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第4話 2
しおりを挟むこの数日で、アルベルトには一通り屋敷の施設や庭園を案内し終えた。
エリアスの活動拠点である厨房と庭園にはもう何度も行っている。
アルベルトの希望で書庫に滞在することが増えて、浮かれて遊んでいた分の遅れを取り戻すべく、エリアスも一緒に勉学に励んでいる。
また、家庭教師が来た際にも、北部貴族として必要な知識をアルベルトも共に学ぶことになった。
いつも一緒に過ごしている二人だが、エリアスが大好きなお風呂タイムだけは断られ、変わらず侍女達に入れてもらっている。
温泉文化の良さを共有したいエリアスだが、侍女はお世話はしても当然一緒に入ってくれないし、淑女である母や姉達は子供であっても異性と入ることはない。
父や側近が屋敷の大浴場を使うこともあるが、皆カラスの行水で、汗と汚れを流したらさっさと出てしまう。
辺境軍の訓練所には乾サウナがあり、健康維持を兼ねて訓練終りに毎日使用しているので、大浴場でゆっくり温まる必要性を感じないようだ。
比較的乾燥している地域が多く、水源が豊富とは言えない王国でお風呂に浸かるというのはかなりの贅沢で、女性を美しく仕上げるためのエステのような意味合いが強かった。
グラナート家にも、淑女を磨くための入浴室やサムエルが愛用しているサウナ、部屋に持ち込むタイプのタライのような浴槽はあったが、大浴場はなかった。
エリアスの知識が有用と知られてから、厨房周辺の水回りを大改造して、ついでに下水のろ過や循環まで整備して、潤沢にお湯を使える大浴場が完成したのだ。
湯沸し器や電灯は無いので、電気やガスに相当する部分には魔道具や魔石を組み込んである。
全て贅沢品だが、その後、お抱え魔術師達の努力で低燃費・低価格を実現すべく様々な研究も進んでいる。
話は戻してアルベルトだが、王城の離宮にも浴場があり、主人から順に下働きまで入浴する習慣があった。
水が豊富な島国では国民全体に入浴の習慣があるため、離宮の主人であるハナ側妃の意向でそのようにしている。
アルベルトも幼い頃は侍女に入れてもらっていたが、七歳の誕生日からは一人で入浴していた。
十五歳となった今、使用人であっても、女性に入浴の世話をされるのは受け入れ難い。
そんな理由であれば、エリアスも無理強いすることはできない。
「じゃあさ、僕が施設の使い方を教えるから、二人だけで入ろうよ。上手に洗えないところをアル兄様が手伝ってくれたら、僕だって侍女のお手伝いいらないでしょ?」
良いことを思い付いたとばかりに、アルベルトの手を引いて母親のところに突撃した。
アルベルトを慕うエリアスの様子を見て絆されつつあるバレンティーナは、あきらめの表情を滲ませ、好きにするよう言い渡した。
温泉文化はいい。
初めての社員旅行は、山間部の温泉宿だった。
大きな風呂に浸かって世間話をしただけなのに、一気に心の距離が近くなった。
口の悪い先輩が実は言った後で気にしていたこと、先に出勤して掃除をしていたら皆が感謝していたこと、敬う態度が慇懃無礼に思われていたことなどを聞かされて驚いた。
面と向かって言いにくいことだっただろうが、裸の付き合いの中でつい話してしまったようだ。
脱衣所で、アルベルトに衣服を置く場所や手ぬぐいを持つことを教えて、服を脱いで浴室に入る。
洗い場で振り返り、アルベルトの体を見て「おおっ」と思わず声を出してしまった。
服を着ていると貧相に感じるほど細身で小柄であったが、全身に薄い筋肉が乗っており、思っていたよりも良い体をしていた。
そして当然だが、可愛いお兄さんではあっても男性の象徴はしっかり大人になっており、エリアスは自分の腹の下を見て比べるように二度見をしてしまった。
「男同士でもジロジロと見るものではないよ」
「違うよ! 痩せてても筋肉質だからビックリしたんだよぅ」
