11 / 17
第4話 1
しおりを挟むアルベルトがグラナートの屋敷に来て十日ほど経った頃、懇意にしている商会──ヴィズナー商会のモーリッツ商会長が島国巡りの戦利品を荷馬車に積んでやって来た。
夫妻への面会ではあるが、前回、エリアスも個人的に様々な食材を依頼していたので、アルベルトを伴って参加することになった。
今回の目玉は、色鮮やかな藍染めで仕上げた様々な織物であった。
重厚な濃紺の毛織物や、淡い水色から紺色に着色された総絞りの絹反物は、初めて王国に持ち込まれたそうで、日本での記憶があるエリアスは真っ先に和服のイメージが浮かんだ。
完成した衣装に似合いそうな、金細工に水晶や真珠をはめ込んだ飾りも、所狭しとローテーブルに並べられた。
商談中にも、商会の従業員が次々と商品を運び込み、床に敷いた敷物の上に並べていく。
その中に、黄金に輝く小さな粒、玄米がぎっちりと詰まった二リットルほど入りそうなガラス瓶を発見した。
「お、おこめー!」
思わず膝をついて、四つん這いで進み出たら、サムエルに首根っこを掴まれた。
「こら! 粗忽者め、客人の前で無様に這いつくばる者がおるか」
「へぎゃっ」
いつもより強めに尻を叩かれ、変な声が出てしまった。
宙に浮いたままアルベルトに渡され、細くても力強い腕に抱き留められた。
「ぶふっ」
笑ったように聞こえたが、見上げた顔は穏やかな笑みに戻っている。
王族の嗜みなのか、母やユリアのようにアルカイックスマイルを崩さない。
「失礼した。次はこ奴の依頼したものを頼む」
「此度は、エリアス様ご所望の米を多めに手に入れることができまして、ご確認いただけましたら荷馬車から食糧庫にお運びいたします」
ガラス瓶を幾つか手元に寄せて、米とそのほかの食材を説明する。
米は二種類あり、片方は粘り気の多い米ということだから、もち米だろう。
そして、以前から取り寄せて菓子に使ってる小豆も並んでいた。
「高額で買い取ってもらえると聞いて、今年は作付面積を増やした者が多かったのです」
ありがたい事だが、税として納める麦が疎かにならない程度でお願いしたい。
グラナート家の圧力で、島国の農家が納税できなくなったなどという噂が出ては困る。
次々と島国食材の見本が運び込まれたが、今回も希望の出汁食材は手に入らなかった。
アルベルトは、前抱っこしていたエリアスを床に下ろした。
「視察の際に、様々な食材を使った料理を試食しました。味噌は北部の山間部で、米や豆を用いて作った調味料だと聞いています。昆布は北の沿岸部、鰹節は南の沿岸部で食されていたはずです」
アルベルトが、島の名前や食材の特徴を説明する傍らで、エリアスが自慢そうに頷きながら聞いている。
また、エリアスはすっかり忘れていたが、納豆や海苔などの食材、初めて聞いた米飴という甘味料の存在など、多くの情報がアルベルトから語られた。
応接室に持ち込んだ大量の旅日記から、詳細が記載してあるページを見て地図と照らし合わせる。
それらを次回の依頼として、購入品の商談は終了した。
購入した食材の一部を従者に運ぶよう申しつけ、エリアスとアルベルトは厨房へ向かうことにする。
「米を炊くけど、商会長も来る?」
「もちろんでございます!」
嬉々としてモーリッツもついてきた。
厨房では、今日の軽食用にカツサンドを作っている所だった。
ポテトサラダとツナマヨもあるから、何種類かのサンドイッチを作るようだ。
エリアスの実験専用のコーナーに食材を運び、先ずは米を精米する。
筒形の鉄製容器の中心に幅広の羽が入っており、ハンドルを回すと撹拌しながら玄米の表面の糠が削られる仕組みになっている。
「エリアス坊ちゃま、こちらは終わりましたので、お手伝いをいたします」
料理人の一人が来て、精米機を操作する。
うるち米はご飯に、もち米は五目おこわにするための炊き方を説明し、調理は料理人に任せた。
「ご飯は時間がかかるから、まずは、サンドイッチの試食だね」
エリアスの声で、三種のサンドイッチと紅茶が運ばれてきた。
トンカツを揚げる匂いにすっかり食欲を刺激されていた三人は、小さめにカットされていたこともあり、一瞬で一巡めを食べ終えた。
カツサンドは、モーリッツの勧めで領都で販売するようになり、パンにしては高額だが売り上げは上々である。
しばらく前に、生卵殺菌のために雇われている魔術師が、大量に卵を殺菌できる魔道具を発明し、マヨネーズを量産することができるようになった。
それにより、マヨレシピを色々と試している。
「商会長、ツナマヨサンドとポテトサラダサンドも売れるかな? マヨネーズが入ってるから長持ちはしないけど、味は間違いないでしょ?」
「確かに、これば絶品でございます。その場で食べることができるよう、エリアス様が前におっしゃっていたカフェを併設してはいかがでしょうか」
パン屋の軒先で食べている者も多いと聞いたので、丸太をベンチ代わり置くように手配した。
その際に、店の前にイスとテーブルを出して、紅茶やジュースも飲める「カフェ」のイメージを提案したのだが、従業員が不足していることや天候に左右されることから保留になっていた。
「カフェをやるなら食事になるパンやティータイムの焼き菓子を置きたいし、飲み物も充実させたいな。天気が悪い時も、室内で飲食できるスペースがあればいいんだよね。いっそのこと、新しく作る?」
「エリアス、カフェというのは、今のようにサンドイッチを食べてお茶を飲みながら、気軽におしゃべりをしたり、もっと食べたかったら買って来て食べる店ということかい?」
アルベルトが、サンドイッチを食べ終えて、お代わりを自ら運んできた。
「そうだよ。本当は、その場で飲食するだけでなく、飲み物も買って帰れるといいんだけど、使い捨ての紙コップとかないからね」
「王都で、自宅からカップや小鍋を持ち込む、量り売りのスープ屋を見たことがあるよ」
(マイカップ……季節ごとに何種類も出て、集めてる人がいたな)
