天使の声と魔女の呪い

狼蝶

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 夏期休暇も中間に入りいよいよ暑さが盛りになってきた頃、リリーたち学生は学園で開催されるパーティーに出席しなければいけなかった。
 毎年この時期に行われるもので学園に通う者は全て参加することが決められており、今年が最後であるギムリィは感慨深いと言いながらもいつもと変わらないビシッと決まった服装で現れた。玄関先では既に用意の調ったハレムがそわそわとせわしなくしており、ギムリィも一見余裕そうだが耳先がほのかに赤らんでいるのが見える。
 そこに召使いに磨かれたリリーが歩いてくると、今までの様子が一変し、二人は自身の弟の美しさに感嘆の溜息を吐いた。それに勘違いをしたのかビクッと怯えるリリーに対し、優しく肩を抱き『大丈夫だよ。似合っている』と微笑む。そうすると安したようにほにゃりと顔を緩めるのだから、兄としては弟の危機感のなさに多少の危機感を抱くのは当然だろう。
 横ではハレムも『可愛い、可愛い』と猫かわいがりをしている。

 『にぃしゃんたちも、にあってぅよ』

 笑顔で言われたその言葉に兄二人が悶えていると、召使いが来客を知らせに来たのでリリーたちは一斉に喋るのを止めた。

「待たせたかな?俺の可愛いハニー」
「お待たせしました、さぁ行きましょうかハレム」
「待たせてしまい、すみません。リリー、今日もすごく似合っていますよ」

 通されたであろう彼らのパートナー(リリーの相手はまだ正式には決まってはいないが)であるクォードとジル、そして今日はゼウが正装をして立っていた。
 あからさまな言葉を口にしたクォードにギムリィは思わずおぇっという様な顔をしたが、顔は赤くそれが照れ隠しなのだと周囲にはバレバレだった。クォードたちは王族の正装をしており、皆同じ服装なのだがマントがそれぞれ異なる色で、どれも質が良く彼らに似合ったものだった。

 ゼノ――今日はゼウらしい――も、立派に王族の一員で、兄たちと揃いの衣装に威厳と猛々しさが感じられた。

 さて行こうと皆仲良く馬車に乗り、三台の馬車がゆっくりと屋敷を出発した。

 会場である学園の大ホールでは、集まった生徒たちがざわざわとそれぞれの話に花を咲かせていた。皆の噂の中心はずばり、今回参加する王族たちであった。第一王子のクォードは今年が最後で、反対に第三王子のゼノは初参加。こうして第一・第二・第三王子が参加する学園パーティーは歴史的であり、それに参加できる自分たちは光栄だと皆張り切って着飾ってきたようである。

 また王子の噂と共に囁かれるのは、当然彼らの婚約者であるホワイトローズ家の話題だ。その話を口に出すとき、皆揃って口を歪め大層愉快だという風に彼らの話題を盛り上げた。
 優雅な音楽に人々の話し声が混ざる大ホールの扉が開き、皆の話題の中心である人物たちが姿を見せると会場全体がわっと沸いた。
 道を空けるようにして別れた生徒たちは、その開けられた道を堂々と歩く人物たちに憧れの視線を向ける。王子たちの神々しい姿はもちろん、彼らと歩を共にするホワイトローズ家の三兄弟も皆違った美しさで、彼らが腕を組んで歩く姿に思わず溜息が出るほどである。

 一方人の視線が苦手なリリーは皆の視線から逃げるように俯きがちになったが、隣を堂々と歩くゼウに優しく耳元で『大丈夫だよ。私が側にいるから』と囁かれ、視線どころでなくなってしまっていた。頬を染めて照れる可憐な姿に、何人もの生徒が見とれているとも気づかずに。

 その後は王子たちへの挨拶やダンス、食事や飲み物を楽しみながらの会話など各々がパーティーを楽しんでいく。挨拶をしたい生徒の列ができてしまったゼウの邪魔にならないよう、リリーは壁際に張り付き周りの空気に溶け込むよう努力をしていた。

「どうぞ」
「・・・・・・っぁ」

 いきなり声をかけられ顔を上げると、ウェイターから飲み物を手渡される。咄嗟に受け取ってしまったが、それはリリーの苦手な、微量なアルコールが入ったものであることに気づき返そうとするが男はすでに遠くを歩いていた。
 はぁ・・・・・・と小さな溜息を一つ吐き、手元のグラスの中身を覗く。グラスを傾けるとそれに併せるようにとろりとした液体が形を変える。一見毒々しい赤紫色だが、照明の明かりを受けてその色を複雑に変えていく。
 リリーはテーブル付近を歩いているウェイターにグラスを返そうと、その中身を零さないように留意しながら歩き出した。

「・・・・・・っ!」
「ぃてっ・・・・・・って、うわっ・・・」

 しまった・・・!!と頭が真っ白になる。自分の存在に気づいていないウェイターがテーブルのあちら側に行こうとしているのを見て焦って小走りに近づいたが、ウェイターに視線が向いていたため他に注意が向かず人とぶつかってしまったのだ。相手がぶつかったのは肩だったが、最悪なことにグラスを持っていた腕と当たってしまい、その服に染みを作ってしまったのだ。
 そしてもっと最悪なことに、その相手はフラウだった。



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