追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

ワールド

文字の大きさ
14 / 60

第14話 仮面の舞踏会

しおりを挟む


 その封書は、夜明け前に届いた。
 王都の紋章が押された深紅の封蝋――そして、見慣れた筆跡。

 > “公爵令嬢クラリッサ・ヴァレンティーヌ殿。
 > 貴女の創り出した香り『ヴァレンティーヌ・ブレンド』の功績を讃え、
 > 王都主催の夜会にて表彰を行う。”

 文末に記された名前。
 ユージン・アシュフォード。

 クラリッサは指先で封をなぞり、ゆっくりと笑った。
 「……あら。これは“表彰”ではなく、“誘い”ですわね」

 マリオが不安げに眉をひそめる。
 「行くのか? 王都に」
 「当然ですわ。わたくしを追放した社交界――
  その中心で、“気品の香り”を焚きしめて差し上げますの」

 アデラおばあちゃんが呆れながらも微笑んだ。
 「気をつけるんじゃよ。あんたが本気出すと、貴族どもが鼻を曲げる」
 「おほほ、それこそが目的ですわ」



 王都の舞踏会――煌びやかな音楽と光が溢れる空間。
 ドレスの裾が揺れ、シャンデリアの光が反射して星の海のように輝く。
 その中に、ひときわ静かな香りが流れた。

 「……この香り、何?」
 「“ヴァレンティーヌ・ブレンド”ですって。今日の主賓よ」

 人々のざわめきの中、扉が開く。
 白と薔薇色のドレスを纏い、扇子を優雅に開いたクラリッサがゆっくりと入場した。
 仮面で半分顔を隠しても、その気品は隠せない。

 「ごきげんよう、皆さま。
  紅茶がなくとも優雅に生きる女――クラリッサ・ヴァレンティーヌですわ」

 ざわめき、囁き、そして――拍手。
 王都の誰もが、追放された令嬢の凱旋を信じられずにいた。



 「クラリッサ……」

 背後から聞こえる、懐かしくも苦い声。
 振り向けば、そこに立っていたのはユージン。
 黒の礼服に身を包み、かつてよりも少し陰を帯びた瞳。

 「久しぶりだな。……いや、君に“久しぶり”と言う資格があるのかどうか」
 「どうかしら? わたくしに“語りかける資格”は、もうお持ちではなくて?」

 言葉の刃が交錯する。
 彼の胸元に漂うのは、クラリッサのブレンドの香り。
 「この香り……君の作品なんだな」
 「ええ。わたくしがこの手で育て、煮出し、世界に広げた香りですの。
  あなたの婚約破棄が――原料でしたけれど」

 ユージンの表情が一瞬凍る。
 「クラリッサ、あの夜のことを――」
 「おやめなさいませ。
  “後悔の香り”は、わたくしのドレスには似合いませんの」

 そのやりとりを、少し離れた場所で見つめる女の瞳があった。
 ――セシリア・バートラム。
 微笑の奥に、燃えるような嫉妬が潜んでいる。

 「……ユージン様。やはり、まだあの女を……」
 彼女は扇子の中で拳を握りしめた。



 舞踏会の終盤、クラリッサは壇上に立った。
 ルーク商会の代表が彼女のブレンドを讃え、会場にティーポットが配られる。
 香りが満ちる――穏やかで、しかしどこか張り詰めた空気。

 「“香り”とは、記憶ですの。
  わたくしにとっては、苦しみも裏切りも、すべて香りの源。
  皆さまもどうぞ――ご自分の“過去”の香りを味わってみてくださいませ」

 その言葉と同時に、場のあちこちで息を呑む音。
 ユージンはカップを口に近づけ、目を閉じる。
 そこに蘇るのは、かつて庭園で交わした“最後の微笑”。

 香りが――記憶を呼び覚ます。

 彼の目が見開かれる。
 「……この香りは、あのとき……!」

 壇上のクラリッサが微笑む。
 その瞳は静かに、しかし冷ややかに光っていた。

 「ええ、殿下。これは“あなたの罪”の香りでもありますの」

 仮面越しに交わる視線。
 その瞬間、香りは甘く、そして――危険に変わった。

 会場のどこかで、誰かが小声で呟く。
 「……始まったな。“ヴァレンティーヌの夜”だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る

黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。 (ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。 仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。 愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。 ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。 ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。 二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。 時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し…… 全ては、愛する人と幸せになるために。 他サイトと重複投稿しています。 全面改稿して投稿中です。

お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど
恋愛
ある日、悪役令嬢に憑依してしまった主人公。 困惑するものの、わりとすんなり状況を受け入れ、『必ず幸せになる!』と決意。 さあ、第二の人生の幕開けよ!────と意気込むものの、人生そう上手くいかず…… ────えっ?悪役令嬢って、家族と不仲だったの? ────ヒロインに『悪役になりきれ』って言われたけど、どうすれば……? などと悩みながらも、真っ向から人と向き合い、自分なりの道を模索していく。 そんな主人公に惹かれたのか、皆だんだん優しくなっていき……? ついには、主人公を溺愛するように! ────これは孤独だった悪役令嬢が家族に、攻略対象者に、ヒロインに愛されまくるお語。 ◆小説家になろう様にて、先行公開中◆

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...