エリアスは、某カフェのお洒落なタンブラーを思い出した。
「それと、パンの軽食だったら、プリンパンのとろとろチーズと半熟卵乗せは絶対に置いたほうがいい。本当にあれは美味しかった」
「むむ、前にいただいたプリンパンにチーズと半熟卵ですと。そんなもの美味しいに決まっておりますな。その場で食べるなら、エリアス様が考案なさったホイップクリームを使った菓子も捨てがたい」
そうこうしているうちに、ご飯が炊きあがった。
まずは、ずっと食べたかった卵かけご飯である。
アツアツご飯に卵と醬油。
黄身だけ派も多いが、エリアスは全卵派だ。
サンドイッチをお代わりしたアルベルトも、サムエルと同世代であろうモーリッツも、容赦なく一人前を完食する。
そこに運ばれてきた五目おこわだが、こちらも三人とも美味しくいただいた。
ご飯をお腹いっぱい食べることができる幸せ、本当に素晴らしいことだ。
「早速、優良な物件を探させなくては!」
モーリッツは、ほくほく顔で帰って行った。
35
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
娘の代用品にすぎない偽令嬢(男)は、聖女毒殺の罪で兄に焼き殺されて回帰する
人生2929回血迷った人
BL
侯爵家に拾われた孤児の少年は、死んだ娘の「代用品」として育てられた。
名前も、仕草も、笑い方さえも。
──すべてが他人の模倣品。
家族の愛を渇望しながら、彼はリリアンヌ・ウィンスレットとして生き続けた。
そんな彼には、皇太子ルシアンという婚約者がいた。
リリアンヌのことが好きだと言ってくれた優しい婚約者。
しかし、男であるリリアンヌは、ルシアンの想いに応えられず、逃げるという選択肢を取った。
その結果、今彼の隣にいるのは聖女セレネ。
婚約者としての気遣いは受けるものの、彼の心はセレネにあった。
彼女の嫌味に耐え、出席した3人のお茶会。
セレネはリリアンヌが淹れた紅茶を飲んで、血を吐いて倒れた。
もちろんリリアンヌは毒なんて入れていない。
しかし、弁明の余地はなかった。
杜撰な証言と作り物の証拠だけで、彼の罪は確定した。
裁判は形だけで行われ、彼の人生を捧げた侯爵家は無言を貫いた。
彼の人生はいつもこうだった。
だれも彼を助けに来ない。
母が死んだあの日から、それは変わらない。
あぁ、でも……、やっと楽になれる?
美形令息の犬はご主人様を救いたい
皮
BL
シエノークは美しき侯爵令息ルスランの忠実なしもべであり、犬だった。ルスランを盲信し、王家に叛逆するルスランを支え、ルスランが王家の騎士に斬られて命を落とすまで傍にいた。その後、シエノークもまた命を落とし、──ベッドの上で目を覚ました。9歳に戻ったシエノークはご主人様であるルスランの破滅を防ぐことを決意する。/美形令息×美形令息の犬
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
ぼくが風になるまえに――
まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」
学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。
――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。
精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。
「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」
異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。
切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。
ダレン×フロル
どうぞよろしくお願いいたします。
公爵子息だったけど勘違いが恥ずかしいので逃走します
市之川めい
BL
魔王を倒した英雄によって建国されたグレンロシェ王国。その後は現在までに二人、王家の血を引く者から英雄が現れている。
四大公爵家嫡男、容姿端麗、成績優秀と全てにおいて恵まれているジルベールは、いつか自分も英雄になると思い、周りには貴公子然とした態度で接しながらも裏では使用人の息子、レオンに対して傲慢に振る舞い性的な関係まで強要していた。
だが、魔王の襲来時に平民であるはずのレオンが英雄になった。
自分とレオンの出生の秘密を知ったジルベールは恥ずかしくなって逃走することにしたが、レオンが迎えに来て……。
※性描写あり。他サイトにも掲載しています。
守ってあげます、旦那さま!〜筋肉が正義の家系で育った僕が冷徹公爵に嫁ぐことになりました〜
松沢ナツオ
BL
アイハレク帝国の守護神と呼ばれるベニトア辺境伯の三男オリヴィンは、筋肉の一族の中でただ一人、絶世の美女である母の容姿を受け継いで溺愛されている。
本人は父や兄達と違うほっそりした体型にコンプレックスを持ち、必死で鍛えてきた。
努力を続け一人前の騎士と父の認められたばかりなのに、皇帝の命により将来有望と呼び声高い若き公爵リオネルと結婚することになってしまった。
皇位継承権のあるリオネルに不満を持つ皇后が、実子の王太子の地位を守るため形骸化していた同性での結婚を持ち出したのである。
当然、辺境伯である父は激怒。家族も憤慨していたが、皇帝の命令には逆らえない。オリヴィンは首都レージュヌに向かい、初めてリオネルに会う。
そこにいたのは、家族とは全く違う冷徹な雰囲気の青年で……?
愛されすぎて美的感覚がバグっているオリヴィンと、両親を事故で失った挙句命を狙われる孤独なリオネル。
正反対の二人が出会って認め合い、やがて愛し合う。そんなドタバタラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる