追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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ノア、北の大地へ

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北の鉱山都市《グリムス》――
 王国から遠く離れた雪煙と煤の街。
 そこでは人々が朝から晩まで、無言のまま鉄鉱を掘り、
 汗と油の匂いがすべての風を染めていた。

 その街に、ひとりの若者が降り立つ。
 薄汚れた外套を羽織り、胸には小さな香瓶を下げていた。

 ――ノア・アルディン。
 クラリッサ・ヴァレンティーヌの最初の弟子にして、
 かつて“恐れの香り”で仲間たちを支配しかけた少年。

 彼の目には、悔恨と決意の光が混ざっていた。

 「ここが、俺の“再出発”の場所か。」
 ノアは息を吐き、石畳の上に香瓶を置いた。
 瓶の中には、クラリッサから贈られた**“誓いの香り”**。
 開ければ、どんな絶望の中でも希望を感じられる香だという。

 だが彼は、まだそれを開けなかった。
 「これは、俺が本当に“変われた”ときに嗅ぐんだ。」

 ノアは鉱夫たちの宿に身を置き、香り作りの小屋を建て始めた。
 最初は誰も興味を示さなかった。
 「香り? そんなもんで腹が膨れるか!」
 「お貴族様の遊びは、ここじゃ通用しねぇよ!」

 ノアは黙って受け流し、手を動かし続けた。
 昼は炭鉱の手伝いをし、夜は疲れた体で調合を繰り返す。

 ――“香りで癒せるほど、世界は甘くない”
 そんな声が風に混じっても、彼は止まらなかった。

 ある夜。
 ノアは坑道で倒れた少年を見つけた。
 「大丈夫か!?」
 「……目が、しみる。煙が……!」

 彼は急いで小瓶を取り出し、香りをひと吹きした。
 ミントと雪草の混ざる、清らかな香りが空気を洗い流す。
 少年の咳が止まり、ゆっくりと呼吸を取り戻す。

 「……なんだ、この匂い……?」
 「“息を思い出す香り”さ。」
 ノアは微笑んだ。
 その香りは、彼が初めて自分の手で作った、“労働者のための香”だった。

 数日後。
 坑道の入口には、炭鉱夫たちが列を作るようになった。
 「おい兄ちゃん、あの“息香”をもうひと吹き頼む!」
 「昨日より、体が軽くなる気がすんだ!」

 ノアは笑って瓶を振った。
 「吸いすぎは駄目だぞ。風ってのは、欲張ると逃げるんだから。」

 その冗談に、鉱夫たちは声を上げて笑った。
 この街に、久しくなかった“笑いの匂い”が広がった。

 夜。
 作業を終えたノアは、宿の屋根に登り、
 クラリッサからの香瓶を取り出した。

 蓋を開ける。
 ほのかに香る初恋草と柑橘の風。
 その香りが冷たい北風に乗って流れる。

 「……先生。
  俺、ようやく“恐れ”じゃなく、“生きる香り”を作れましたよ。」

 風が吹く。
 遠くで鉱山の灯が瞬き、雪が舞った。
 その夜、ノアの風は確かに北の空を越えて――
 王都へと帰っていった。
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