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「相手は中学生だ。ボールペンでもあてがっておけ」ってか?
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7、80年代、私はテレビのクイズ番組が大好きでした。
1978年に「第2回アメリカ横断ウルトラクイズ」で優勝した北川宣浩さんがお書きになった『TVクイズ大研究』(1980年出版)をお小遣いをはたいて買い、読みふけったこともあります。
当時は視聴者参加型クイズ番組が何本もありました。帯番組としてウイークデーに放送されていたものもあったので、毎日毎日何かしら見られた時代です。
私も福島の片田舎で放送されていたものは、見られる限り見ていましたし、どれも楽しみでした。1983年に四つ目の民放が開局するまでは、クロスネットの影響で、その番組自体が放送されていなかったり、放送曜日や時間がほかの地域より遅れることも多く、関東地方の趣味友達とも話が微妙にかみ合わないということもしばしばありました。
そんな環境下での『TVクイズ大研究』は、北川さんの読みやすい文章もあり、「知らないながらも楽しめた」という部分も多かったのですが、小話的に「あるクイズ番組の問題を制作する仕事」という話にピクリと心が動きました。「大変な割に報酬も安く…」的なネガティブな書き方ではあったのですが、大人の北川さんと、小学校高学年~中学生だった私とでは金銭感覚も違います。
自分でつくった問題がテレビで使ってもらえる!1問当たり〇〇円もくれるらしい!それは手放しで「素晴らしい」ことだと思ったのです。
***
そんな記憶が頭の片隅にある状態で、くだんの番組を見ていたら、「番組制作者募集」のテロップが流れました。必要事項を書いて、自作の問題を郵送するだけですので、かかるのは切手代だけ。
我が家には当時、父の仕事の関係で、新薬名のロゴが入ったノベルティのレポート用紙がたっぷりあったので、問題制作の原稿用紙にはそれを使いました。今でいうCampusノートやLogicalシリーズみたいに、罫にガイドラインが細かく入っていたので、見栄えよく書くのには向いていました。
そして何より、視野の狭い中学生らしく、「自分には問題をつくるセンスがある」と信じて疑わなかったので、ポストに入れた後は、「報酬何に使おうかな♪」くらいのことしか考えていませんでした。
***
それからしばらく経って。
私あてにテレビ局の名前で郵便物が届きました。
はっきり不採用という言葉は使っていないものの、どうやら駄目だったらしいことが分かる手紙(印刷)と、番組名のロゴが入った、万年筆みたいなデザインの立派なボールペンが届きました。
駄目だったか…と思いつつ、記念品のボールペン自体はとても良いものだったので、ありがたく愛用させていただくことに。その番組ももちろん継続して視聴しました。
しかし番組を見ていたら、「自分がつくった覚えのある」問題が出題されているのです。
一番印象に残っているのは「早見優は何地方生まれ?」という問題でした。
これは、ハワイ出身のバイリンガルアイドルとして人気を博していた早見さんが、静岡県熱海市(つまり答えは「中部地方」)でお生まれになったというのを雑誌で読んで、ちょっとしたひっかけ問題としてつくったものです。案の定というか解答者さんは不正解でした。
ほかの問題も、簡単な文学やことわざなど、自分の得意分野からつくりました。それらが一回の放送で複数出題されていたので、「これ私のつくったやつじゃないの?」と思ってしまったのです。
かといって、手元にコピーなどが残っているわけでもありません。
もちろん自分と同じ発想をする人が全くゼロではないでしょうから、コピーがあったとしても、番組スタッフが私のものを採用したという証明にはなりません。番組から仕事として依頼されて初めて出題者になれる、それだけです。
***
釈然としないものを抱えながら、プライドの高い私は「ボールペン1本でごまかされた」ことを、「高級ボールペンくらいはあげてもいいと思われる程度の仕事をした(つまり認められた)」に無理やり変換しました。
だって、本当に使い勝手よかったんですよ、そのボールペン。それこそ関東のクイ友に手紙を書く時、「どおだ!」とばかりに自慢しました。
【追記】
この文章を初めに書いたのは、昨年2023年9月18日。
発端は京都アニメーション放火事件の初公判(9月5日)でした。
どう書いてもあの重大事件を軽々しく扱っているように見える内容だったので、いったん取り下げ、単に「何かごまかされた!ぷんぷん」という昭和の女子中学生の気持ちの部分を再投稿しました。
そして今にして思うと、もしも問題作成を継続的に任されるようなことがあれば、確定申告も必要になったりして、自分だけでなく親もいろいろと面倒なことになっていた可能性もあります。ボールペンでよかったのかもですね。
