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獅子王と白い花
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王都に、北風が戻ってきた。
冬の訪れを告げるその風は、かすかに鉄と雪の匂いを運んでいた。
クラリッサは王宮のテラスから街を見下ろす。
砂の国との同盟が締結されて三日。
辺境から戻った風は、いま新たな方向へと吹き始めていた。
「まるで、次の試練を運んでくるようですわね……。」
背後から、レオンが苦笑を漏らした。
「予言者みたいな口ぶりだな。
でも、風は本当に止まらないらしい。」
そのとき、宮廷の扉が開き、伝令が駆け込む。
「報告! 北方《ヴァルデン王国》より使節団が到着!
――王自ら、御来訪です!」
クラリッサとレオンが目を見交わす。
風は、再び新しい方向を指していた。
謁見の間。
金と蒼の装飾が施された鎧の男が歩み入る。
長い銀髪を後ろで束ね、氷のような青い瞳を持つ――
レオナルト=ヴァルデン王。
「初めまして、クラリッサ・ヴァレンティーヌ卿。」
声は低く穏やかだが、その奥に隠された威圧は、獅子の咆哮のようだった。
クラリッサは優雅に一礼する。
「このたびのご来訪、光栄に存じますわ。
王国連盟における同盟締結、おめでとうございます。」
「……だが、同盟だけでは足りぬ。」
レオナルトは一歩前へ進み、視線を射抜くように向けた。
「私が欲しいのは“風”そのもの。
――あなたの香りを、我が国のものとしたい。」
会場に緊張が走る。
その言葉が意味するものは、明白だった。
「……つまり、わたくしとの“政略結婚”をお望みで?」
「政略ではない。“信念の結び”だ。」
レオナルトの瞳に、確かな光が宿る。
「あなたの作る香りは、民を癒やし、争いを止めた。
だが、それを一国の“王の力”として使えば、
世界の秩序を立て直せると信じている。」
クラリッサは静かに扇子を閉じた。
「……王よ、あなたは香りを“支配の風”に変えようとしていますのね。」
その夜。
晩餐の席で、レオナルトは白い花をクラリッサに差し出した。
「この花は北の氷原に咲く《アストリア》。
極寒でも枯れず、雪を溶かす力を持つ。
あなたに、よく似ている。」
クラリッサは花を受け取り、微笑む。
「美しい花ですわ。
でも――雪を溶かすために生まれたのではなく、
雪と共に“生きる”花ですの。」
レオナルトの瞳がわずかに揺れた。
「あなたは……拒むのか。」
「ええ。
風は、ひとつの王冠のもとには縛られません。
それが、わたくしの誇りですわ。」
沈黙。
だがその直後、彼は笑った。
「……なるほど。
“図太く生きる令嬢”とは、あなたのことか。」
クラリッサの唇が少しだけ緩む。
「ええ。図太さこそ、わたくしの流儀ですわ。」
レオナルトは杯を掲げた。
「では、図太い令嬢に敬意を。
風が我々を試すなら――
次に吹く嵐で、もう一度あなたに挑もう。」
「挑む?」
「ああ。次は、政ではなく――心でだ。」
彼はそう言い残し、立ち去った。
残されたのは、机の上に置かれた一本の白い花。
月明かりを浴びて、淡く光を放っていた。
夜更け。
クラリッサはその花を瓶に挿し、香りを嗅ぐ。
冷たく、凛として、どこか懐かしい。
「……この香り、あの頃のわたくしに似ていますわね。
何も知らず、ただ強くあろうとした頃の――。」
レオンが扉の陰から顔を出す。
「……惚れられたな、クラリッサ。」
「ふふ。王様にまで好かれてしまうなんて、罪作りですわね。」
「そのうち世界中を敵に回すんじゃないか?」
「かまいませんわ。
そのときは、“香り”で全員黙らせてみせますもの。」
二人は笑い合い、風がカーテンを揺らす。
白い花の香りが、静かに夜空へ溶けていった。
冬の訪れを告げるその風は、かすかに鉄と雪の匂いを運んでいた。
クラリッサは王宮のテラスから街を見下ろす。
砂の国との同盟が締結されて三日。
辺境から戻った風は、いま新たな方向へと吹き始めていた。
「まるで、次の試練を運んでくるようですわね……。」
背後から、レオンが苦笑を漏らした。
「予言者みたいな口ぶりだな。
でも、風は本当に止まらないらしい。」
そのとき、宮廷の扉が開き、伝令が駆け込む。
「報告! 北方《ヴァルデン王国》より使節団が到着!
