追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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第15話 薔薇の仮面と毒の香り

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 ヴァレンティーヌ・ブレンドの香りが満ちた王都の夜会は、まるで夢のようだった。
 けれどその香りの陰には、誰も気づかぬ“もうひとつの匂い”が潜んでいた。

 「……少し、香りが違いますわね」

 クラリッサはカップを口に近づけた瞬間、眉をわずかにひそめた。
 甘い。だが、その甘さがどこか――不自然。

 「薔薇と……ジャスミン、いえ……この刺激……まさか」

 彼女の嗅覚が微かに警鐘を鳴らす。
 その瞬間、背後から柔らかな声が響いた。

 「ごきげんよう、クラリッサ様。お久しぶりね」

 仮面の奥から微笑む女――セシリア・バートラム。
 完璧な令嬢の笑みを浮かべながら、彼女は新しいカップを差し出した。

 「ぜひこちらの特別な“薔薇茶”も味わってみて?」
 「まぁ……ご親切に。まるで毒見役が必要なほどの香りですわね」

 クラリッサの扇子が静かに揺れた。
 その仕草ひとつで、空気が張りつめる。



 セシリアは何も気づかぬふりで微笑んだ。
 「ご冗談を。貴女のブレンドに比べたら、わたくしの香りなど子どもの遊びですわ」

 「ええ、確かに――少々“幼稚な”甘さですものね」

 会話は優雅に。だが、言葉の裏には刃が交錯していた。

 クラリッサはグラスを唇に近づける。
 香りを分析するように目を閉じ、数秒――。

 「……やはり」

 セシリアの指先がぴくりと動いた。
 クラリッサは目を開け、優雅な微笑みを浮かべたまま言った。

 「この“薔薇の香り”に紛れておりますわね――“ヘレボルス”。
  別名、冬薔薇(ふゆそうび)。香りで人を酔わせ、意識を鈍らせる毒草ですの」

 ざわめきが広がる。
 音楽が止まり、貴族たちの視線がふたりに集まった。

 セシリアは蒼白になりながらも、笑顔を保つ。
 「な、何をおっしゃって……証拠など……!」

 「証拠なら――香りが語りますわ」

 クラリッサはカップを高く掲げ、軽く振った。
 立ち上る蒸気の中に、淡い紫色の光が揺れる。
 それは彼女が独自にブレンドした“真実の香気”――毒の反応を浮かび上がらせるハーブの蒸気。

 「この反応が、“罪”の色ですのよ」



 ざわつく会場。
 セシリアは扇子を落とし、震える手で言い訳を探すように唇を開いた。
 「誤解ですわ! これはただの――」

 「ご安心なさい。
  わたくしは貴女のように“断罪ごっこ”などいたしません。
  ただ、貴女がどれほど“香り”を侮っていたか、思い知っていただくだけですわ」

 クラリッサはゆっくりと歩み寄り、セシリアの前で止まった。
 扇子を閉じ、その先で彼女の薔薇飾りを軽く突く。

 「薔薇は美しいけれど――棘を隠すのが下手なのですの」

 その言葉に、セシリアの顔が真っ赤になった。
 「……あなた、わたくしを侮辱して!」
 「いいえ、“敬意”ですわ。
  あなたのおかげで、わたくしは“香りで戦う女”として覚醒いたしましたもの」

 観客たちは息を呑む。
 その中心で、クラリッサは完璧な笑みを浮かべた。

 「皆さま。
  これが“紅茶がなくても優雅に生きる”ということですの」

 その声は、静かな革命の宣言だった。



 舞踏会の終わり。
 ユージンは群衆の陰からその一部始終を見ていた。
 クラリッサが毒を暴き、堂々と立つ姿――
 それはかつて彼が愛した令嬢とはまるで違う、強く気高い女の姿だった。

 「……君はもう、俺の知るクラリッサじゃない」

 その言葉を風に溶かすように、
 クラリッサは仮面を外し、最後の一言を残した。

 「紅茶は不要ですの。
  ――わたくしこそが、香りの女王ですわ」

 夜風が吹き抜け、薔薇とハーブの香りが混じり合う。
 それは、優雅で、危険で、抗えない“宣戦布告”の香りだった。
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