ついでに使い勝手のいいノートかレポートパッドでも付けてくれれば言うことなしだったのですが。
1978年に「第2回アメリカ横断ウルトラクイズ」で優勝した北川宣浩さんがお書きになった『TVクイズ大研究』(1980年出版)をお小遣いをはたいて買い、読みふけったこともあります。
当時は視聴者参加型クイズ番組が何本もありました。帯番組としてウイークデーに放送されていたものもあったので、毎日毎日何かしら見られた時代です。
私も福島の片田舎で放送されていたものは、見られる限り見ていましたし、どれも楽しみでした。1983年に四つ目の民放が開局するまでは、クロスネットの影響で、その番組自体が放送されていなかったり、放送曜日や時間がほかの地域より遅れることも多く、関東地方の趣味友達とも話が微妙にかみ合わないということもしばしばありました。
そんな環境下での『TVクイズ大研究』は、北川さんの読みやすい文章もあり、「知らないながらも楽しめた」という部分も多かったのですが、小話的に「あるクイズ番組の問題を制作する仕事」という話にピクリと心が動きました。「大変な割に報酬も安く…」的なネガティブな書き方ではあったのですが、大人の北川さんと、小学校高学年~中学生だった私とでは金銭感覚も違います。
自分でつくった問題がテレビで使ってもらえる!1問当たり〇〇円もくれるらしい!それは手放しで「素晴らしい」ことだと思ったのです。
***
そんな記憶が頭の片隅にある状態で、くだんの番組を見ていたら、「番組制作者募集」のテロップが流れました。必要事項を書いて、自作の問題を郵送するだけですので、かかるのは切手代だけ。
我が家には当時、父の仕事の関係で、新薬名のロゴが入ったノベルティのレポート用紙がたっぷりあったので、問題制作の原稿用紙にはそれを使いました。今でいうCampusノートやLogicalシリーズみたいに、罫にガイドラインが細かく入っていたので、見栄えよく書くのには向いていました。
そして何より、視野の狭い中学生らしく、「自分には問題をつくるセンスがある」と信じて疑わなかったので、ポストに入れた後は、「報酬何に使おうかな♪」くらいのことしか考えていませんでした。
***
それからしばらく経って。
私あてにテレビ局の名前で郵便物が届きました。
はっきり不採用という言葉は使っていないものの、どうやら駄目だったらしいことが分かる手紙(印刷)と、番組名のロゴが入った、万年筆みたいなデザインの立派なボールペンが届きました。
駄目だったか…と思いつつ、記念品のボールペン自体はとても良いものだったので、ありがたく愛用させていただくことに。その番組ももちろん継続して視聴しました。
しかし番組を見ていたら、「自分がつくった覚えのある」問題が出題されているのです。
一番印象に残っているのは「早見優は何地方生まれ?」という問題でした。
これは、ハワイ出身のバイリンガルアイドルとして人気を博していた早見さんが、静岡県熱海市(つまり答えは「中部地方」)でお生まれになったというのを雑誌で読んで、ちょっとしたひっかけ問題としてつくったものです。案の定というか解答者さんは不正解でした。
ほかの問題も、簡単な文学やことわざなど、自分の得意分野からつくりました。それらが一回の放送で複数出題されていたので、「これ私のつくったやつじゃないの?」と思ってしまったのです。
かといって、手元にコピーなどが残っているわけでもありません。
もちろん自分と同じ発想をする人が全くゼロではないでしょうから、コピーがあったとしても、番組スタッフが私のものを採用したという証明にはなりません。番組から仕事として依頼されて初めて出題者になれる、それだけです。
***
釈然としないものを抱えながら、プライドの高い私は「ボールペン1本でごまかされた」ことを、「高級ボールペンくらいはあげてもいいと思われる程度の仕事をした(つまり認められた)」に無理やり変換しました。
だって、本当に使い勝手よかったんですよ、そのボールペン。それこそ関東のクイ友に手紙を書く時、「どおだ!」とばかりに自慢しました。
【追記】
この文章を初めに書いたのは、昨年2023年9月18日。
発端は京都アニメーション放火事件の初公判(9月5日)でした。
どう書いてもあの重大事件を軽々しく扱っているように見える内容だったので、いったん取り下げ、単に「何かごまかされた!ぷんぷん」という昭和の女子中学生の気持ちの部分を再投稿しました。
そして今にして思うと、もしも問題作成を継続的に任されるようなことがあれば、確定申告も必要になったりして、自分だけでなく親もいろいろと面倒なことになっていた可能性もあります。ボールペンでよかったのかもですね。
ついでに使い勝手のいいノートかレポートパッドでも付けてくれれば言うことなしだったのですが。
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