――王自ら、御来訪です!」
クラリッサとレオンが目を見交わす。
風は、再び新しい方向を指していた。
謁見の間。
金と蒼の装飾が施された鎧の男が歩み入る。
長い銀髪を後ろで束ね、氷のような青い瞳を持つ――
レオナルト=ヴァルデン王。
「初めまして、クラリッサ・ヴァレンティーヌ卿。」
声は低く穏やかだが、その奥に隠された威圧は、獅子の咆哮のようだった。
クラリッサは優雅に一礼する。
「このたびのご来訪、光栄に存じますわ。
王国連盟における同盟締結、おめでとうございます。」
「……だが、同盟だけでは足りぬ。」
レオナルトは一歩前へ進み、視線を射抜くように向けた。
「私が欲しいのは“風”そのもの。
――あなたの香りを、我が国のものとしたい。」
会場に緊張が走る。
その言葉が意味するものは、明白だった。
「……つまり、わたくしとの“政略結婚”をお望みで?」
「政略ではない。“信念の結び”だ。」
レオナルトの瞳に、確かな光が宿る。
「あなたの作る香りは、民を癒やし、争いを止めた。
だが、それを一国の“王の力”として使えば、
世界の秩序を立て直せると信じている。」
クラリッサは静かに扇子を閉じた。
「……王よ、あなたは香りを“支配の風”に変えようとしていますのね。」
その夜。
晩餐の席で、レオナルトは白い花をクラリッサに差し出した。
「この花は北の氷原に咲く《アストリア》。
極寒でも枯れず、雪を溶かす力を持つ。
あなたに、よく似ている。」
クラリッサは花を受け取り、微笑む。
「美しい花ですわ。
でも――雪を溶かすために生まれたのではなく、
雪と共に“生きる”花ですの。」
レオナルトの瞳がわずかに揺れた。
「あなたは……拒むのか。」
「ええ。
風は、ひとつの王冠のもとには縛られません。
それが、わたくしの誇りですわ。」
沈黙。
だがその直後、彼は笑った。
「……なるほど。
“図太く生きる令嬢”とは、あなたのことか。」
クラリッサの唇が少しだけ緩む。
「ええ。図太さこそ、わたくしの流儀ですわ。」
レオナルトは杯を掲げた。
「では、図太い令嬢に敬意を。
風が我々を試すなら――
次に吹く嵐で、もう一度あなたに挑もう。」
「挑む?」
「ああ。次は、政ではなく――心でだ。」
彼はそう言い残し、立ち去った。
残されたのは、机の上に置かれた一本の白い花。
月明かりを浴びて、淡く光を放っていた。
夜更け。
クラリッサはその花を瓶に挿し、香りを嗅ぐ。
冷たく、凛として、どこか懐かしい。
「……この香り、あの頃のわたくしに似ていますわね。
何も知らず、ただ強くあろうとした頃の――。」
レオンが扉の陰から顔を出す。
「……惚れられたな、クラリッサ。」
「ふふ。王様にまで好かれてしまうなんて、罪作りですわね。」
「そのうち世界中を敵に回すんじゃないか?」
「かまいませんわ。
そのときは、“香り”で全員黙らせてみせますもの。」
二人は笑い合い、風がカーテンを揺らす。
白い花の香りが、静かに夜空へ溶けていった。
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