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31:終着駅
しおりを挟む明かりに向かって歩いていくと、見えてきたのは地下鉄のホームだった。
設置されている柵は、確認したところ特に施錠などはされていない。端からホームに上がってみると、目の前に広がっているのは、どこにでもある普通のホームに見えた。
死の終着駅と聞いて想像していたのは、液体で埋め尽くされた真っ黒なホーム。
先頭車両のように黒い糸が張り巡らされていて、そこかしこに得体の知れない不気味な怪異が徘徊している。
そこには一歩足を踏み入れたが最後で、動くこともできずに捕まり、手も足も出ないまま僕たちは殺されてしまうのだ。
けれど、実際の終着駅は拍子抜けするほどに見慣れた光景で、明るくて安心感すら覚えてしまう。
「ここ……普通の駅に見えますね」
「うん、もっとこう……怖い場所を想像してたんだけど」
「僕もです。でも、怪異も見当たらないですね」
駅看板には、確かに八寒駅と表記されている。隣の駅名は書かれていないから、間違いなくここが終点になるのだろう。
一定の間隔で電光掲示板も設置されていて、地上に続いているらしい長い階段もある。時計を見てみると、針は深夜3時過ぎを示していた。
この時間帯にホームに人がいないのは不自然ではないし、駅員だって帰宅をしているのかもしれない。
「もしかして……帰ってこられたんですかね? 僕たち……」
希望を持ちすぎだと呆れられるかもしれないが、見知らぬ駅名であること以外は、不自然な箇所がどこにも見当たらないのだ。
手元にスマホがあれば、すぐにでも電波を確認して外に連絡したいところではある。
「っ……電話! 警察に電話かけてみましょう!」
「え、電話……? でも、スマホは持ってないし……」
「公衆電話ですよ、緊急通報なら確か小銭はいらないはずです」
「そっか……使ったことないから思いつかなかった」
スマホで手軽に連絡できるのが当たり前の日々を過ごしてきたから、僕も公衆電話を使ったことはない。
以前ネットか何かで見かけた情報を思い出した僕は、高月さんと共に公衆電話を探して歩き出す。目的のものは、ほどなくして見つけることができた。
「あ、あれ……! 清瀬くん、あそこに公衆電話があるよ」
地上へ続く階段のすぐ近くに、目立つ黄緑色をした一台の公衆電話が設置されているのが見える。
そこに歩み寄っていくと、僕は受話器を手に取ってから本体を見下ろした。
「えっと……これってどうやってかければいいんですかね?」
小銭を投入してボタンを押せば、普通は電話ができるものなのだろう。けれど、緊急通報の場合にはこのまま電話をすればいいのだろうか?
試しに数字のボタンを押してみても、なんの反応もない。
「これを押すんじゃないかな? ほら、110番とか書かれてる」
「あ、ホントだ」
高月さんが指差したのは、下の方にある赤いボタンだった。その隣には、緊急通報のやり方が書かれている。
その通りに赤いボタンを押した僕は、110のボタンを押して受話器を耳に当ててみた。
「っ……呼び出し音、鳴ってます!」
僅かな間を置いて、聞こえた呼び出し音に興奮が高まる。このまま警察に繋がってくれれば、まずは僕たちを保護してもらえるだろう。
自分の足でもう一度あのトンネルの向こうに戻るつもりはないが、事情を離せば警察が確認をしてくれるはずだ。
信じがたい話だとしても、通報を受けた以上は警察だって動かざるを得ない。
不意に音が途切れて、ノイズのようなものが聞こえる。受話器のすぐ向こうに人の気配を感じた僕は、相手が話し出すよりも先に口を開いた。
「もしもしっ!? あの、警察ですか? すぐに来てください、地下鉄で大変なことが起きてるんです……!」
『…………』
「あの、聞こえてますか? 緊急事態なんですけど……!」
『…………』
「通じないの?」
「いや、繋がってはいるはずなんですけど……」
僕の呼び掛けに応じる声が返ってこなくて、耳を澄ませてみる。ノイズは聞こえてくるので、通話が切れているということはないはずだ。
地下鉄だから電波の状況が悪いのかとも思ったが、スマホと違って公衆電話に電波は関係ないだろう。多分。
「もしもし、緊急事態なんですって……!」
『…………ォ……』
「あっ、聞こえてますか!? そちらの声が小さくて……」
ノイズに混じって僅かに声が聞こえたような気がして、受話器を強く耳に押し付ける。
こちらではなく向こうの電波が悪いのかもしれない。こちらの声が届いているのだとすれば、場所だけでも伝えなければ。
「僕たちは八寒駅ってところにいます、たくさん人が死んでるんです!」
『……ォ、セ……』
「え?」
『ィ、ォセ……』
「ッ……!?」
「き、清瀬くん……!? どうしたの? 電話は繋がらなかったの?」
反射的に、僕は受話器を投げるように手放した。全身から嫌な汗が噴き出して、心臓が激しく脈打っているのがわかる。
僕の行動に驚いた高月さんが、困惑した様子で僕と公衆電話を交互に見ていた。
ずっと気が張り詰めた状態だったから、そんなはずはないのに聞き間違えたのかもしれない。
けれど、その声は確かに僕の名前を呼んだ気がしたのだ。
「いや、すいません……勘違いかも……」
通話の状況が悪いから、それすら怪異の仕業のように思い込んでしまったのだろう。
助けを求められるのはこの電話しかないのに、幻聴に動揺している場合ではない。
そう思って受話器を持ち直した僕は、恐る恐るもう一度それを耳元へ運んでいく。投げ捨てた受話器が壊れたりしていなかったのは幸いだ。
「あの、もしもし……」
『……キヨセェ』
「ヒッ……!」
今度こそ、はっきりとした音で僕の名前が紡がれる。
それと同時に、受話器の穴から黒い液体が滲み出してきたのが見えて、僕は受話器を壁に叩きつけた。
コードに繋がれた受話器はぶら下がってゆらゆらと揺れながら、周囲に黒い液体を撒き散らしている。
「高月さん、逃げましょう……! やっぱりまだ戻れてないです!」
「えっ……う、うん……!」
完全に状況を飲み込めてはいないのだろうが、黒い液体を見て高月さんも察したのだろう。
一刻も早くその場から離れるために、僕たちは地上へ続くはずの階段を駆け上がっていく。
辿り着いたその先に、見慣れた街や人の姿があったらどれほど良かっただろう。
せめて、閉鎖的ではない外の空間に出られたのなら。
「……なん、で……うそだろ……」
「っ、そんな……」
階段を上りきった先に広がっていたのは、地下鉄のホームだった。
振り返ると、そこには間違いなく先ほどまでいたホームに続く階段がある。だというのに、階段の上にもまた地下鉄のホームがあるのだ。
同じように上へと続く階段があって、僕たちは藁にも縋る思いでさらに上を目指したのだが。辿り着いた先は、まったく同じ地下鉄のホームでしかなかった。
「べ、別の場所に本物の出口があるんですよ……!」
「別の場所なんて……外に続いてるのは、この階段以外無かったよ」
「いや、きっと見落としてるんです!」
見落としなんて無いことは、考えるまでもなくわかっている。
僕たちの立つこの場所は、ホームを挟んだ両側に線路が通っているのだ。そこから直接外に続く扉なんてあるはずもない。
「諦めたらダメです、高月さん。僕たちは一緒に帰るんですよ。必要なら、前の駅に戻ったっていい」
危険を承知の上ではあるが、選択肢がそれしかないのなら実行するしかない。
これまでだって、絶体絶命の状況を切り抜けてきたのだから、今回も脱する方法がどこかにあるはずだ。
この際、手の痛みなんて気にしていられない。僕は高月さんの手を取ろうと、彼女の方へ腕を伸ばした。
「…………え?」
強い風が吹き抜けたのはその瞬間だ。
何かが転がり落ちてくる音がしたと思うが早いか、僕の目の前から高月さんの姿が消えてなくなる。
見下ろすと、彼女に向って伸ばしたはずの僕の右手首の先が無くなっているのが見えて。
何が起こったのかわからないまま顔を上げると、そこには高月さんがいた。
正確には、高月さんの下半身が。
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