天使の声と魔女の呪い

狼蝶

文字の大きさ
20 / 60

20

しおりを挟む

 フラウは赤紫の染みが広がった自分の胸を見て思いきり顔を顰め、ぶつかってきた相手を睨もうと顔を上げるとそこには顔を真っ青にしたリリーがグラスを片手に佇んでいた。
 その顔を見た瞬間機嫌が急降下していたのが嘘のように笑いがこみ上げてきたようで、フラウは思わず口の端をつり上げていやらしい目をリリーに向けた。

「おい、謝れよ」

 にやりと歪められた口からその言葉が出た瞬間、リリーはビクリと肩を震わせた。

「うっわぁ-・・・、すっごい染みになってますね。これ、フラウくんのおじいさまからいただいたものなんでしょう?大変!!」

 意地悪そうに笑むフラウの背後からタイムが身を乗り出し、台無しになってしまった彼のジャケットを覗き込んで大きな声でそう言うと、一部始終を見ていた者たち以外の視線もこちらへと集まりだした。皆、手を口に当てて何かを言っている。きっと、責められているのだ、とリリーは地面を見ながら思った。

「どうするんですかー?フラウくんの大切なものなのに・・・・・・」
「本当だな。一体、どうするつもりだ?リリー=ホワイトローズ」

「ぁ・・・・・・ぅ・・・・・・」

 どうすれば良いかわからずまごついていると、フラウが目の前までやってきて服を見せつけるようにして主張する。

「はぁ・・・・・・、早く謝れ」

 その視線のあまりの冷たさに思わずひゅっと空気を吸い込むが、喉からは変わらず音が出ない。むしろいつもよりも喉が収縮してしまって、息を吸うのも難しいと感じた。酸素も上手く吸えている気がせず、段々意識も朦朧としてきた。

「ほら。まずは跪けよ。な?」

 そう言われ、肩をすごい力で押さえつけられそれに耐えられず足を折ってしゃがんでしまう。中心で繰り広げられている異様な状況に周りもいよいよ騒がしくなってきており、リリーはパニックでもう何が何だかわからなくなっていた。

「謝ってください。それくらい、できるでしょう?」

「っぅ・・・・・・」

 腕を組んで覗き込んでくるタイム、面白そうににやにやと見つめてくるフラウ、そして表情には出さなくても心では笑っているのがわかる周りの生徒たち。もう声を出してしまった方が楽になれるのではないかと一瞬頭を横切ったが、自分があの声を出してしまったらきっと兄たちやクォードたちに恥をかかせてしまうかもしれない。そう思うと、喉が締まり言いかけた謝罪を飲み込んだ。

「早く謝れよっ!」

 言葉を飲み込んだリリーにイライラしたのか、フラウがさらに肩を押さえつけてくる。その力にさらに身体を折り曲げ、頭が足下へと近くなる。

「おいっ、何の騒ぎだこれは!!」

「「「っ、リリー!!?」」」


 すると突然遠くからクォードの叱責する声が聞こえ、その後に自分の名前を呼んで駆けてくる足音が聞こえた。

「貴様っ!!リリーに何をっ!?」

「リリーが俺の服を台無しにした。それで謝罪をしてもらおうとしたんだが・・・・・・何か間違ってるか?」

 駆け寄ってきたハレムとゼウに身体を包まれ支えられる。リリーを守るようにフラウの前へ立ったギムリィはフラウに怒りをぶつけたが、フラウは大袈裟に手を広げながら自分の正当性を周りに問う。それになんとなく応えられない周囲の中にも、まばらに首を横に振る者がいた。

「代わりに俺が詫びる。それでいいだろう?」
「はぁ?ホワイトローズ家の三男は謝罪の一つもできないっていうのかよ?」

 思わず自分が謝るからとギムリィに手を伸ばしかけたが、ハレムに口を塞がれ黙っていろと言われた。だが、自分が黙っていれば、彼らが代わりに貶められる。それだけは、なんとかしてでも避けたかった。

「フラウ、年に一度開かれる場だぞ?少しくらい寛大になれないのか」

「おや、まさか国民全員に平等であるべき国の頂点に立つクォードライト様が、ホワイトローズ家の肩を持つのですか?」

「そういうことでは――

「ですがここにいる皆はそういう意味として取りますよ?正当な謝罪を求めているのに、それをしない相手を庇う・・・、王家はブロッサム家よりもホワイトローズ家を懇意にしている、とね」

 だめだ・・・・・・、このままでは自分のせいでクォードの印象も悪くしてしまう。
 何もできない。謝罪すらできないその無力さに、リリーの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。今にも牙を剥きそうなハレムはそんなリリーを痛いほどに抱きしめ、『大丈夫だよ、大丈夫』と背中を優しくさすり続けてくれている。

 リリーはもう、本当に自身の口を忌まわしく思った。まともに喋れない口。言葉を発すると聞いた者を腑抜けにさせてしまうくらい芯の通っていない声、情けないしゃべり方。そんな自分の声を、ここにいて自分を守ってくれる人たち――ギムリィやハレム、クォード、ジル、そしてゼウ、ゼヌ、ゼノはいつでも真剣に、聞いてくれた。そんな大切な人たちを傷つけたくない。色んな言葉や障害で傷ついて欲しくなかった。
 拭っても拭っても涙は止まらず、瞼が腫れてじんじんする。拭う手をゼウに掴まれたが、涙は流れるばかりだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

【完結】禁断の忠誠

海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。 蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。 病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。 そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。 幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。 ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。 その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。 宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。 互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。 己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。 宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。

処理中です...