天使の声と魔女の呪い

狼蝶

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『りっ、リリアナっ!!』

『まーぁ、可愛い赤ん坊だこと。生まれたばかりだというのに、お目々はぱっちりだし、唇は美味な果実のように可愛らしい。これが貴方が私を裏切った証拠・・・・・・。こんなに可愛らしいのに・・・、溜まらなく憎いわ・・・・・・』

『な、何をする気だ!!リリーを離せっ!!』

 リリーを取り返そうと手を伸ばすがリリーを抱えたままひらりと交わされ、唇の箸をゆっくりと持ち上げるのが目に入る。

『実は私ね・・・、魔女なの。大昔に人間と争って人間界から追い出されたその一族の一人。だからね、呪いだって施すことができるのよ?』

『よせ・・・・・・やめろ・・・・・・』

『“貴方の愛し子は、永遠に成長しない。一生貴方の愛し子のままよ”』

『な・・・、なに、を・・・・・・?』

『うふふっ、これでこの子は一生赤ん坊のまま。可哀想に。成長しないこの子を見て、私への懺悔をを繰り返すといいわ』

 そう言って、彼女は闇に去って行った。廊下には彼女の笑い声が長い間こだまし、ロイズは腕の中のリリーを目に、崩れ落ちるしかなかった。


 こんなことを妻や周りの者に言えるはずもなく、ロイズは黙っていた。リリアナのことや、リリーにかけられた呪いのことを。いつかバレることをわかっていたがらも、言い出すことができなかった。
 ビクビクとしながら日々リリーの様子を見ていると、彼はすくすくと順調に育っていった。ロイズの心配を裏切るように。リリーの兄たちと変わらない成長に、張っていた緊張が一気に解けていく気がした。なんだ、あれは彼女のイタズラか、とほっとした。全て彼女の勘違いだが、きっと私への腹いせのためのイタズラだったのだろう、と。
 成長していくリリーは本当に可愛かった。ぷくぷくした手足で部屋を這い回る姿や、ふくふくとした頬を賢明に動かしものを食べたり喋ったりする。初めて『とーしゃ』と言われたときなどは、ギムリィとハレムのときもそうだったが身体から芯が抜けてでろでろになってしまった。一つ・二つ上の兄たちも、末っ子の存在にめろめろだった。
 だが、ギムリィもハレムも普通に話せるようになり、リリーもその年を迎えたというのに、一向に彼のしゃべり方は成長しなかった。彼も自覚があるようで、頭では普通に話せるのだが口から外に出すときに上手くいかないらしい。
 それを聞いて、ロイズはまさか・・・と背中に冷や汗をかいた。

 そしてその嫌な予感は的中したのだ。呪いが失敗したのか、“永遠の赤ん坊”は話し方に反映されているらしい。
 皆がその異常さに首を傾げ怪訝な顔をするのに、やはりロイズは言い明かすことができなかった。


 それから必死になってその呪いの解き方を探した。文献を漁っていくと、それらしい内容に行き当たる。
 お伽話の中の存在とされていた魔女は本当に実在していたのだ。魔法を使う彼ら魔族は邪な魔法で人々を操り陥れるとされ、人間は彼らをその地から追放し、彼らの名は人間の世界からは消えた――。だがぽつりぽつりとその存在は、様々な本の中で登場してくる。大半は彼らが人間への復讐として災害を起こしているのだという主張だったが、“呪い”という文字も所々に記してある。また、同姓の間に子ができるのも、魔族が関係しているという記述もあった。そして貴族たちも金で彼らを雇い、魔法の力で非現実的なことを実現させたりしているのだということが書かれていた。
 “呪い”という文字に食いつきその解き方を読み進めると、それは教会にいるある人物が解いたのだと書かれていた。その女は“聖女”と呼ばれる清い女性だったのだとか。
 ロイズはすぐさま馬車を走らせその教会へと向かったが、彼女はすでに亡くなっており、彼女のような“聖女”はなかなか世に出ないということも知った。

 まさに打つ手なしでどうしようかと思っていたところにギムリィやハレム、そして彼らはこの国の王子たちをも巻き込んでリリーの呪いについて調べていると聞いて、ロイズは慌てて今まで集めていた手がかりを自分の書庫へと隠した。
 相手の誤解であっても、自分の犯した失態を周りに知られることが怖かったからだ。だが、ここ最近ブロッサム家の長男――フラウの動きが活発だという話を耳にし、リリーの呪いについて知られるのは時間の問題だと思い今回息子と王子たちに秘密を話すことにしたのだという。

「の・・・ろい・・・って・・・・・・」

「父上、その呪いというやつは、聖女によってしか解けないものなのですか?」

「ああ・・・・・・、今のところ、そう言われている」


 部屋に再び沈黙が走る。解決策がないことに、リリーも気分が落ち込んだ。一生、この喋り方なのだ・・・・・・。そう思うと、先が真っ暗な気がしてきた。

 するとその時、ジルがぽつりと口を零した。

「私たちって・・・・・・魔族の魔法で生まれた存在ってことですよね・・・・・・」

 それはいつも堂々としたジルの声とは違い、暗い暗い声だった。両端に座っていたクォードもゼウも口をつぐむ。
 その部屋には、重く、暗い空気が漂っていた。





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