追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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第16話 真実を映す香鏡

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 舞踏会の翌日、王都はまるで香りに酔ったようだった。

 ――“香りの女王、クラリッサ・ヴァレンティーヌ”
 ――“毒を見抜いた魔女”

 その名は賛美と恐怖の両方を伴って、貴族たちの間を駆け抜けていた。

 「おほほ、相変わらず人の口は忙しいものですわね」
 クラリッサは新聞を軽く畳み、窓辺でハーブを摘んだ。
 マリオが心配そうに顔をのぞかせる。

 「クラ、王都の貴族連中が“魔女”呼ばわりしてるぞ。大丈夫なのか?」
 「魔女? 結構ですわ。
  “魔女”とは、“恐れられる女”の別称ですもの」

 アデラおばあちゃんが笑う。
 「嬢ちゃん、ほんに図太いのう」
 「誉め言葉として受け取りますわ」

 そう言いながらも――クラリッサの瞳の奥には、
 かすかな翳りが揺れていた。

 「……でも、あの夜の“香り”には、何かが混じっていたのです」


 その夜。
 クラリッサは小屋の奥にある古びた鏡の前に座っていた。
 鏡台の引き出しを開けると、中からひとつの小瓶が現れる。

 透明な液体に、微かに金色の粒子が漂っていた。

 「――香鏡《こうきょう》。香りを媒介に記憶を映す術。
  ヴァレンティーヌ家にのみ伝わる、香りの記録法……」

 クラリッサは指先に液体を垂らし、鏡面にそっと触れる。
 すると鏡が淡く光り、波紋のように香りが広がっていった。

 香りが過去を呼び覚ます――。

 そこに映ったのは、舞踏会の夜の自分。
 そして、その背後でワイングラスに何かを混ぜていた女の姿。

 「……セシリアではありませんわね」

 映像が揺れ、もう一人の影が映る。
 仮面の奥に見える男の輪郭――ユージンの側近であり、王家の密偵、ロイ・ハルフォード。

 「彼が……? 毒を……?」

 クラリッサは息を詰めた。
 ――あの“甘い薔薇の香り”は、セシリアの手によるものではなかった。
 もっと深い、“王家の意志”によるものだったのだ。


 「……なるほど。
  わたくしを“魔女”に仕立て上げたのは、貴族社会そのもの、ですのね」

 鏡の中のクラリッサが、静かに微笑んだ。
 いや、もうひとりの彼女――“かつてのクラリッサ”が、語りかけてくる。

 > 『あなたは優雅でありたいの? それとも、復讐者でありたいの?』

 「両方ですわ。
  わたくしの気品は、戦いのためにありますの」

 > 『ならば、この香りを使いなさい。
  ――真実を暴き、偽りを焼く香り。
  その名は、“鏡花の香(きょうかのか)”。』

 クラリッサの手に、金色の粉が降りかかる。
 鏡が砕け散り、光が小屋を満たした。

 その中で、彼女ははっきりと悟った。
 自分が背負う“香り”の力は、ただの癒しではなく――
 真実を映し出す呪いでもあったのだ。


 朝。
 小屋の前で、クラリッサは新しい瓶を掲げていた。
 中には金色に輝く液体――“鏡花の香”。

 「もう逃げませんわ。
  今度は、“真実”そのものを香らせてみせますの」

 遠く王都では、セシリアが病に伏せていた。
 毒の罪を着せられたまま、孤立する彼女。
 そしてその背後で、ロイ・ハルフォードが冷たく笑う。

 「女王は香りで国を支配する……か。面白い」

 ――香りの戦いは、もう後戻りできない。

 クラリッサは扇子を閉じ、そっと呟いた。

 「気品とは、真実を恐れぬこと。
  香りの女王として――宣戦布告いたしますわ」

 風が吹き、瓶の中の香りがきらめいた。
 その一滴が空に散り、王都の方角へと流れていく。
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