追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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第30話 レオンという名の約束

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 夜が明けた。
 焼け跡の残る畑の向こうで、初恋草が朝露をまとい、光を返していた。
 戦の匂い――鉄と灰、そしてまだ消えない焦げた香草の匂いが、辺境の空を包む。

 クラリッサは小屋の前で立ち尽くしていた。
 空を仰ぐ瞳は、昨夜の激闘を映しているようで、それでいてどこか清々しかった。
 「……香りの結界、少し強くしすぎましたかしら」
 「村は無事だ」

 振り返ると、レオンが立っていた。
 血と泥にまみれた鎧を脱ぎ、外套を羽織っている。
 その手には、彼女が作った“癒しの香草”が包まれていた。

 「アデラが言ってた。“この香りがあれば、体も心も癒える”って」
 「まあ……おばあちゃんの台詞を引用するなんて、あなたもずいぶん丸くなりましたのね」
 「戦のあとぐらいは、な」

 風が吹く。
 残り火がひゅうと鳴って消え、煙の筋が空へ昇った。

 「クラリッサ」
 レオンの声は低く、穏やかだった。
 「昨夜、ヴァルドが最後に言った言葉を覚えているか?」
 「“王都は再び動く”……ですわね」
 「ああ。おそらく、王太子ユージンは“鏡花の香”の再現をあきらめていない。
  俺たちがここで止めても、また別の誰かが利用する」

 クラリッサは頷いた。
 「ですから――行かなくてはなりませんの。
  逃げるのではなく、もう一度あの都に。
  “香りの女王”としてではなく、ひとりの人間として」

 レオンが目を見開いた。
 「王都へ戻るつもりか」
 「ええ。わたくしが封じた“香り”を、正しい形で終わらせるために」
 「……危険だ」
 「危険なら、なおのこと行く価値がありますの」

 クラリッサは微笑んだ。
 「わたくし、あの都を憎んでいました。
  でも、同じくらい――あの場所で見た夢も、まだ忘れられませんの。
  “香りで人を笑顔にしたい”という、たわいもない夢を」

 レオンは沈黙した。
 その目に、一瞬だけ痛みが浮かぶ。

 「俺は、王都を離れてようやく生きられた。
  でも、お前は戻るんだな」
 「わたくしは、逃げてばかりでしたのよ。
  もう一度、誇りを取り戻さなければ」

 クラリッサは扇子を閉じ、静かに言葉を続けた。
 「あなたは――どうなさいますの?」
 レオンはしばらく考え、ゆっくりと剣を見つめた。

 「俺は、もう一度この剣を使う。
  誰かの命令のためじゃない。
  “守る”ために。……お前を」

 「護衛ですの?」
 「いや、“共に行く者”として」

 クラリッサの心臓が小さく鳴った。
 それは恐怖でも驚きでもなく、久しく忘れていた“安心の音”だった。

 「……よろしいですわ。
  ですが、条件がありますの」
 「なんだ」
 「王都に入ったら、わたくしの指示に従うこと。
  剣より先に、香りが動くことを忘れないこと」
 「了解した、監督官殿」

 クラリッサは吹き出した。
 「またその呼び方……。ほんとにあなた、学習しませんのね」
 「いや、忘れないようにしてるだけだ」
 「忘れない?」
 「お前と過ごしたこの村の時間を、だ」

 沈黙。
 風が止まり、二人の間に朝日が差し込む。
 レオンが手を差し出す。

 「行こう。
  王都が腐っているなら、俺たちで“香りを入れ替えよう”。」
 クラリッサはその手を見つめ、そして握った。
 「……ええ。図太く、優雅に、そして誇り高く」

 初恋草の香りが、朝の空に広がっていく。
 村の鐘が静かに鳴り、旅の始まりを告げた。

 ――こうして、二人の新たな道が始まった。
 罪と誇り、香りと剣。
 すべてを抱きしめながら、“図太く生きる令嬢”の物語は次の舞台へと進む。
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