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第4話 畑という戦場
しおりを挟む朝。
小屋の裏手に広がる一角を見つめながら、わたくしは扇子を開きました。
「ここが――わたくしの新しい舞踏会の会場ですわね」
地面は固く、石ころだらけ。
誰も耕したことがない荒地。けれど、わたくしの瞳には宝石の原石に見えました。
「土の香り……悪くありませんわ。
貴族の庭園とは違う、野生の力を感じますの」
アデラおばあちゃんが遠くから声を張り上げました。
「嬢ちゃん、それ“畑”言うてな。耕さにゃ何も生えんぞ」
「心得ておりますわ!」
腰に手を当て、誇らしげに宣言。
――今日、クラリッサ・ヴァレンティーヌ、初めて“鍬”を握る。
村の倉庫で借りた鍬は、わたくしの腕より重い代物。
「まあ……貴族が剣を振るうのとは違う筋肉を使うのね」
試しに一振り――
ガツッ。
「……っ!? な、なんて硬い土ですの!?」
土に刺さらず、逆に跳ね返されて尻もち。
スカートが泥まみれになり、頬にも土が飛びました。
「きゃ……!」
けれど、泣きません。わたくしは令嬢です。
「泥など恐れませんわ! これも自然の装飾ですの!」
そう叫びながら再び鍬を振り上げ――今度は前のめりに転倒。
泥が跳ねて顔にベッタリ。
その姿を、通りかかった村の子どもたちが見て叫びました。
「お姉ちゃん、土まみれだー!」
「ええ、これが“辺境流メイク”ですの!」
笑われても構わない。
わたくしは息を整え、ゆっくりと鍬を土に突き刺しました。
――それが、少しだけ動いた。
「……やりましたわ!」
その小さな手応えに、胸の奥が高鳴ったのです。
昼過ぎ。
背中は痛み、手のひらには赤い水ぶくれ。
それでも止める気はありませんでした。
「貴族の名に泥を塗るのではなく、
泥の中でこそ気品を証明してみせますわ!」
アデラおばあちゃんが畑の端から呆れたように笑います。
「気品を証明するのに鍬振るう嬢ちゃんは初めて見たわい」
「新時代の貴族像ですの!」
ふと風が吹き抜け、汗をぬぐう頬に心地よい冷たさが走る。
太陽は高く、鳥が鳴き、草の香りが満ちる。
「……こんなに、世界が広かったなんて」
気づけば、王都にいた頃には見たこともない景色でした。
空がまるで、何かを赦すように青くて――。
夕暮れ。
ようやく一筋の畝が完成しました。
わたくしは腰を伸ばし、泥にまみれた手を見つめます。
「これが、わたくしの初めての戦果ですの……!」
掌の小さな傷が、勲章のように光って見えました。
風が静かに吹く。
遠く、森の影から一人の青年がその光景を見つめていました。
黒い髪、鋭い瞳。村の誰とも違う雰囲気を持つ男――レオン。
「……ずいぶんと、泥まみれな姫君だな」
小さく呟く声は風に紛れて消え、クラリッサの耳には届かない。
彼の口元に、わずかな笑み。
それは懐かしさと、痛みを混ぜたような微笑みでした。
「……ヴァレンティーヌ家。あの名を、また聞くことになるとはな」
畑の上では、クラリッサが夕陽に向かって扇子を掲げていた。
泥まみれのドレスに、誇りの笑顔。
「泥もまた、勲章ですわ!」
それが、この村に新しい風を呼ぶ始まりだった。
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