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しおりを挟むフラウは赤紫の染みが広がった自分の胸を見て思いきり顔を顰め、ぶつかってきた相手を睨もうと顔を上げるとそこには顔を真っ青にしたリリーがグラスを片手に佇んでいた。
その顔を見た瞬間機嫌が急降下していたのが嘘のように笑いがこみ上げてきたようで、フラウは思わず口の端をつり上げていやらしい目をリリーに向けた。
「おい、謝れよ」
にやりと歪められた口からその言葉が出た瞬間、リリーはビクリと肩を震わせた。
「うっわぁ-・・・、すっごい染みになってますね。これ、フラウくんのおじいさまからいただいたものなんでしょう?大変!!」
意地悪そうに笑むフラウの背後からタイムが身を乗り出し、台無しになってしまった彼のジャケットを覗き込んで大きな声でそう言うと、一部始終を見ていた者たち以外の視線もこちらへと集まりだした。皆、手を口に当てて何かを言っている。きっと、責められているのだ、とリリーは地面を見ながら思った。
「どうするんですかー?フラウくんの大切なものなのに・・・・・・」
「本当だな。一体、どうするつもりだ?リリー=ホワイトローズ」
「ぁ・・・・・・ぅ・・・・・・」
どうすれば良いかわからずまごついていると、フラウが目の前までやってきて服を見せつけるようにして主張する。
「はぁ・・・・・・、早く謝れ」
その視線のあまりの冷たさに思わずひゅっと空気を吸い込むが、喉からは変わらず音が出ない。むしろいつもよりも喉が収縮してしまって、息を吸うのも難しいと感じた。酸素も上手く吸えている気がせず、段々意識も朦朧としてきた。
「ほら。まずは跪けよ。な?」
そう言われ、肩をすごい力で押さえつけられそれに耐えられず足を折ってしゃがんでしまう。中心で繰り広げられている異様な状況に周りもいよいよ騒がしくなってきており、リリーはパニックでもう何が何だかわからなくなっていた。
「謝ってください。それくらい、できるでしょう?」
「っぅ・・・・・・」
腕を組んで覗き込んでくるタイム、面白そうににやにやと見つめてくるフラウ、そして表情には出さなくても心では笑っているのがわかる周りの生徒たち。もう声を出してしまった方が楽になれるのではないかと一瞬頭を横切ったが、自分があの声を出してしまったらきっと兄たちやクォードたちに恥をかかせてしまうかもしれない。そう思うと、喉が締まり言いかけた謝罪を飲み込んだ。
「早く謝れよっ!」
言葉を飲み込んだリリーにイライラしたのか、フラウがさらに肩を押さえつけてくる。その力にさらに身体を折り曲げ、頭が足下へと近くなる。
「おいっ、何の騒ぎだこれは!!」
「「「っ、リリー!!?」」」
すると突然遠くからクォードの叱責する声が聞こえ、その後に自分の名前を呼んで駆けてくる足音が聞こえた。
「貴様っ!!リリーに何をっ!?」
「リリーが俺の服を台無しにした。それで謝罪をしてもらおうとしたんだが・・・・・・何か間違ってるか?」
駆け寄ってきたハレムとゼウに身体を包まれ支えられる。リリーを守るようにフラウの前へ立ったギムリィはフラウに怒りをぶつけたが、フラウは大袈裟に手を広げながら自分の正当性を周りに問う。それになんとなく応えられない周囲の中にも、まばらに首を横に振る者がいた。
「代わりに俺が詫びる。それでいいだろう?」
「はぁ?ホワイトローズ家の三男は謝罪の一つもできないっていうのかよ?」
思わず自分が謝るからとギムリィに手を伸ばしかけたが、ハレムに口を塞がれ黙っていろと言われた。だが、自分が黙っていれば、彼らが代わりに貶められる。それだけは、なんとかしてでも避けたかった。
「フラウ、年に一度開かれる場だぞ?少しくらい寛大になれないのか」
「おや、まさか国民全員に平等であるべき国の頂点に立つクォードライト様が、ホワイトローズ家の肩を持つのですか?」
「そういうことでは――
「ですがここにいる皆はそういう意味として取りますよ?正当な謝罪を求めているのに、それをしない相手を庇う・・・、王家はブロッサム家よりもホワイトローズ家を懇意にしている、とね」
だめだ・・・・・・、このままでは自分のせいでクォードの印象も悪くしてしまう。
何もできない。謝罪すらできないその無力さに、リリーの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。今にも牙を剥きそうなハレムはそんなリリーを痛いほどに抱きしめ、『大丈夫だよ、大丈夫』と背中を優しくさすり続けてくれている。
リリーはもう、本当に自身の口を忌まわしく思った。まともに喋れない口。言葉を発すると聞いた者を腑抜けにさせてしまうくらい芯の通っていない声、情けないしゃべり方。そんな自分の声を、ここにいて自分を守ってくれる人たち――ギムリィやハレム、クォード、ジル、そしてゼウ、ゼヌ、ゼノはいつでも真剣に、聞いてくれた。そんな大切な人たちを傷つけたくない。色んな言葉や障害で傷ついて欲しくなかった。
拭っても拭っても涙は止まらず、瞼が腫れてじんじんする。拭う手をゼウに掴まれたが、涙は流れるばかりだった。
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