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第4話 3
しおりを挟む石鹸の泡を流し、二人で並んで湯舟に浸かる。
頭に手ぬぐいを乗せて「うぃ~」と唸ったら、隣で微かに笑う気配がした。
「アル兄様も、遠慮なく、うぃ~って言っていいんだよ」
「そうか。では、今度は言ってみようか」
「うん。同じタイミングで言うと、一体感が生まれるんだぁ」
「ふふ、それはいいね」
おかしなことを言うエリアスに、アルベルトの微笑が崩れて笑い声が零れた。
ふと、隣に並んだ腕を見ると、黄色みがありながらも比較的白いアルベルトの肌に対し、普段は青いくらいのエリアスの白肌は熱でピンク色になっている。
腕をくっつけて見比べる。
「アル兄様は割と色白だけど、島国人はもっと黄色みが強いのかな」
ゆるりと湯を混ぜていたアルベルトの手が止まる。
隣を見ると、笑顔が固まっている。
商談の時から、様子がおかしいことがあった。
何か悪いことを言ってしまったのかもしれないが、エリアスには何がいけなかったのか分からない。
しばらくして、アルベルトがゆっくりを息を吐いた。
「エリアス、醤油は好きかい?」
「うん、大好きだよ! 調味料の中で一番好き!」
「そうか……」
そう言ったまま、アルベルトはまた黙ってしまった。
エリアスは急かすことなく次の言葉を待つ。
いつの間にか硬く握りしめていたアルベルトの拳に手を添え、細い指を潜り込ませて、励ますように手を繋いだ。
「醤油王子ってどういう意味?」
ワントーン低い声に聞こえて、エリアスは慌てる。
「わわっ、あの時、聞こえてたの? 意味わかんないよね……」
「悪口、なのかな?」
「悪口じゃないよ! 醤油顔、ソース顔、塩顔、っていうのがあってね」
調味料の味がイメージする顔立ちについて詳しく説明し、容姿が良い青年を王子と呼ぶ文化についても話した。
「それは、どこの国の話?」
「え?」
(あれ、日本の記憶がある事って話していいのかな?)
突拍子もないことを話してもグラナート家の面々が受け入れてくれることから、エリアスの常識は相当にズレている。
しかも、日本の記憶を話すかどうか以前の問題として、新しい事をしないという約束自体をすっかり忘れている。
「僕の、頭の中の国?」
アルベルトは一瞬ポカンとしたが、ややぎこちない微笑に変わる。
「じゃあ、醤油顔は好き?」
「うん。もちろん! シュッとしてキリっとしてカッコよくて好きな顔だよ」
「では、島国人をどう思う?」
本当の事を言ってもいいのか迷う。
日本と重ねて勝手に懐かしさを感じ、好ましく思っているが、生粋の島国人に会ったことはないのだ。
「……兄様は?」
思わず聞き返す。
「私にとっては、親しみと疎ましさが混在した場所と人種だ」
島国人の血により冷遇されいると聞き、かわいそうだとは思っても、正直なところ現実感は無かった。
だが、幼い頃から虐げられてきた心の傷は想像するよりもずっと深くて、エリアスの全面的な好意にさえ、その中に蔑みがないか用心深く探しているのだ。
「僕……僕はね、人種差別や階級による差別が大っ嫌い。指導者とそれに従う者がいなければ混乱するから、立場の違いっていうのは必要だと思う。上位の者は権力に相当する自覚を持って下位の者を導き守り、下位の者は求められる働きを見せる、僕らはそうやってこの地位に相応しい者であろうと努力している。だけど、たぶん、今の島国は正当な働きよりも多くを王国に搾取されてるよね。僕らは、搾取する側にいるんだよね? 実際はどんなところか、どんな人達がいるのか分からないけど、恨まれてたりしたらやだなって思う」
日本人に似ていたとしてもここは別の世界だから、エリアスのイメージと商会からもたらされる情報、そして今、アルベルトから聞いたことしか知らない。
「それでもやっぱり、島国も、島国の人も、アル兄様も大好きです!」
短い沈黙の後、鼻を啜る音に、泣いているのだろうかと体をアルベルトのほうに向けた。
「エリアス……」
息ぐるしそうな声を上げ、アルベルトがエリアスを抱きしめた。
「ありがとう……ありがとう……ごめんね」
腕ごと抱きしめられていて、涙を拭ってあげることも背中を撫でてあげることもできない。
「あの、僕もごめんなさい。僕がまた嫌なことを言ったらすぐに教えてね。兄様と喧嘩したくないです」
しばらくそうしていた二人は、湯あたりをしてフラフラしながら大浴場を出た。
「なーに二人して真っ赤な顔してるんすか?」
ラウラの小隊の部下で、副隊長のシモンが声をかけてきた。
明るい金髪に灰緑色の垂れ目が優男のように見えるが、辺境軍では五本の指に入る実力である。
孤児で教会育ちのシモンだが、その顔立ちや高魔力持ちであることから、貴族の庶子ではないかと噂されていた。
「うちの姫が心配してたけど、もしかしてもうヤっちゃった?」
アルベルトが慌ててエリアスの両耳を塞ぐ。
「子供の前でやめてください。義兄上こそ、婚前なのにラウラ様の私室に入り浸るのはどうかと」
耳をふさがれても聞こえている。
それに中身は大人の記憶もあるので気にすることはないのだが。
「ははっ、言うね~。でも、俺もまだ何もしてないよ。ララの腹が出てきたりしたら、総督閣下にひねりつぶされちまう」
親の監視下であれば十五歳から入籍できるが、若年出産のリスクから実際の結婚生活は十八歳からと推奨されている。
それでも庶民は好き合った者同士、または家族が懇意にしている者同士が自然と一緒に暮らすようになり、心身の成長に従って夫婦となるから、実際の年齢は重要視されていない。
エリアスはアルベルトの手を引きはがして、シモンに向けて人差し指を突き付ける。
「シモン兄様、僕だって、そんなことしたらひねりつぶすからね。出産に適した年齢は十八歳以降、出来れば二十を過ぎたほうが安全なんだから!」
「あ、うん。分かった……一応、冗談だからな?」
シモンは、気まずそうに笑って去って行った。
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