冷遇王子を匿ったらまさかのアレがついてきた

すずね

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第4話 4

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 もうすぐ、アルベルトと過ごすようになって二度目の冬が来る。
 
 うやむやにして解消できるよう「婚約者候補」としていたが、アルベルトからもたらされる島国情報の有用性から、グラナート家にも理があると判断され、正式に婚約することになった。 
「父上、もう、女のお嫁さんは諦めます。っていうか、お嫁さんはアル兄様しか考えられません!」
 アルベルトが来てまだ間もない頃、そんな事を言いだしたエリアスに、サムエルは婚姻を結ぶことの意味について何度も言って聞かせたが、考えを変えることはなかった。
 最初は、島国情報を得るためという利己的な理由で彼に取り入ろうとしていた。
 だが、物静かだが芯はしっかりとしていて、優しく落ち着いた雰囲気は理想のお兄さんで、彼と過ごす時間は本当に楽しく離れがたくなってしまった。
 前世では結婚どころか女性と付き合う機会もないまま人生を終えたエリアスだから、本当の夫婦になれなくても、信頼できるパートナーが共に生きてくれるだけで十分なのだ。
 難色を示していた女性陣も、エリアスがアルベルトに懐いている様子を見て早々に諦めた。
 エリアスが十五歳になったら入籍することを決め、横やりが入る前に盛大に婚約式を行うことになった。
 そしてその翌年、アルベルトが十八歳になった時、王位継承権を放棄する。
 居場所だけでなく、籍も王族から離れれば、アルベルトの命が狙われる危険は減るはずだ。

 今日は、来年の婚約式のネタ探しを兼ねた視察のために、領都の商店街に向かっている。
 邸宅から馬車で一時間と少し走り、商店街の馬車回し広場に到着した。
 街歩きなので、二人とも、白いブラウスにジレとパンツという軽装に身を包んでいる。
 エリアスは丈の長い深緑のジレに、同系色タータンチェックのハーフパンツ、アルベルトは丈が短い黒のジレと、白黒に緑ラインが入ったタータンチェックのスラックスという、学生風コーデで揃えている。
 この世界に学生服の概念はないので、現代日本の私立学校をイメージして作ってもらった。
 エリアスのロングジレは胸元に切り替えが入っており、鏡に映る姿がスモックを着た園児のように見えたが、幼い容姿によく似合って愛らしいので良しとした。
 対して、長い黒髪を高い所で結び、長剣を腰に下げているアルベルトは、物語に出てくる騎士学校の学生のようで、凛々しくて本当に格好良い。
 城を出て安全で健康的な生活をしているせいか、心身ともに美しく男らしく成長している。
「アル兄様、最近ちょっとカッコ良くなりすぎじゃない? おチビさん同士、のんびり大きくなればいいと思っていたのに、先を越された!」
 頬を膨らませて口を尖らせると、丸い頬を指先で突かれた。
「エリアスも背が伸びただろう? お兄さんらしくなってきたよ? 私が十一歳の頃の背丈と同じくらいだから、すぐにもっと大きくなるよ」
 本気で拗ねているわけではないが、そんな風に慰めてくれるのが嬉しい。
「本当? 父上みたいに大きくなれるかな」
「なれるといいね」
 アルベルトの優しい返事に重なり、「いや、無理だろ」と、馬車の外から微かに聞こえてきた。
(失礼なことを言うのはシモン兄様だな!)
 子供の夢を壊さないで欲しいとエリアスは思う。
 
 馬車の扉が開き、先に下りたアルベルトが手を広げ、そこにエリアスが飛び下りる。
 アルベルトは、受け止めてそのまま抱っこする。
「ありがと!」
 アルベルトの頬にチュとキスしたら、白い頬に口づけが返される。
「どういたしまして」
 相変わらずのアルカイックスマイルだが、一年の付き合いの中で、すました笑みの中に親しみを感じるようになった。

