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第3話 食べられない夕食
しおりを挟む辺境の朝は早い。
だが昼を過ぎても、わたくしの胃袋は沈黙を守っておりました。
「……そろそろ、何か召し上がりませんとね」
とはいえ、食料などどこにもございません。
昨日マリオから頂いたパンは、もう夜のうちに食べ尽くしてしまいました。
残されたのは――草と、石と、空腹だけ。
「おほほ……試練ですわね。
でも大丈夫、貴族は飢えても気品を失いませんの」
そう口に出しながら、わたくしは村の外れへ足を運びました。
見渡せば雑草の海。だが、その中にひときわ緑の濃い葉を見つけます。
「この瑞々しさ……きっと食べられますわね」
知識も確認もなく、根こそぎ採取。
“辺境のサラダ”の素材がこうして誕生したのです。
小屋に戻り、鍋を火にかけます。
ハーブとも呼べぬ草を刻み、少しの塩(拾った岩塩らしき粉)を加える。
あとは煮るだけ――。
「ふふ、香りが立ってまいりましたわ。
この野性味、王都では味わえませんのよ」
しかし、立ち上る匂いは“草むしりの後の香り”。
鼻を突く青臭さが部屋中を満たしていきます。
「……これは、香りが強すぎますわね。
つまり、効能が高いということですわ!」
味見。――苦い。
舌の奥がしびれるほどの、絶望的な味。
「けれど……これこそ“貴族の断食療法”。
飢えを制し、己を磨く……そういうことですの!」
……と自分に言い聞かせながら、涙目でスプーンを口に運び続けました。
気品とは忍耐。忍耐とは精神力。精神力とは――空腹。
扉を叩く音。
「嬢ちゃん、いきなり何の臭い出しとるんじゃ!」
アデラおばあちゃん登場。
手には籠いっぱいの野菜とパン。
「村中が心配してたんじゃ。焦げ臭いような青臭いような匂いがしてのぉ」
「まぁ、おばあさま! ご機嫌麗しゅう。これは“香草の祝福”と申しますの」
「祝福言うて……それ、草汁じゃろ」
アデラが鍋の中を覗き込み、眉をひそめた。
「嬢ちゃん、こりゃウシでも食わん」
「……ウシは贅沢者ですのね」
そして次の瞬間、アデラは鍋を外に放り出した。
「まずは腹を満たせ! 空腹に気品は宿らん!」
――その言葉が、なぜだか胸に残りました。
アデラの作ったスープは、香りだけで涙が出そうでした。
温かくて、しょっぱくて、優しい味。
「……これが“本物の料理”ですのね」
「食べるもんは腹だけでなく、心も満たすんじゃ。
気取るな、嬢ちゃん。生きるだけでええ」
「生きるだけで……」
わたくしはスプーンを握りしめ、静かに微笑みました。
“他人の手で救われる”という感覚。
王都では決して知ることのなかった温かさ。
「……おばあさま、ありがとうございますわ」
「礼はええ。明日も来て掃除せぇ」
「……召使いのように聞こえますけれど?」
「気のせいじゃ」
笑い声が小屋の中に広がる。
夕陽が差し込み、粗末な木のテーブルを黄金色に照らしていた。
今日、わたくしは初めて“他人の優しさ”を味わいました。
それは、どんな紅茶よりも深い香り。
――貴族令嬢、人生初の“他人のスープ”に敗北。
けれどその敗北は、確かに幸福な味がしましたの。
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