無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています

如月ぐるぐる

文字の大きさ
93 / 139

第九十三話

しおりを挟む
「錯覚……だと?」

 私は赤軍の駒の位置を微調整し、全ての向きを川を渡る青歩兵に向けました。
 赤弓兵は目の前に迫る青歩兵に集中し、赤重装歩兵は青歩兵が上陸した際に備えて目の前に気を配ります。

「敵の指揮官でさえ青軍の歩兵に集中してしまったのです。そんな中、青騎兵が静かに、そして遠回りに動く事で完全に赤軍の視界から消え、見事に背後を取る事に成功したのです」

「シルビア、それは赤軍の指揮官が無能なだけではないのか?」

「グロリア様、確かに無能かもしれません。しかし思い出してください、赤軍は平原の国、見晴らしの良い場所での戦いには慣れていても、森の中という視界の狭い場所での戦闘経験は浅いのではないでしょうか」

「あ、だから見えない場所には敵がいないと錯覚を……」

 先ほどの文官がつぶやきながら口に手を当てます。
 まだ若い文官ですが、私の言う事を理解してくれたようです。
 私はコクリと頷き、青い騎兵の駒を縦横無尽に走らせて、赤い駒をあっという間に蹴散らしていきます。

「騎兵を見失った時点で、こうなる事は間違いありません」

 皆さん言葉を無くして地図を眺めています。
 この戦い方はアバルト戦記の中でも不可能を可能とした戦いの一つで、青軍が砦を出て戦い勝利する物語。
 そして。

「ま、まてシルビア嬢! 戦いに勝利した理由はわかった! だが逃げなかった理由はなんだ! まさか最初から勝てると思って戦いに挑んだのか!?」

「いいえ騎士団長。青軍の指揮官は逃げたくても逃げれなかったのです」

「なぜだ!」

「逃げる場所、後方にあるはずの都市を攻撃されているのですから」

「……ハッ! 応援が来ないとはそういう事か!」

「赤軍の本隊がすでに都市を攻めているのです。この森の中の戦いは、都市攻略のための後方の憂いを無くすための戦い。赤軍にしてみれば時間を稼げれば良いのです」

「バッ、バカ言ってんじゃねぇよ! どこにそんな事が書いてあんだ! 大体青軍はその後、都市に帰ったと書いてあったはずだ!」

「もちろん帰りました。それこそ都市を二つ飛ばし、半年かけて首都へと戻ったはずです」

「だ、だからどこに書いてあるんだよ!」

「季節です」

「ハァ!?」

「森の中の戦いは汗が滲んで来る暑さ。しかし都市に帰った時は凍えるような寒さだと書かれています。つまり森の中の戦いは初夏、都市に入ったのは冬という事になります。そしてそれだけの距離を移動したのは、最後の望みをかけていたからです。首都さえ落ちていなければ何とかなる、と」

「う、うむ。確かにシルビアが言う通り、その後の戦いは森から帰ってきた部隊の情報により、戦況が有利になったと書かれている。相手の弱点を知り、森などの閉所での戦いに持って行けたからか」

 流石はグロリア様、その後の展開と照らし合わせて正解を導き出しました。
 ここまで来たら私の説明は必要ないでしょう。

「これがアバルト戦記、アーマーゲーを流れる川の戦いの全貌ぜんぼうです」

 全員が黙っています。
 私はもう用なしでしょうか。

「し、シルビア嬢。シルビア嬢は他にも戦記物を読んでいるのか?」

「はい騎士団長! 私のお気に入りとしましては、イタルデザイン国の軌跡、オートモービルズ奮戦記などが面白いです! 特にイタルデザイン国は――」

「ああ、わかったもういい。ちなみに……本当に物語なのか? 私が読んだ限りでは戦術書に見えるのだが」

「なにをおっしゃっているんですか騎士団長。あんなに面白い物語はありませんよ?」

「う、うむ、そうか」

 はて、なぜ困り顔なのでしょうか。
 怖い顔が台無しです。
 さて、今度こそ本当に話が終わったようなので、私はおいとまする事にしましょう。
 と言っても訓練場で兵士のお世話をするだけですが。

 数日後、私が兵士達の食事の用意をしていると次女であるステージア様がいらっしゃいました。

「やーやー久しぶりやなぁ。シルビア、元気そうでなによりや」

 愛嬌のある顔立ちで茶色く長めの髪を右上で纏めています。
 落ち着きのある質素な薄緑の膝上ドレスを纏い、元気に手を振ってらっしゃいます。

「お久しぶりですステージア様。このような場所にどうされましたか?」

「おおそれやそれ、バネットがな、シルビアをよそにやるって言うとるから、ウチがもらう事にしたんや」

「バネット様がその様な事を? では今日からはステージア様にお仕えしたらよろしいのでしょうか」

「おう、よろしゅう頼むで!」

 話を聞いていた兵士達が随分と騒いでいますが、ステージア様の一声で静かになりました。
 流石に王族の言葉には逆らえませんが、なぜ騒いでいたのでしょうか。
 とはいえ兵士達にお別れの挨拶をしてステージア様の後を付いて行きます。

 ステージア様の部屋へ向かう……かと思いきや、お城を出て貴族が住む地域へと向かいます。
 そして貴族の街の中心部にある商店へと入りました。
 とても大きなお店で、品ぞろえは完全に貴族が対象なのか高級品ばかりです。

 お買い物かしら? と思ったら他のお客様と楽しそうに談笑し、気が付けばお店のバックヤードに入っていました。
 あら? ここは従業員しか入れないんじゃ……

 そして綺麗に装飾された階段を上り、最上階、五階の一番奥の部屋に入りました。

「よしシルビア! 今月中に香水を百本仕入れて来るんや!」

「……へ?」
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

追放された無能才女の私、敵国最強と謳われた冷徹公爵に「お飾りの婚約者になれ」と命じられました ~彼の呪いを癒せるのは、世界で私だけみたい~

放浪人
恋愛
伯爵令嬢エリアーナは、治癒魔法が使えない『無能才女』として、家族からも婚約者の王子からも虐げられる日々を送っていた。 信じていたはずの妹の裏切りにより、謂れのない罪で婚約破棄され、雨の降る夜に家を追放されてしまう。 絶望の淵で倒れた彼女を拾ったのは、戦場で受けた呪いに蝕まれ、血も涙もないと噂される『冷徹公爵』クロード・フォン・ヴァレンシュタインだった。 「俺の“お飾り”の婚約者になれ。お前には拒否権はない」 ――それは、互いの利益のための、心のない契約のはずだった。 しかし、エリアーナには誰にも言えない秘密があった。彼女の持つ力は、ただの治癒魔法ではない。あらゆる呪いを浄化する、伝説の*『聖癒の力』*。 その力が、公爵の抱える深い闇を癒やし始めた時、偽りの関係は、甘く切ない本物の愛へと変わっていく。 これは、全てを失った令嬢が自らの真の価値に目覚め、唯一無二の愛を手に入れるまでの、奇跡の物語。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...