最終死発電車

真霜ナオ

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10:本性

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「ッ……どういう意味だ?」

 福村の指摘に、僕の心臓はドクリと音を立てて跳ねる。

「一ノ瀬を化け物の口の中に飛び込ませたのはお前だ。俺たちが雛橋さんを殺したって言うなら、お前だって同罪だろ」

「な……」

 確かに僕は、恐怖に足を竦ませている一ノ瀬に、急かす言葉を投げかけた。
 意を決して走り出した一ノ瀬が、化け物に食べられてしまった光景を思い出す。化け物の体内から聞こえる悲鳴が、耳に届いた気がした。

「それは違うだろ」

 僕が口を開くより先に、真っ先に否定したのは喜多川だった。顔を見ると、眉尻を吊り上げてムッとした表情を浮かべている。

「私も違うと思う。あの状況じゃ、一ノ瀬さんは一人で取り残されることになってた。後ろの車両にも戻れずに、化け物と二人きりになったらどのみち後が無かったよ」

「そうだよ。8両目に雛橋さんを押し込んで、扉を開けることもさせなかったお前らと清瀬を一緒にすんな」

「喜多川……高月さん……」

「わ、わたしだってそうしたくてやったわけではない! 扉を開けないことで、お前らを守ってやったんだぞ!?」

「物は言いようですね」

 さすがに分が悪いと思ったのか、慌てて弁明を図る店長だったが、高月さんはそれを冷たく突き放す。他のメンバーも、誰一人それを庇おうとしない。

「だっ……大体、扉を閉めたのはわたしじゃなく福村だ! 一ノ瀬を殺したのは福村だ!!」

「は……? 店長、そりゃないですよ。俺は店長が閉めろって言うから……」

「黙れ!! 幼稚園児だって物事の判断くらい自分の頭でできるだろう!?」

 残された仲間同士だったはずの福村を、自身の保身のために店長はあっさり切り捨てた。
 その行動が誰の目にも好意的に映るはずはないというのに、店長はそんな判断すらできなくなっているらしい。

 普段は金魚のフンのように店長のご機嫌取りをしている福村も、こうなってくると話は別のようだ。

「……黙ってりゃ好き勝手言いやがって、一人じゃなにもできねえクソジジイがよ」

「なっ……!? き、貴様! 年上に向かってその口のきき方はなんだ!?」

「うっせーな、こんなわけわかんねえ状況で年もクソもあるか」

「あーあ、とうとう本性出ちゃったねぇ。修羅場だ~」

 店長は顔を真っ赤にして怒り狂っているが、福村の性格の悪さを知らなかったのは、おそらく彼だけなのだろう。

 間宮さんは、言い争う二人に向けてスマホを構えている。前の車両でも思ったが、この人はこんな状況だというのに平然としているのが不思議だ。

「ほら~、すみちゃん。あんまり騒いでると、さっきの怖いやつ来ちゃうよ?」

「…………ん?」

 撮影を続けながら二人に向けて声を掛けているらしい間宮さんに、違和感を覚える。
 かなり親しげな呼びかけをしているような気がしたが、聞き間違いでなければ、『墨ちゃん』と呼んだのだろうか?

 福村の下の名前は透だ。現に、福村自身も怪訝な顔をして間宮さんの方を見ている。

「ばっ、バカもんが! 外でその呼び方をするなとあれほど……!!」

 そんな疑問は、店長の反応によってあっという間に解消されていく。

「い~じゃん、こんな状況なんだし。いまさら隠すようなことでもないでしょ、墨ちゃん♡」

「だから呼ぶなと言ってるだろうが!! ちょっと待て、なにを撮ってるんだ……!?」

「え~? 記念撮影だよ」

「ふざけるな!! 寄越せ!!」

 そういえば、澤部店長の下の名前は墨彦だった。
 興味もないので今まで考えたこともなかったが、この二人はそういう関係だったのか。

 周りのメンバーもどうやら知らなかったらしく、なんとも言い難い視線を向けているのがわかる。
 一方の店長は、怒りとは別の意味で顔を真っ赤にしながら、間宮さんのスマホを奪い取ろうとしている。

「あっ……! チャルのスマホが……!」

 店長が勢いよく奪い取ろうとしたスマホが、手にぶつかって宙を舞う。
 そのまま誰にも受け止められずに落下したそれは、床の上を滑って僕の足元まで辿り着いた。

「き、清瀬! それをわたしに寄越せ!!」

「ダメ~、チャルのスマホなんだから!」

「あの……」

 ひとまずスマホを拾い上げた僕は、取り返そうと迫りくる二人に思わず後ずさる。
 こんなことをしている場合ではないと思った時、車内にまたしてもアナウンスの声が響いた。

『次は、衆合しゅごう駅。次は、衆合しゅごう駅。お出口は左側です』

 少しだけ緩みかけていた場の空気が、一気に凍りついたような気がする。
 呑気にスマホの奪い合いをしている時間はない。僕たちは一刻も早く、この電車を止めなければならないのだから。

「清瀬先輩……次の駅、着いちゃいますね……」

「言い争うのは一旦やめにしましょう。早く行かないと、また化け物が出てくるかもしれない」

「5両分なら、走っていけばすぐなんじゃないか?」

「そうできればいいけど、全部の車両が安全だって保障はない。なるべく急ぎたいけど……」

「まずは先に行きましょう、話してる時間がもったいない」

「そうですね」

 こんな状況下では、あらゆるリスクを想定しなければならないだろう。
 走って先頭車両に辿り着けるなら、それが一番いいのは間違いないのだ。ただ、貫通扉を開けた先に危険がないとも限らない。

 少なくとも、この車両の中に危険は無いように見える。そう判断した僕は、5両目に向けて移動を始めたのだが。

「うわあっ!?」

「きゃああッ!!」

 電車が『キキキキーーッ!!!!』という耳障りな音と共に急ブレーキをかけたことで、身体が大きく傾く。
 僕は辛うじて手すりに掴まることができたものの、高月さんは座席の上に投げ飛ばされ、店長たちは床の上に転がっている。

 急停車した電車の中で、全員がバラバラの位置に倒れていた。

「痛った……なんなんだよ、急に……」

「あっ、梨本さん。額から血が出てますよ……!」

「……平気だ」

 比較的ダメージが少なかったらしい高月さんが、視線の先にいた梨本さんの変化に目を遣る。
 見てみれば、どうやら転んだ拍子に座席の足元の角に、額をぶつけてしまったらしい。

 額から鼻の辺りにかけて赤い血が伝い落ちていたのだが、梨本さんは心配してくれる高月さんに背を向けて、ダウンジャケットの袖で額を拭っていた。

 せっかく高月さんが心配してくれているのに、本当に人と関わるのが嫌いな人なのか。

「もうやだ……あたし、ここに残りたい……」

「ダメだよ、桧野さん。一緒に行かなきゃ」

「あたしたち、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんですか……!?」

 床の上に寝そべったままの桧野さんが、鼻を啜りながら泣き言を漏らし始める。
 恐ろしい目にも遭って、痛い思いもして、彼女のキャパシティはもう限界なのかもしれない。

「それはみんな思ってるよ。だけど、残るのは危険だと思う」

「高月先輩、どうしてそんなことがわかるんですか?」

「最後尾……8両目に戻ろうとした時、車両が飲み込まれてたって言ってたでしょ? それが8両目だけじゃなかった場合、この車両だっていずれは同じように飲み込まれるかもしれない」

「ですね、7両目の化け物が静かになった原因もそれかもしれないし。先に進む方がいい」

「……ごめん、なさい」

 確証はなかったが、可能性のひとつとして挙げたそれを桧野さんは理解してくれたらしい。
 高月さんと共に彼女を助け起こそうとした時、電車の乗降扉が開かれる音がした。

「ッ……開いた、のか……?」

 進行方向に向かって左手の扉が、すべて開け放たれている。
 その向こうには闇だけが広がっているのだが、僕たちは無意識に右側の扉の方へと身を寄せていた。

 早く移動をしようと思っていたのに、次の駅に着いてしまった。
 開いた扉の向こうから何がやってくるのか。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
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