追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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砂の国の使者

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王都から南東へ七日の旅。
 荒涼とした砂原の果てに、陽炎のように浮かぶ都市《サラディア》。
 そこは、香料の交易で栄えた砂の王国――
 そして、香りを“武器”として使う唯一の国でもあった。

 クラリッサはキャラバンの馬車の窓を開け、
 熱風に混じる異国の香りを吸い込んだ。
 スパイス、焦げた砂、そして血のような鉄の匂い。

 「……この国の風は、重いですわね。」
 隣のレオンが頷く。
 「香りの都って聞いてたが、どこか張り詰めてる。
  まるで“戦”の匂いだ。」

 王宮の謁見の間。
 金色の柱に囲まれ、香の煙が渦を巻く。
 玉座に座るのは、若き王――ラシード陛下。
 彼の瞳は琥珀色に光り、静かな熱を宿していた。

 「クラリッサ・ヴァレンティーヌ卿。
  あなたの名は、風のごとく世界に届いている。」
 「光栄に存じますわ、陛下。」

 王は微笑み、片手を上げる。
 「だが、風が吹けば砂も舞う。
  この地では、香りは“守るための武器”でもある。」

 後ろの兵が香炉を差し出す。
 焚かれているのは、“眠り香”。
 一度吸えば、どんな兵でも一瞬で意識を奪われるという。

 「これが、我が国の“砂の守護”。
  あなたの“癒しの香り”と、どちらが強いと思う?」

 クラリッサは一歩前へ出て、静かに扇子を開いた。
 「……強さとは、奪う力ではありませんわ。
  “選ばせる力”ですの。」

 「選ばせる?」
 「ええ。眠りの香りは人の意志を奪う。
  でも、わたくしの香りは――“起こす”のですわ。」

 クラリッサが香瓶を開けた。
 瞬間、風が流れ、甘くも清らかな香りが広間を包み込む。
 兵士たちが思わず息を吸い、表情が緩む。

 ラシード王が立ち上がり、目を見開いた。
 「……これは、砂漠の雨の匂い……?」
 「はい。“再生の風”ですわ。
  この香りは、命を奪うのではなく、思い出させる。
  かつてこの砂の国にあった“緑の記憶”を。」

 その瞬間、後方の貴族たちがざわめいた。
 「まさか、外の女が我らの歴史を……!」
 「異国の香りに魂を売る気か!」

 王が手を上げて静止する。
 「……よかろう。ならば問おう、クラリッサ殿。
  もし帝国が再び“香りを兵器化”して侵攻してきたとき、
  あなたはどう戦う?」

 クラリッサは息を吸い、
 扇子を胸の前にかざした。

 「戦いませんわ。」
 「何?」
 「風は争いを避けません。
  でも、止まることもしません。
  だからわたくしは、“香りの風”を人々に渡すだけ。
  それが国を、そして戦を変えると信じていますの。」

 沈黙が落ちた。
 だが次の瞬間、ラシード王が笑った。
 「……あなたは、風を恐れぬ女だ。」
 「恐れる必要などありませんわ。風は、誰のものでもありませんもの。」

 王は壇を降り、クラリッサに手を差し出す。
 「この手を取れ、ヴァレンティーヌ卿。
  “香りの同盟”を結ぼう。
  香りを戦の武器ではなく――平和の印とするために。」

 クラリッサは深く一礼し、その手を取った。
 「ええ、陛下。風は、きっとそれを望んでいますわ。」

 夜。
 砂漠の風が宮殿の塔を撫でていた。
 クラリッサは月を仰ぎ、そっと扇子を開く。

 「……香りは、風の子。
  人が争おうと、風はきっと笑って見ているのかもしれませんわね。」
 レオンが隣で苦笑する。
 「風に笑われる女か……お前らしいな。」
 「いいえ、風に愛される女、ですわ。」

 二人の笑いが夜気に混じり、
 砂の都の空に、静かな風が吹き渡った。
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