焦って言い訳するエリアスに、アルベルトは少しだけ目を細める。
「こう見えても、剣技は同世代の中で上位だと評価されている。陛下から賜った剣に魔力を付与しているから、あれを使ったら王城の騎士と競っても上位に入れると自負しているよ」
島国の男性はそもそもが細身で身長も低め、加えて成長がゆっくりなので、その血を濃く引いている自分は成長が未熟なように見えるが心配しないよう説明された。
だが、肌や髪の艶はこの屋敷に来てから確実に良くなっているので、これからも栄養豊富な料理を食べさせ、一緒に入浴して磨こうとエリアスは心に決める。
先ずは湯舟から手桶でかけ湯をして頭や体を流し、シャワーが設置された洗い場に椅子を出して座らせる。
隣に並び、シャンプーで頭を洗う。
一人で入浴していたアルベルトだから、洗浄剤や使い方を教えれば問題ない。
エリアスも出来ないわけではないから、二人並んで頭や体を洗い、上部に設置してあるタイプのシャワーで泡を流した。
「ここでは、洗浄剤にも潤いや香があるのだね」
アルベルトの問いに、エリアスは嬉々として石鹸やシャンプー開発の苦労と完成品の自慢をする。
「以前は南部の高級オリーブ石鹸を取り寄せて使っていたから贅沢品だったんだけど、病気を防ぐには清潔が一番で、しかも簡単にできることだから、北部の高位貴族を中心に手洗いうがいの習慣を取り入れたんだ。庶民に石鹸は高額だから、北部で余るほど取れる獣や魔獣の動物脂と、薪から出る灰を使って安価な石鹸を作ったの。今は、島国から取り寄せた菜の花や椿を栽培して抽出した油を使って、殺菌効果のハーブを入れたり香りを付けたりして様々な石鹸を作ってるよ」
「椿油はエリアスが国内に流通させたのか。母が、娘時代に愛用していた椿油が手に入るようになったことを喜んでいたよ。王都で動物脂は、輸送や保管に便利な固形燃料であり、魔獣油については火力も強いから高級品の扱いだが、場所が異なれば価値も違うのだね。王都では、石鹸を使わずとも石鹸草と言われる草がどこにでも生えているから、もみ込んでそのまま使うなり、煮込んだ汁を使うなり、市井でも王城の洗い場でも皆が利用している。王族や高位貴族の湯あみには石鹸を使っているけどね」
「えー! ちょい待ち! ただで洗剤を作れるの? でも、そんな植物のことは聞いたことないし、商品も回ってこないよ!」
「草も煮汁も日持ちしないし、ただで手に入るのだから売る者はいないよ。こちらは乾燥していて寒いから、石鹸草の生育には適さないのだろう。北部も広いから、中央寄りの地域では使われているのではないかい?」
ならば、よくよく探せば北部の気候に向いた石鹸草があるかもしれない。
なければ、温度や湿度を管理して栽培すればいい。
動物脂の石鹸は普及したが、無料ならば生活に困窮している家庭でも使えるし、街で煮汁を売って日銭を稼ぐことも出来るだろう。
現代日本の知識があることから、庶民の知恵に目を向けることをしてこなかった。
思い込みは良くないと、エリアスは反省した。
「他には? 病気の予防とか、清潔のための工夫ってないの?」
「そうだね、島国固有で珍しい物といったら楊枝の木かな」
「楊枝? それって使い捨てのフォークみたいなやつ? 薬になるの?」
前世の楊枝はパックで百円程度で売っていたが、それが薬になる話は聞いたことがない。
「良く知っているね。主に、短い串がフォークのように使われているけど、歯磨きにしたり煎じて飲んだり油を搾ったり、万能薬として使われているらしいよ」
抗菌効果がある、少しお高い楊枝を使ったことがあるような気もするが、ほとんど覚えていないことを残念に思う。
それもまた、アルベルトの旅日記に詳しく記載しているそうなので、次回の商談までに調べることにした。
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