32 / 34
32:地獄
しおりを挟む「たか、つき……さん……?」
下半身だけになった彼女の断面からは血が噴き出していて、内臓のようなものがはみ出している。
よたよたと歩く両脚は不規則な動きを見せた後、バランスを失って僕の方に倒れ込んできた。
その拍子に、器に収まっていた中身がビチャビチャと音を立てて飛び出す。
「うっ……うわああああ!!??」
それを避けようとした僕は足がもつれて、その場に尻もちをついてしまう。
立ち上がろうと床に手をついたのだが、溢れる血液でずるりと滑って無様に倒れ込む。僕の身体を支えるための右手は、無くなってしまっていた。
どうして? なんでだ? たった今、目の前で喋っていたというのに。
湧き上がる疑問の数々は、すぐ近くから聞こえる不快な咀嚼音によってあっさり解決された。
二メートルほどはあるかと思われる、歪な丸い形をした巨大な肉塊。鮮度の悪い生肉を無理矢理に押し固めたようなその塊は、黒い液体を纏っている。
グチャグチャと音を立てて動くそいつの肉の合間から、こちらを見ている高月さんと目が合った。けれど、その瞳に生気は宿っていない。
あの塊が階段の上から、物凄い勢いで転げ落ちてきたのだ。その勢いのまま、僕の右手ごと高月さんの上半身を食いちぎっていった。
一緒に帰ると約束したのに、こんなにもあっさりと高月さんを殺されてしまったのか。
彼女を口に銜えたままのそれが、ゆっくりと僕の方を向く。あり得ないだろう、その目に見覚えがあると感じるなんて。
「喜多川……ッ」
そんな姿になってまで、僕を追いかけてきたのか。僕に絶望させる目的で、高月さんを殺すために。
肘を使ってどうにか起き上がると、僕は肉塊となった喜多川に背を向けて走り出す。
高月さんを殺した仕返しをしてやりたい。その気持ちよりも、対抗手段が無いことに焦りを感じたのだ。
両手が使えない以上、どうにかして逃げなければ。捕まれば僕は抵抗することすらできず、嬲り殺しにされるのだろう。
「うがっ……!!」
けれど、僕の足は何かに躓いて思いきり顔面を強打してしまう。痛みに悶えながら足元へ視線をやると、悲鳴にもならないような情けない声が漏れた。
線路の下から何かが這い出していて、僕はそれに足を取られたのだ。
異常なまでに細長い腕、ぱっくりと開いた頭部からは人間の顔が覗いていて、黒い液体を纏うそれは桧野さんのものだと理解する。
「セン……パイ……」
頭の中の顔が喋る。身体を捻って距離を取ろうとしたところで、僕は壁のようなものにぶつかった。
振り向くと、そこに立っていたのは全身がぶよぶよに腫れ上がり、溶け落ちた皮膚が悪臭を放つ異様な怪異で。面影など無いというのに、それが誰であるかを直感する。
「ふ、くむら……?」
名を呼ぶと、腕を伸ばしてくる怪異が僕のことを捕まえようとしてきて、床を転がるようにして回避した。
けれど、その先では肉塊が僕を待ち構えている。
肉塊の一部がぐぱりと開いたかと思うと、そこから小さな黒い何かがこぼれ落ちてきた。
内側にみっちりと詰め込まれていたのは、5両目で見たあの大量の羽虫だ。
肉塊の内部で不快な音を篭らせていた羽虫は、僕がそれと認識した途端に、一斉に外に飛び出してくる。
「わああああっ!!?? 来るなッ、やめろ……!!」
這いずるようにして逃げる僕をあざ笑うみたいに、羽虫は次々と身体にまとわりついてくる。
痛みと羽音の不快さが綯い交ぜになって、頭がおかしくなりそうだ。
どこに逃げればいいかもわからないのに、本能的になのか階段の上を目指していた僕は、ゴキンという音と共に両脚に強烈な痛みを感じる。
「ッぎゃああああ!!!!」
肉塊となった喜多川が、僕の両脚を掴んで力任せに骨を砕いたのだ。骨だけじゃない、脚自体がグチャグチャになっている気がする。
涙や鼻水で汚れた顔を拭う余裕すらなく、僕はあまりの痛みに胃の中身をすべて撒き散らした。
夕食は口にしていないから、消化されきっていない昼食かなんて、なぜか冷静に考えてしまうのは現実逃避なのだろうか。
「おげッ……げえっ、うえっ……!!」
吐瀉物の臭いが気にならないのは、福村の怪異が放つ異臭が辺りに充満しているからなのだろう。
そんなことを冷静に考えていた僕の目の前に、次々と怪異が姿を現していく。
いつの間に囲まれていたのか。いや、このホームに足を踏み入れた時から、怪異たちは息を潜めていたのかもしれない。
現れた怪異たちは、これまでの車両で遭遇してきた、かつての仲間たちだった。
仰向けになった僕にはもうこの場を逃げ出す力もなく、恐怖で浅くなる呼吸を鎮めようとすることしかできない。
「たす、けて……」
誰に求めているのかもわからない助けは、もう来ないのだろうと理解している。
