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30:地下鉄
しおりを挟む地下鉄の中はまったく音がしない状態で、僕たちの靴音だけがやけに大きく響いていた。
線路の上はさすがに躓いてしまいそうなので、壁伝いを移動しているのだが、やはり視界の悪さはそれだけで不安を増幅させる。
どんな場所に続くかもわからないトンネルの中で、マイナスの感情を完全に払拭することはできないだろう。
それでも、少しでも気分を明るくすることができればと、僕は思いついた話題を口にする。
「そういえば、高月さん。今日は忘年会だって言ってましたよね」
「え? うん、そうだけど」
「お酒強いんですか?」
「いや、普通かなあ。あんまり強いお酒は飲めないし……清瀬くんは、お酒どうなの? 強い?」
「そうなんですね。僕もそんなにお酒飲める方じゃないですけど、普通だと思います」
「考えてみると、清瀬くんとちゃんとお酒飲んだことってなかったね」
バイト先では忘年会や新年会など、何かと理由をつけて集められることはあった。
けれど、高嶺の花だった高月さんと同じテーブルにつけた試しなんかない。席替えのチャンスがあっても、隣に行く勇気も出なかった。
いつも誰かに囲まれていた高月さんと比べ、喜多川や数少ないメンバーで隅に固まっていた僕。
こうして隣を歩いている今が奇跡に近い状態で、こんな未来は想像もしていなかったのだ。それは彼女にとっても同じだろう。
「……お酒、飲みに行きませんか」
「え、お酒?」
「はい、お酒」
急な誘いに高月さんは驚いたのだろうが、僕はもうチャンスを逃す人間にはなりたくない。
バイト先の主要なメンバーは死んでしまったとはいえ、僕と高月さんでは住む世界が違う。
生き延びたのは二人でも、現実に戻ったら高月さんの周りは、また別の人間によって分厚い壁が作られていくのだろう。
「お酒じゃなくてもいいです。食事とか……高月さんと、一緒に行けたら嬉しいなって思ってます」
今さらこの感情を誤魔化す必要などない。あんな状況だったとはいえ、僕は高月さんに想いを伝えているのだ。
それが正しい意味として伝わっていないほど、彼女は鈍感な人間ではない。
誰にも邪魔をされることのない空間だからこそ、形だけの約束でも取り付けておかなければ。
「無事に帰れたら、生還祝いもいいかもね」
「えっ、ホントですか……!?」
当たって砕けるつもりでの誘いでもあったのだが、彼女から返ってきたのは、肯定とも取れる言葉だ。
思わず高月さんの方を見ると、一瞬目が合ってすぐに顔を背けられてしまう。
暗がりではっきりとは見えないけれど、その耳元は心なしか赤く色づいているような気がする。
こんなのは僕の思い込みだろうか? だとしても、今はそれでも良かった。
「その前に、病院行かないとだけどね。清瀬くんの腕とか、私の足もだけど」
「それはもちろん、こんなボロボロで出掛けたりしないですよ。高月さんが恥ずかしくない格好していきます」
「清瀬くん、たまに不思議なシャツ着てるよね」
「あ、あれは着ないです……! 喜多川にもよくダサいって言われるんですけど、さすがに僕だってちゃんとしようと思えば……」
そこまで口にして、高月さんの表情が沈んだ色を浮かべたことに気がつく。
喜多川の名前を出したのがまずかったのだろう。楽しそうに笑ってくれていた彼女は、少しだけ声を震わせている。
「……どうして、こんなことになっちゃったのかな」
それは、あの電車に乗っていた全員が感じていた疑問だろう。
僕たちは普段通りの生活をして、ただ終電に乗り込んだだけなのだ。だというのに、わけもわからないまま命を奪われてきた。
「高月さん……」
「私たち、何も悪いことなんかしてないよ。自分勝手な人もいたかもしれないけど、あんな風に死ぬなんて……絶対におかしい」
高月さんの瞳から、瞬きをする度にポロポロと涙がこぼれ落ちている。
それは悲しみというよりも、理不尽に対する悔しさから溢れる涙のように見えた。
「こんなことした首謀者がいるなら、私は絶対に許さない……」
相手は怪異なのだから、首謀者と呼ぶのは少し違うかもしれない。それでも、高月さんはこの理不尽に対する怒りのぶつける先を求めているのだろう。
今はそうでもしていなければ、自分を保てない状況なのだ。正気を失っても生き延びられるほど、ここは生易しい世界ではない。
「僕も、許せないですよ」
僕たちがこうして生き残っているのは、他の人よりもただ少し運が良かっただけ。
一歩間違えれば、酷い死に方をしたのは僕か高月さんだったかもしれないのだ。
「あれ……もしかして、駅ですかね?」
「本当だ、明かりが見える」
すっかり空気が沈んでしまったと思った時、前方に何かが見えた気がして立ち止まる。
トンネルの中に等間隔に設置されていた小さな照明とは異なり、はっきりと明るさの違う空間が存在しているのがわかる。
こんな異質な場所であっても、人はやはり本能的に明かりを求めるものなのかもしれない。
後ろに広がる闇の中に戻れと言われても、二つ返事で頷くことはできないだろう。
「あれが、八寒駅……?」
「看板が正しいなら、そうなんだと思います」
「知ってる駅に繋がってたらいいんだけど」
高月さんのそれは、希望というよりも願望だった。ここから更に知らない世界に連れていかれるのであれば、心が挫けてしまうかもしれない。
僕の右腕に掴まる彼女の手の力が、少しだけ強くなったような気がする。
「大丈夫ですよ、きっと帰れます。飲みに行く約束しましたからね」
「やっぱりお酒がいいんだ?」
「……緊張が、解れるかなって」
高月さんのではなく、僕の緊張がなのだが。
ここまで来て、引き返すことができないのは二人ともわかっている。だからこそ、僕たちは次の一歩を踏み出すのに勇気が必要だった。
「行こうか、清瀬くん」
「はい。離れないでくださいね、高月さん」
束の間の平和な時間はおしまいだ。次に他愛のない会話をするのは、無事に帰れた後になる。
あの光が現実の世界に続いていることを願いながら、僕たちは再び歩き出した。
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