ柚梨は、それ以上彼に抗議しようとはしなかった。
彼の厚意を無駄にしないためにも、何としてでも柚梨を怪異から救わなければならない。
その準備が今、整ったのだ。
「決まりみたいね。それじゃあ、準備を始めようかしら」
「よろしくお願いします……!」
こうして呪離安凪との契約を成立させた俺たちは、いよいよ怪異と対峙することになったのだった。
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