 馬車回しの広場は混雑しているので、前抱きにされたまま歩き出す。
 護衛を兼ねた案内役としてラウラとシモンが同行しているが、他にも数名、民に紛れて護衛と連絡係を配置している。
 犯罪率が低く豊かな領地だが、王族と高位貴族嫡男である以上、一歩屋敷を出ればどんな危険があるか分からない。
 そのため視察ルートはあらかじめ決まっており、好奇心旺盛なエリアスであってもそれを外れることはない。
 計画外の場所に行けば安全に護衛することができず、迷惑をかけるからだ。
 それでも、街の喧騒と様々な物が混じり合った匂いに胸が高まり、ワクワクが止まらない。
 護衛など気にせず片っ端から覗いて回りたい。
 衝動的に走り出しそうになるのを抑えて、アルベルトにしがみつく。
 本来は慎重で、周囲の様子を窺い、大丈夫だと分かってから初めて行動するような人間だったはずだが、完璧な淑女と呼ばれるバレンティーナや幼い頃から大人びた言動のユリアとは似ずに、なぜかサムエルやラウラに似て大胆で行動的だと言われてきた。
 前世でも、幼い頃は所かまわず抱っこをせがんだり、大した怪我でもないのに大泣きしたり、体調が悪いのに庭で遊んで叱られたりと、無邪気に過ごした時代もあった。
 だが、母親からの圧力で、いつの間にか子供らしい行動を抑制するようになっていた。
 虐待されたわけではないが、言う通りにしないと納得してくれない人だった。
 そのせいか、つい周りを優先してしまう癖がついてしまった。
 一人っ子で体も弱かったから、過干渉で口うるさくされても母親を求め、頼りにしていたことを覚えている。
 父親の記憶は殆どないから、家族に対して無関心な人だったのだろう。
 子離れも母離れもできないまま成人し、大人になっても干渉され続けて、ほとほと嫌になった。
 成人後の遅い反抗期に、母はヒステリーを起こし、手当たり次第に物を投げつけ、大声で狂ったように叫んで気を失った。
 すぐに回復したが、そんな姿を見て以来、母親に意見することができなくなってしまった。
 大学卒業後は母の実家の会社に勤め、母の紹介で見合いもしたが、母の影がちらついて彼女に気持ちを寄せることはできなかった。
 年を重ねるごとにひどくなるわがままに付き合い、やがて認知症になった母を介護しながら、自分の人生は何だったのだろうと振り返り、苦い後悔だけが残った。
 エリアスとしての人生には理解ある家族がおり、貴族子息であるにもかかわらず、恵まれすぎているくらいに自由だ。 
 今まで自覚していなかったが、自由な生き方をしたかったという、前世の無念を晴らそうとしているのかもしれない。
「どうした? 怖いのかい?」
「違うの。嬉しすぎて胸がギュッとしちゃったの」
 しがみついたまま顔を首元に押し付けたら、アルベルトは黙って背中をトントンと叩き、優しく撫でてくれた。

 広場付近は食材を扱っている店が多く、市場のような役割を持っている。
 荷の積み下ろしのために早朝から多くの人々が出入りしており、日が高くなってきたこの時間帯でもまだ混雑していた。
 元々、似たような商品を扱う店が集まり、人が住み、店員や客が利用する飲食店ができ、遠方から来た客が泊まる宿が建ち、そうして大きくなっていった街だった。
 次第に手狭になり、混雑のため犯罪が多発し、汚物や汚水による不潔な環境から疫病が蔓延した。
 先代領主の命で拡張と区画整理を行い、北側の馬車回し広場を中心に平民向けの商店街を、南側の馬車回し広場を中心に貴族向けの高級店や宿を配置することで諸々の問題を解決した。

 広場を出るとすぐに、小麦や野菜や肉などの日常的に使う食品を扱う店が続き、年末年始のアメ横のような賑わいを見せている。
 エリアスは、人ごみをかき分けて進むアルベルトに抱っこされたまま、きょろきょろと商店を見回す。
 貴族街には何度か来たが、商店街を訪れるのは初めてだから、全ての光景が物珍しい。
「アル兄様は歩くの慣れてるね。王都の街に行ったことあるの?」
「歩き慣れているのは、島国の朝市と似ているからかもしれないね。こちらは、荷車が通る余裕があるからまだましだよ。朝市では人と人がくっついたまま進まなくてはいけないくらい込み合っている場所もあるからね」
「僕も行ってみたいなぁ」
 エリアスが求めるような、様々な食材や食べ物があるに違いない。
 二人で歩くことを想像するだけで楽しい気持ちになった。

 しばらく歩くと甘酸っぱい香りが漂い、カラフルな果物が目に入った。
 どの店も、中央の目立つ場所には小振りなリンゴを山積みにしている。
 つがるや王林に比べて酸味は強いが、安価で食べ応えがあるリンゴは庶民の間でも人気の果物だった。
 種類豊富なベリーも販売されているが、一般家庭では野生のものを自分達で摘んで食べているので、購入するのは主に屋敷の使用人や料理店の従業員である。
「エリアスがリンゴたっぷりのバターケーキを売り出してから、庶民の間でも果物と小麦粉の焼き菓子が流行ってるらしいよ。砂糖は高級品だけど、小麦粉と卵はいつでも家庭にあるものだからね」
 横を歩くラウラが、周囲に警戒しつつ話しかける。
「砂糖なしでも十分に美味しいから、孤児院の子供達も自分で作って食べたり、販売しているんだよ」
 シモンが後ろから声をかけた。
 孤児院を併設している教会にも立ち寄る予定なので、子供達が作った焼き菓子を購入することができるだろう。

 人の流れが落ち着いたところでアルベルトの腕から下りて、今度は手をつなぐ。
 アルベルトの手が冷たい。
 大きな手を引き寄せ、エリアスの頬にあてて温める。
「エリアスが冷えてしまうよ」
「僕は冬でも暑がりだから大丈夫だよ」
「本当だね。ぽかぽかしている」
 アルベルトは両手でエリアスの頬を包む。
「往来でイチャイチャしてないで進もうねー」
 後ろからシモンに言われ、慌てて前を向いた。

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