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第九十三話
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「錯覚……だと?」
私は赤軍の駒の位置を微調整し、全ての向きを川を渡る青歩兵に向けました。
赤弓兵は目の前に迫る青歩兵に集中し、赤重装歩兵は青歩兵が上陸した際に備えて目の前に気を配ります。
「敵の指揮官でさえ青軍の歩兵に集中してしまったのです。そんな中、青騎兵が静かに、そして遠回りに動く事で完全に赤軍の視界から消え、見事に背後を取る事に成功したのです」
「シルビア、それは赤軍の指揮官が無能なだけではないのか?」
「グロリア様、確かに無能かもしれません。しかし思い出してください、赤軍は平原の国、見晴らしの良い場所での戦いには慣れていても、森の中という視界の狭い場所での戦闘経験は浅いのではないでしょうか」
「あ、だから見えない場所には敵がいないと錯覚を……」
先ほどの文官がつぶやきながら口に手を当てます。
まだ若い文官ですが、私の言う事を理解してくれたようです。
私はコクリと頷き、青い騎兵の駒を縦横無尽に走らせて、赤い駒をあっという間に蹴散らしていきます。
「騎兵を見失った時点で、こうなる事は間違いありません」
皆さん言葉を無くして地図を眺めています。
この戦い方はアバルト戦記の中でも不可能を可能とした戦いの一つで、青軍が砦を出て戦い勝利する物語。
そして。
「ま、まてシルビア嬢! 戦いに勝利した理由はわかった! だが逃げなかった理由はなんだ! まさか最初から勝てると思って戦いに挑んだのか!?」
「いいえ騎士団長。青軍の指揮官は逃げたくても逃げれなかったのです」
「なぜだ!」
「逃げる場所、後方にあるはずの都市を攻撃されているのですから」
「……ハッ! 応援が来ないとはそういう事か!」
「赤軍の本隊がすでに都市を攻めているのです。この森の中の戦いは、都市攻略のための後方の憂いを無くすための戦い。赤軍にしてみれば時間を稼げれば良いのです」
「バッ、バカ言ってんじゃねぇよ! どこにそんな事が書いてあんだ! 大体青軍はその後、都市に帰ったと書いてあったはずだ!」
「もちろん帰りました。それこそ都市を二つ飛ばし、半年かけて首都へと戻ったはずです」
「だ、だからどこに書いてあるんだよ!」
「季節です」
「ハァ!?」
「森の中の戦いは汗が滲んで来る暑さ。しかし都市に帰った時は凍えるような寒さだと書かれています。つまり森の中の戦いは初夏、都市に入ったのは冬という事になります。そしてそれだけの距離を移動したのは、最後の望みをかけていたからです。首都さえ落ちていなければ何とかなる、と」
「う、うむ。確かにシルビアが言う通り、その後の戦いは森から帰ってきた部隊の情報により、戦況が有利になったと書かれている。相手の弱点を知り、森などの閉所での戦いに持って行けたからか」
流石はグロリア様、その後の展開と照らし合わせて正解を導き出しました。
ここまで来たら私の説明は必要ないでしょう。
「これがアバルト戦記、アーマーゲーを流れる川の戦いの全貌です」
全員が黙っています。
私はもう用なしでしょうか。
「し、シルビア嬢。シルビア嬢は他にも戦記物を読んでいるのか?」
「はい騎士団長! 私のお気に入りとしましては、イタルデザイン国の軌跡、オートモービルズ奮戦記などが面白いです! 特にイタルデザイン国は――」
「ああ、わかったもういい。ちなみに……本当に物語なのか? 私が読んだ限りでは戦術書に見えるのだが」
「なにをおっしゃっているんですか騎士団長。あんなに面白い物語はありませんよ?」
「う、うむ、そうか」
はて、なぜ困り顔なのでしょうか。
怖い顔が台無しです。
さて、今度こそ本当に話が終わったようなので、私はおいとまする事にしましょう。
と言っても訓練場で兵士のお世話をするだけですが。
数日後、私が兵士達の食事の用意をしていると次女であるステージア様がいらっしゃいました。
「やーやー久しぶりやなぁ。シルビア、元気そうでなによりや」
愛嬌のある顔立ちで茶色く長めの髪を右上で纏めています。
落ち着きのある質素な薄緑の膝上ドレスを纏い、元気に手を振ってらっしゃいます。
「お久しぶりですステージア様。このような場所にどうされましたか?」
「おおそれやそれ、バネットがな、シルビアをよそにやるって言うとるから、ウチがもらう事にしたんや」
「バネット様がその様な事を? では今日からはステージア様にお仕えしたらよろしいのでしょうか」
「おう、よろしゅう頼むで!」
話を聞いていた兵士達が随分と騒いでいますが、ステージア様の一声で静かになりました。
流石に王族の言葉には逆らえませんが、なぜ騒いでいたのでしょうか。
とはいえ兵士達にお別れの挨拶をしてステージア様の後を付いて行きます。
ステージア様の部屋へ向かう……かと思いきや、お城を出て貴族が住む地域へと向かいます。
そして貴族の街の中心部にある商店へと入りました。
とても大きなお店で、品ぞろえは完全に貴族が対象なのか高級品ばかりです。
お買い物かしら? と思ったら他のお客様と楽しそうに談笑し、気が付けばお店のバックヤードに入っていました。
あら? ここは従業員しか入れないんじゃ……
そして綺麗に装飾された階段を上り、最上階、五階の一番奥の部屋に入りました。
「よしシルビア! 今月中に香水を百本仕入れて来るんや!」
「……へ?」
私は赤軍の駒の位置を微調整し、全ての向きを川を渡る青歩兵に向けました。
赤弓兵は目の前に迫る青歩兵に集中し、赤重装歩兵は青歩兵が上陸した際に備えて目の前に気を配ります。
「敵の指揮官でさえ青軍の歩兵に集中してしまったのです。そんな中、青騎兵が静かに、そして遠回りに動く事で完全に赤軍の視界から消え、見事に背後を取る事に成功したのです」
「シルビア、それは赤軍の指揮官が無能なだけではないのか?」
「グロリア様、確かに無能かもしれません。しかし思い出してください、赤軍は平原の国、見晴らしの良い場所での戦いには慣れていても、森の中という視界の狭い場所での戦闘経験は浅いのではないでしょうか」
「あ、だから見えない場所には敵がいないと錯覚を……」
先ほどの文官がつぶやきながら口に手を当てます。
まだ若い文官ですが、私の言う事を理解してくれたようです。
私はコクリと頷き、青い騎兵の駒を縦横無尽に走らせて、赤い駒をあっという間に蹴散らしていきます。
「騎兵を見失った時点で、こうなる事は間違いありません」
皆さん言葉を無くして地図を眺めています。
この戦い方はアバルト戦記の中でも不可能を可能とした戦いの一つで、青軍が砦を出て戦い勝利する物語。
そして。
「ま、まてシルビア嬢! 戦いに勝利した理由はわかった! だが逃げなかった理由はなんだ! まさか最初から勝てると思って戦いに挑んだのか!?」
「いいえ騎士団長。青軍の指揮官は逃げたくても逃げれなかったのです」
「なぜだ!」
「逃げる場所、後方にあるはずの都市を攻撃されているのですから」
「……ハッ! 応援が来ないとはそういう事か!」
「赤軍の本隊がすでに都市を攻めているのです。この森の中の戦いは、都市攻略のための後方の憂いを無くすための戦い。赤軍にしてみれば時間を稼げれば良いのです」
「バッ、バカ言ってんじゃねぇよ! どこにそんな事が書いてあんだ! 大体青軍はその後、都市に帰ったと書いてあったはずだ!」
「もちろん帰りました。それこそ都市を二つ飛ばし、半年かけて首都へと戻ったはずです」
「だ、だからどこに書いてあるんだよ!」
「季節です」
「ハァ!?」
「森の中の戦いは汗が滲んで来る暑さ。しかし都市に帰った時は凍えるような寒さだと書かれています。つまり森の中の戦いは初夏、都市に入ったのは冬という事になります。そしてそれだけの距離を移動したのは、最後の望みをかけていたからです。首都さえ落ちていなければ何とかなる、と」
「う、うむ。確かにシルビアが言う通り、その後の戦いは森から帰ってきた部隊の情報により、戦況が有利になったと書かれている。相手の弱点を知り、森などの閉所での戦いに持って行けたからか」
流石はグロリア様、その後の展開と照らし合わせて正解を導き出しました。
ここまで来たら私の説明は必要ないでしょう。
「これがアバルト戦記、アーマーゲーを流れる川の戦いの全貌です」
全員が黙っています。
私はもう用なしでしょうか。
「し、シルビア嬢。シルビア嬢は他にも戦記物を読んでいるのか?」
「はい騎士団長! 私のお気に入りとしましては、イタルデザイン国の軌跡、オートモービルズ奮戦記などが面白いです! 特にイタルデザイン国は――」
「ああ、わかったもういい。ちなみに……本当に物語なのか? 私が読んだ限りでは戦術書に見えるのだが」
「なにをおっしゃっているんですか騎士団長。あんなに面白い物語はありませんよ?」
「う、うむ、そうか」
はて、なぜ困り顔なのでしょうか。
怖い顔が台無しです。
さて、今度こそ本当に話が終わったようなので、私はおいとまする事にしましょう。
と言っても訓練場で兵士のお世話をするだけですが。
数日後、私が兵士達の食事の用意をしていると次女であるステージア様がいらっしゃいました。
「やーやー久しぶりやなぁ。シルビア、元気そうでなによりや」
愛嬌のある顔立ちで茶色く長めの髪を右上で纏めています。
落ち着きのある質素な薄緑の膝上ドレスを纏い、元気に手を振ってらっしゃいます。
「お久しぶりですステージア様。このような場所にどうされましたか?」
「おおそれやそれ、バネットがな、シルビアをよそにやるって言うとるから、ウチがもらう事にしたんや」
「バネット様がその様な事を? では今日からはステージア様にお仕えしたらよろしいのでしょうか」
「おう、よろしゅう頼むで!」
話を聞いていた兵士達が随分と騒いでいますが、ステージア様の一声で静かになりました。
流石に王族の言葉には逆らえませんが、なぜ騒いでいたのでしょうか。
とはいえ兵士達にお別れの挨拶をしてステージア様の後を付いて行きます。
ステージア様の部屋へ向かう……かと思いきや、お城を出て貴族が住む地域へと向かいます。
そして貴族の街の中心部にある商店へと入りました。
とても大きなお店で、品ぞろえは完全に貴族が対象なのか高級品ばかりです。
お買い物かしら? と思ったら他のお客様と楽しそうに談笑し、気が付けばお店のバックヤードに入っていました。
あら? ここは従業員しか入れないんじゃ……
そして綺麗に装飾された階段を上り、最上階、五階の一番奥の部屋に入りました。
「よしシルビア! 今月中に香水を百本仕入れて来るんや!」
「……へ?」
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