追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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商会の罠

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その日の午後、王都商館の前はざわめきに包まれていた。
 “ヴァレンティーヌ・ブレンド”の真贋を見極める公開審議が行われる――
 それは王都でも珍しい、商会同士の名誉を賭けた“裁き”の場だった。

 クラリッサは静かに壇上へと歩み出た。
 麻布のドレスに、手には一本のハーブの枝。
 扇子は持たず、泥の跡が残る靴のまま。

 「――この香りが、真実ですの」
 彼女が小瓶を開けると、会場を満たすように花と土の香りが広がる。
 王都の貴族たちは一瞬、顔をしかめた。
 「……辺境の匂いだな」
 「気品が足りない」

 だが、一人の老商人が静かに手を挙げた。
 「だが、これは“働く者の香り”だ。虚飾ではない」

 その一言が、ざわめきを変える。
 クラリッサは深く一礼し、口を開いた。
 「わたくしは“ヴァレンティーヌ”の名を失いました。
  ですが、名を飾るために香りを作っていたわけではありませんの。
  誰かの心に残る香りを――それが、わたくしの誇りですの」

 会場が静まり返る。
 その沈黙を破るように、背後から拍手が響いた。
 扇子をたたくような乾いた音。

 「相変わらず口が達者ね、クラリッサ」

 壇上に現れたのは、白いドレスに身を包んだセシリア・バートラム。
 彼女の隣には、見覚えのある男――ユージン・アシュフォードの姿があった。

 「……ユージン。まさか、あなたがセシリアと」
 「“バートラム商会”は王室認可を受けた正式な後援者だ。
  クラリッサ、君はもう貴族ではない。名を名乗る資格はない」

 その一言で、会場の空気が凍る。
 “ヴァレンティーヌ”の名が、奪われようとしている。

 クラリッサは扇子をゆっくりと開き――いや、開くふりをして、ハーブの小瓶を差し出した。
 「資格、ですって? 面白いことをおっしゃいますのね。
  では、香りで証明してみせますわ」

 レオンが背後で一歩前に出た。
 「クラリッサ、まさか……」
 「ええ、“香りの契約書”をお見せいたしますの」

 クラリッサは机に小瓶を置き、周囲に香りが満ちるのを待った。
 香りが空気に溶けると同時に、審議官たちの封印印章が淡く光る。
 ――それは、ヴァレンティーヌ家が過去に使っていた“香りによる署名魔法”。

 「王家が一度破棄したはずの印……!?」
 「まさか、まだ生きていたのか」

 クラリッサの瞳が鋭く光る。
 「王が認めた香りの術式は、香りが消えぬ限り生き続けますの。
  つまり――この香りが本物である限り、“ヴァレンティーヌ”の名は死にませんわ」

 セシリアの顔から血の気が引く。
 ユージンは何かを言いかけ、そして言葉を失った。

 クラリッサは微笑んだ。
 「ご安心なさい、ユージン様。
  わたくし、名を取り戻すために王都へ戻ったのではありませんの。
  “名にふさわしい人間”であるために――戻ってきましたの」

 静まり返った会場に、香りが漂う。
 甘く、凛として、泥と花が混ざった香り。
 それは“図太く生き抜いた令嬢”の誇りの香りだった。
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