それでも、この怪異たちに命乞いが通じたらいいなんて、バカなことを考えたのか。
ズル……ベチャ……と、何かが這いずるような音が聞こえてくる。
それは僕の足元から近づいているようで、頭を持ち上げてみると、肉塊の中から羽虫ではない何かが生み出されているのがわかった。
同じような肉塊にも見えたそれは、少しずつ形を変えて人のようなものになっていく。
ただし、首からは両腕が生えているし胸元に頭がついていて、全身に空いた小さな穴から黒い液体が漏れ出しているのが見えた。
「う、そだ……高月さん……」
身体を這い上がってくるその怪異が、僕の胸元までやってきた時、初めて表情を見ることができる。
そこには僕を冷たく見下ろしている、高月さんの顔があった。
頬の肉は抉れて口の中が丸見えになっており、片方の眼球も抉れたみたいに闇が覗いている。恐ろしい顔をしているが、これは間違いなく高月さんだ。
たった今死亡したばかりの彼女が、もう怪異になってしまった。
二人で一緒に生き残ろうと約束した高月さんは、逆の立場となって僕の命を奪おうとしている。
「きよ、せ、くん……」
「っ……高月さん、僕がわかるんですか……!?」
ぎこちなく言葉を発した高月さんは、間違いなく僕の名前を呼んだ。
もしかすると、まだ彼女の意識はそこにあるのかもしれない。そう思って伸ばした腕を、彼女の手が容赦なく掴む。
「あ゛あああああッ!!!! やめ、っやめてくださ……!!」
女性のものとは思えないほどの強い握力で、手首を失った僕の腕の断面が砕かれていく。
半ば引きちぎるようにして引っ込めた腕からは、黒い液体を纏う血液が溢れ出す。
そんな僕を見た高月さんが、綺麗に口角を持ち上げたのが見える。僕の苦しむ姿を見て、笑っているのだ。
「アハハハハッ! ねえ、つらい? 痛い?」
「っガ……つ、らいです……ッ」
聞くまでもないことだと思うのに、どうしてそんな質問をするのか。
怪異となった彼女の考えることなんかわかるはずもなくて、僕は必死に頷いて見せる。
そうすると彼女はますます上機嫌になって、今度は力任せに僕の左耳を引きちぎってきた。
悲鳴を上げることもできないまま、僕は両目を見開いて彼女を見上げている。
「良かった」
高月さんの両手が、僕の頬を包み込む。優しいその仕草ですら、黒い液体のせいで痛みを伴うのだが。
輪郭をなぞっていた彼女の親指が、僕の左右の下瞼に触れる。
瞼が溶かされることの痛み。それよりも、彼女がやろうとしていることを察して、僕は暴れ出そうとした。
それが叶わなかったのは、高月さんの方が先に行動を起こしたから。
「簡単には死ねないから」
眼孔に彼女の長い指が押し込まれた時、僕は察したのだ。
この地獄のような苦しみは、これからが始まりなのだと。
2
あなたにおすすめの小説
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
父の周りの人々が怪異に遭い過ぎてる件
帆足 じれ
ホラー
私に霊感はない。父にもない(と言いつつ、不思議な体験がないわけではない)。
だが、父の周りには怪異に遭遇した人々がそこそこいる。
父や当人、関係者達から聞いた、怪談・奇談を集めてみた。
父本人や作者の体験談もあり!
※思い出した順にゆっくり書いていきます。
※場所や個人が特定されないよう、名前はすべてアルファベット表記にし、事実から逸脱しない程度に登場人物の言動を一部再構成しております。
※小説家になろう様、Nolaノベル様にも同じものを投稿しています。
私の居場所を見つけてください。
葉方萌生
ホラー
“「25」×モキュメンタリーホラー”
25周年アニバーサリーカップ参加作品です。
小学校教師をとしてはたらく25歳の藤島みよ子は、恋人に振られ、学年主任の先生からいびりのターゲットにされていることで心身ともに疲弊する日々を送っている。みよ子は心霊系YouTuber”ヤミコ”として動画配信をすることが唯一の趣味だった。
ある日、ヤミコの元へとある廃病院についてのお便りが寄せられる。
廃病院の名前は「清葉病院」。産婦人科として母の実家のある岩手県某市霜月町で開業していたが、25年前に閉鎖された。
みよ子は自分の生まれ故郷でもある霜月町にあった清葉病院に惹かれ、廃墟探索を試みる。
が、そこで怪異にさらされるとともに、自分の出生に関する秘密に気づいてしまい……。
25年前に閉業した病院、25年前の母親の日記、25歳のみよ子。
自分は何者なのか、自分は本当に存在する人間なのか、生きてきて当たり前だったはずの事実がじわりと歪んでいく。
アイデンティティを探る25日間の物語。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる